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あなたの心を破壊する!?「クラッシャー上司」に気をつけろ!

2017年02月20日 公開
2023年09月12日 更新

松崎一葉(筑波大学教授)

「ブラック企業」より根深い! 職場のメンタルの大問題

 

「上司」という存在は、ビジネスマンのメンタルに大きく影響するものの1つだ。上司から過剰なストレスを与えられた経験があったり、そういうケースを間近に見たことがあったりする人は多いだろう。産業精神科医の松崎一葉氏は、そんな上司の中でも、ある特徴を持った人たちを「クラッシャー上司」と名づけ、著書『クラッシャー上司』(PHP新書)で分析している。日本企業が抱える大問題「クラッシャー上司」の実態とは?

 

「善意」のつもりでパワハラを続ける上司たち

「クラッシャー上司」とは、「部下を精神的に潰しながら、どんどん出世していく人」のことです。私が多くの会社を見てきた経験では、一部上場企業の役員のうち数人はクラッシャー上司であることも少なくありません。

 会社のメンタルヘルスの問題では「ブラック企業」が注目を集めていますが、クラッシャー上司はより根深い問題。なぜなら、クラッシャー上司は、自分に問題があるとは思っていないから。パワハラの研修を受けても、自分がしていることがパワハラだと気がつかないのです。

 

CASE 1 部下のつらさに鈍感な上司

 A課長は、入社2年目のBに、少々厄介なクライアントからの難しい案件を任せた。Bが優秀だからこそ、期待を込めてのことだった。「お前ならやれるはず」「困ったらいつでも聞きに来い」と伝え、Bはそれまで以上に全力で働いた。

 しかし、満を持して臨んだ中間審査で、Bはクライアントから「根本からなっていない」と完全なダメ出しを受けてしまった。調べてみると、クライアント側の担当者が変わっており、引継ぎがうまくできていないことが原因だとわかったが、そのことを説明してもクライアントは納得しない。

 困ったBはA課長に相談した。すると、A課長は「向こうも悪いが、お前も悪い」「基本中の基本ができていないのだから、何を言われても致し方ない」と突き放した。

 その翌日から、Bは連日、深夜まで残業し、土日もフルに働いた。そうしないと納期に間に合わないからだ。A課長は心配する言葉をかけるものの、それ以上に「納期変更は絶対に認めない」「信頼を失ったら大変なことになる」と叱咤することのほうが多かった。

 疲れたBの手が止まると、A課長は「期待して任せたのに……」と溜め息をつき、「やっぱり無理かー」と天を仰ぐ。Bの残業にA課長もつきあうが、朝6時から夜2時頃までずっとつきっきりで、ミスをするとすぐに叱責する。昼食も夕食も一緒。Bの体重は2週間で4kg減った。

 クライアントへの再度のプレゼンでも、数多くの部分でやり直しを命じられた。引き続き徹夜の日々となった。

 それから1週間後、Bは出社できなくなった。総務担当者が自宅を訪問し、精神科産業医との面談をアレンジすることになった。

 

CASE 2 部下を褒められない上司

 入社1年目から営業職で頭角を現わしたDは、戦力として期待されて、会社が最も力を入れている商品を扱う課に異動になった。

 Dの上司になったC課長は、「俺には成功が見えている」と、難攻不落と言われるクライアントをDに任せた。そして、DはC課長の期待に応え、売上げを順調に伸ばした。

 ところが、クライアントの担当者が変わったことで受注が激減。するとC課長は、それまで自由にさせていたDを、ミーティング中に容赦なく問い詰めた。Dは男泣きをしてしまった。

 それでもDはクライアントへの改善提案を考え、自社商品の陳列スペースを拡大することに見事成功。するとC課長は、係長からの慰労会の提案も無視して、「次は○○店の対策だ。Dは来週までに提案書を作ること」と指示した。

 Dは寝る間も惜しんで提案書を作った。ところが、C課長はそれを「話にならない」とダメ出し。さすがにDも感情を爆発させ、先輩たちになだめられた。

 それからC課長はDをつきっきりで指導。成果を上げても「次だ!」を繰り返すだけで、褒めることはなかった。

 半年ほど経つと、Dの顔から精気が消え、周囲と世間話をしなくなり、独り言をブツブツと言うようになった。仕事の単純ミスも増えた。

 見かねた係長が倉庫で「ここなら話せるだろう」と声をかけると、Dは「出社がつらいんです」と話し始めた。

「課長も大変よく指導してくれて、恵まれた環境で働けています。でも、ふと、私は実は力がないんじゃないかと思ってしまいます。課長の手足になっているだけではないか、とも考えてしまいます。思考がおかしくなっているのだと思います」

 その2日後、Dはいきなり辞表を提出し、退職した。

 

 ここに挙げた2つの事例を読んでいただくとわかるように、クラッシャー上司は部下の成長に期待し、仕事を任せて、支援もします。これは善意からしていること。善意でしているのだから、パワハラのような「悪いこと」であるとは、夢にも思わないわけです。「自分は善であるという確信」が、クラッシャー上司の特徴の1つです。

 そして、もう1つの特徴が、情緒的共感性が不足している、または欠如していることです。早朝から深夜までつきっきりで指導し、食事まで一緒に摂ることが、部下にとって精神的負担になっていることに気がつけない。また、クライアントにダメ出しをされて落ち込んだり、受注が増えて喜んだりする部下の気持ちに共感できないのです。

 クラッシャー上司の下についた部下は、とくに新人だと、「まだ何も仕事ができないのだから、厳しい指導をされて当然。教育をしていただいているのだ」と思いがちです。しかも、日本の雇用は、欧米と違って、職務範囲が明確に決められているわけではないので、上司に「これをしろ」と言われたら「それは私の仕事ではありません」とは言いにくい。「接待に同席しろ」と言われたら、「自分にはそれくらいしかできないのだから」と従って、接待が終わってから残った仕事を片づける。そんなことを繰り返すうちに潰れてしまう人が多いのです。

 

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著者紹介

松崎一葉(まつざき・いちよう)

筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授

1960年、茨城県生まれ。89年、筑波大学大学院博士課程修了。医学博士。産業精神医学・宇宙航空精神医学が専門。官公庁、上場企業から中小企業まで、数多くの組織で精神科産業医として活躍。また、JAXA客員研究員として、宇宙飛行士の資格と長期閉鎖空間でのサポートについても研究している。「クラッシャー上司」の命名者の1人。主な著書に『会社で心を病むということ』(新潮文庫)、『もし部下がうつになったら』(ディスカヴァー携書)、『クラッシャー上司』(PHP新書)がある。

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