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【今週の「気になる本」】『スタートアップ・バブル ~愚かな投資家と幼稚な起業家~』

2017年06月30日 公開
2023年01月11日 更新

ダン・ライオンズ著/長澤あかね訳/講談社

ダン・ライオンズ

リストラ中年、シリコンバレーへ。
結果がこちらです。

2014年、アマゾンは2億4000万ドル以上の赤字を出したにもかかわらず時価総額1600億ドルに到達、創業者ベゾスの財産は600億ドルと報じられた。リンクトインは13年間中、10年間赤字を出し、その額は増大していたにもかかわらず、共同設立者のホフマンの純資産は50億ドルに――。
「理屈はわかるけれど、よくぞそこまで」と思ったことのある人は、本書を読むと、そのカラクリが理解できる。そして、なんとなくうすら寒くなる。投資家と創業者がどんな仕組みで儲けているか。そしてその儲けが何の上に成り立っているか。著者はこれをバブルと表現した。
本書の舞台は「HubSpot」というベンチャーであり、アマゾンやリンクトインではないが、構造は同じ。“利益を出さない企業”に付く“とてつもない評価額”のカラクリ解説は、本書の見どころの一つだ。
また、日本でもときに憧れをもって語られるシリコンバレーのスタートアップ企業って一体どんな感じなんだろう? という純粋な興味に対しても、本書はまるで映画を観ているかのような鮮烈さで回答してくれる。

本書の著者ライオンズ氏(当時51歳)は、高い給料を払うのがイヤになった『ニューズウィーク』に解雇されたジャーナリストで、「偽ジョブズ」の名で書いたブログが大きな話題にもなったベテランテクノロジー記者。幼い双子の父でもある。
解雇後、次のキャリアどうするかと悩んだ結果、1990年代のドットコム・バブルの大波に乗ってストックオプションで大儲けした友人たちの姿がチラつき、此度の波には自分もいっちょう乗ってみようと、マーケティング・オートメーション・プログラムを扱う話題のIT系スタートアップ「HubSpot」に入社を決める。ハブスポットは実在の会社であり、本書はノンフィクションである。
「これまでのキャリアに加え、マーケティングの知識も手に入れて新たな人生を……そして、IPO時にはオイシイ思いを!」と願った著者だったが、入社した先がスゴかった。どうスゴかったかはぜひ本書を読んで欲しいところだが、表面的なところだけでも、ひしめく20代社員に壁一面のキャンディバー、仕事場としてのビーズクッション、デスクに備え付けられた椅子……ではなくバランスボール、アルコールまみれの社内イベントの狂乱ぶり、そしてとどめに、ベテランを捕まえて「おじいさん」「老犬」「白髪」などの発言にはじまる若い社員からの年齢差別。

著者は本書を「中年のジャーナリストが、イカれた社風になじもうと奮闘する、面白おかしい回顧録」とも表現しているが、これは方便で、本書の内容はタイトルどおり、アメリカで起きているスタートアップ・バブルの正体をつまびらかにするためのもの。
資金繰りはきついのに、イカしたオフィスやド派手なパーティに金をつぎ込むのはムダではないのか? と疑問に思えば、会社はそれを客寄せパンダに、「薄給で働き、ストックオプションの権利を行使できるほど長くとどまらない若い社員」、すなわち「売上を上げてくれる低コストな労働力」をわんさか集めているという事実を突きつけられる。
ハブスポット自体は“一度も”利益を出していないのに、2015年末には評価額20億ドル近くに到達。上がりに上がった株で、数名の内部関係者と数社のベンチャーキャピタルはケタ違いの儲けを得るが、果たして社員は……? しかも、ウォール街のアナリストらは2016年末まで赤字が続くと見込みながらも、「株を買え」と勧め続けるなど、狂気の世界は果てしなく広がっているかのよう。

ハブスポットの愉快な仲間たち(著者の表現に偽りがないなら、相当強烈だ)に囲まれ、理解を超える世界に放り込まれた著者が最後どうなるのかは、本書でたしかめていただきたい。筋金入りのジャーナリストだけあって、著者の文章はときにドギツく、ときに下品。ちょっと大げさなんじゃないの? と思う箇所もなくはないし、舞台となる企業にしても、自分が勤めもせず批判をするのは慎みたい。ただ、著者の目的は一企業の批判ではないはずだし、それを念頭に置いて読んでも十二分に面白いし怖い。
「中年のオジさんが20代でいっぱいのイケイケベンチャー企業に行ったらどうなるか」という視点で笑わせたあと、スタートアップ・バブルにとりつかれた人々の狂気の中で、一流のジャーナリストだった著者がむしばまれていく。いつの間にか笑えなくなる。

日本に暮らす多くの人々にとって、本書は「(他人事だからこそ楽しめる)想像を超える現実」を見せてくれる一冊だろう。実態を知らずに、きら星のようなスタートアップに憧れたって仕方ないとも思える。何せ、イカしたオフィスや豪華ゲストが次々登場するイベント、うなぎのぼりの評価額だけ見ていれば、「間違いない」企業に見えるのだから。しかし、まぶしく見えるモノの裏側に何があるかたしかめる必要があることを、本書は思い出させてくれる。
笑いあり学びありホラー(?)あり、ビジネスパーソンなら一読して損はないはず。なお、手に取られた際には必ず「エピローグ」と「謝辞」まで目を通すようオススメする。

(※本稿内の数字や情報は本書の原書 ”Disrupted” が執筆された当時のものです)

                                   執筆:MO

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