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<現地レポート> 香港で始まる恐怖政治―― 「中国化」の波は止まらない

2015年01月13日 公開
2016年11月11日 更新

小川善照(ジャーナリスト)

 

強化される大陸の監視体制

 さまざまな締め付けは、大陸にいる香港人たちにも波及している。休みを使ってデモに参加していた香港出身で広東省の大学で現在学んでいる大学生は、あるときデモの現場に出てこなくなった上に、電話にも出なくなった。心配して彼を訪ねて行った仲間にこう告げたという。

 「香港警察からこちらの警察にデモ参加者だと連絡が行ったらしい。自分の電話も盗聴されている。悪いが、もう運動には関われない」

 大陸の監視体制は、現在の香港の比ではない。この友人の話に香港の仲間は暗澹たる気持ちになったという。

 広東省では、北京語を公用語として定着させる動きがある。北京の圧力は、そこまで強くなっている。香港でも一部の学校では中文(国語)の授業を北京語で行なう動きもあるという。彼らは自分たちの言葉「広東語」さえ奪われかねないのだ。

 結局、占拠活動は何ら結果を引き出すことなく終結してしまったのか。このまま香港は中国にのみ込まれるのではないか。私の言葉に、ボランティアスタッフが不敵な笑みを浮かべていった。

 「今晩、銅鑼湾で会いましょう。まだ雨傘革命は続いているんです」

 彼の言葉どおり、銅鑼湾の占拠地はまだそのままだ。繁華街のトラムの駅を占拠しているのだが、他の地域と比べてかなり小さい。サッカーコートほどもない広さだ。

 夜の指定された時間に行くと、デモの現場は撤去を前に最後の盛り上がりを見せていた。だが、撤収も進んでいる。こんなものを彼は見せたかったのだろうか。

 すると、デパートの裏からクリスマスソングを歌う一団の声が聞こえてきた。だが、よく聞くと、それは替え歌だった。

 「やめろ、やめろ、689 やめろ、やめろ、689 おまえがいたんじゃ、香港に未来はない やめろ、やめろ、689」

 デモ隊は聖歌隊の格好をして、梁振英をコケにした歌を歌いながら、数百人で練り歩いていた。そして時折、「ゴウウー」という雄叫びを一斉に上げる。

 これが、デモ隊の新しい戦術、「鳩鳴革命」(ショッピング・レボリューション)だという。他の字で書くと「購物革命」だ。ギャラリーの一般市民も、この騒ぎに笑っている。

 「先月、反デモで声を上げていたブルーリボンの男にテレビ局が『今日は何をしに来たんですか?』とインタビューをしたんです。その男は『今日は買い物に来ました』と、買い物を北京語の『ゴウウー』と発音していました。旺角が撤去されたあと、梁振英は『これで市民のみなさんは、安心して買い物に行ってください』と、呼びかけたんです。だからゴウウーといいながら、みんな買い物をしているだけなんです」

 買い物名目のお散歩デモ。これには警察も手を焼いている。さらにオチがつく。

 「ゴウウーとは、鳩鳴と広東語で書くのですが、じつは、ゴウと読む鳩は男性器のスラングなんです。だから、みんな笑っているんです」

 徹底的にバカにされる梁振英。思わず、筆者も笑ってしまった。このデモ隊の騒ぎは、検閲不可能の携帯アプリで一斉に呼びかけられて行なわれるという。突発的に発生してすぐに解散するため、警察は市内各所の繁華街に大量の警官を配備しなくてはならなくなった。

 しかし、デモ前より現在のほうが政府の圧力は強まってきているのは事実だ。マスコミのほとんどは、デモ終結を「治安を守った警察の勝利」という論調で報じた。現場の記者がいくら政府批判をしてもデスクが警察礼賛の記事にしてしまうという。また、12月13日には南京事件の国家追悼日式典がデモの記事を片隅に追いやってしまった。

 大学では親中派の学長たちが、学内の学生たちの自治権の制限を検討しはじめた。2年前、香港市民の大反発に遭って延期された中国本土と同じ愛国教育の導入も再び議論されようとしている。

 「北京は、いろんな手段で香港を大陸と同じ管理社会にしようとしています。5年後、10年後では遅いんです。そのときには、批判を口にするだけで逮捕されるようになっているかもしれない。だから、いまやらないといけないんです」

 デモ参加者の悲壮な決意の裏返しが、一見能天気にも思える深夜の買い物デモだった。香港人は今後も、中国という圧倒的に強大な敵と戦い続けるのだろう。自分たちの香港を守るために。その最前線を筆者は今後も見守っていきたい。

 

小川善照(おがわ・よしあき)  

1969年、佐賀県生まれ。東洋大学大学院社会学専攻博士前期課程修了。社会学修士。週刊誌で事件取材などを担当。2008年に『我思うゆえに我あり――死刑囚・山地悠紀夫の二度の殺人』にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞(後に、小学館より刊行)。著書に『ノーモア立川明日香』(三空出版)がある。

 

<掲載誌紹介>

2015年2月号

 2015年は戦後70年の節目の年。6月23日は沖縄戦終結から70年、8月6日は広島原爆投下、9日は長崎原爆投下、15日は70回目の終戦の日である。今年は本誌でもさまざまなかたちで先の大戦と戦後を考えてみたい。

 その第一弾が、2月号総力特集「戦後70年 日本の言い分」。産経新聞の古森義久氏とジャーナリストのマイケル・ヨン氏は、慰安婦問題の裏には日米韓の関係を切り裂こうとする中国の姿が浮かび上がると喝破する。山本七平賞を受賞した石平氏は、「中国は7月7日の『盧溝橋事件記念日』、8月15日の日本敗戦の日、そして9月3日という中国が決めた『抗日戦争勝利の日』を最大限利用して、全国規模の反日キャンペーンを盛り上げていく」と予測する。日本の外交が試される1年になりそうだ。

 第二特集は、経済、財政、安全保障、政局というテーマから「新安倍政権に問う」ことで、日本の抱える問題を浮き彫りにした。「景気回復、この道でOK?」と題した有識者・エコノミスト4名によるバトル座談会は、消費増税の延期、アベノミクスの出口戦略など、日本経済の根本問題を忌憚なく論じていて、思わず唸ってしまう。

 巻頭の対談では、1月24日公開予定の台湾映画『KANO』について、プロデューサーの魏徳聖氏と李登輝元台湾総統が語り合った。

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