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トランプ氏に勝利をもたらした「説明力」

2016年11月24日 公開
2016年11月24日 更新

小野展克(嘉悦大学教授)

有権者が「プロ」の言葉を選ばなかった理由

しかし、今回の米大統領選の最大のテーマが何であったか、今一度、振り返ってみる必要があるだろう。

それは、米社会の「分断」だ。

米では一部のグローバルエリートが巨額の富を得る一方で、大勢の人々の生活は困窮、希望のある未来を描けなくなっている。たとえば、「移民に職を奪われた」との懸念が多くの人に共有されるなど、既存のエリートによる政治や社会統治システムに強い疑念が向けられている。そうした人々にとって、既存の有力メディアも不信の対象でしかない。いや、見向きもされず、記事が読まれることすらないのかも知れない。

そんな背景を考えたとき、米国の分断の修復に向けたクリントン氏の言葉は、既存のエリートに不信を抱く米国の有権者の心を捉えることができたのだろうか。答えは「ノー」だろう。

米国のエリートたちの英知を集約したかのようなクリントン氏のいかにも政治の「プロ」に徹した言動そのものが、多くの人々の不信感を深めることになってしまったのではないか。「そんなクリントン氏を大統領に選んでも、既存のエリートが統治するアメリカは、そのままで何も変化しない」――多くのアメリカの有権者が、そう感じたのではないか。

 

お笑い番組のようなショーアップ

では、トランプ氏はどうだろう。同じテレビ討論会で、雑談テープが流出、女性蔑視発言と問題になった点について、こう答えている。

「(ヒラリー・クリントン氏の夫である)ビル・クリントン氏を見てみればいい。過去の政治史で見られないほど女性を虐待している」

元大統領のビル・クリントン氏の不適切な女性関係を思い起こすと、思わず苦笑いしてしまう。

トランプ氏の語り口を映像でみると、まるでお笑い番組のようにショーアップされている。数々の舌禍や失言すらも居酒屋でビール片手に、本音で語りかけてくる愉快なおじさんのように感じさせてしまう側面がある。少なくとも、既存のエリートが作り上げた「嘘くさく、希望のない世界」に別の風を呼び込んでくれそうな期待を、多くのアメリカの有権者が抱いたのではないか。

 

問われるトランプ氏の説明力

トランプ氏の大統領選の勝利を受けて、一週間ほど、大方の懸念をよそに米株式市場は活況を呈した。

そして今、次期大統領となったトランプ氏は、過去の言動の修正に入っている。

11月13日放映の米CBSテレビのインタビューで、過去の暴言について「穏やかで上品にできればよかった。もっと政策重視ならよかったかもしれない」(11月15日付『日経新聞』)と反省の意向を示し、大統領首席補佐官には共和党主流派からも信頼の厚いプリーバス党全国委員長の起用を発表した。

実際にトランプ政権のチームが編成され、議会との対話が始まれば、きっと政治のプロである共和党の有力者の力が増し、案外、普通の共和党の大統領になるのではないか。そして、大幅減税や大胆な公共投資など、トランプ氏の主張のうち、「市場に好ましい」要素だけが実現するのではないか――。

市場を動かすグローバルエリート投資家たちは、こう受け止めているかに思える。

本当にトランプ政権は、そのように運営されるのだろうか。そうしたこれまでの政権と変わらない運営は、既存のエリート統治の破壊を望むトランプ氏に投票した多くの有権者の期待を裏切るものなのではないのか。

トランプ氏は、自らの説明力で高めた有権者の期待への答えを、これから迫られることになる。今後のトランプ氏の説明力に大いに注目していきたい。

著者紹介

小野展克(おの・のぶかつ)

嘉悦大学教授

嘉悦大学教授・ビジネス創造学部長、博士(経営管理)。
1965年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部社会学専攻卒。共同通信社で記者として財務省、金融庁、経済産業省、大手銀行、航空業界などを担当、日本銀行キャップ、経済部次長を歴任。
著書に『黒田日銀 最後の賭け』(文春新書)、『JAL 虚構の再生』(講談社文庫)、『企業復活』(講談社)、小野一起のペンネームで小説『マネー喰い』(文春文庫)などがある。

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