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李登輝 指導者とは何か(2)

2015年06月11日 公開
2022年12月15日 更新

李登輝(元台湾総統)

李登輝

※本稿は李登輝著『指導者とは何か』(PHP文庫)より一部抜粋・編集したものです。

公私を混同せず

権力をもつ指導者が必ず心に銘じておくべきことは、公私の別をはっきりすることだ。部下の処遇については、私情に流されず、明快に評価しなければならない。

私にはこんな経験がある。総統になるまで台北市長、台湾省主席、副総統を務めたが、その間ずっと補佐してくれた秘書がいた。

彼はあらゆる面に優れており、筆も立ち、たいへん役に立つ人物だった。しかし、総統になったのち、私は彼を辞めさせた。国家に関わる問題を起こしたからである。彼に対する情はもちろんあったが、それに流されるわけにはいかなかった。

民主国家の政治家にとって、選挙はきわめて重要なものである。当選した際には、支持者に報いたいと思うのは無理からぬことだろう。次の選挙を考えれば、支持をつなぎとめるために何かしらやっておきたいと考えるのも、自然の情といえるかもしれない。

だが、謝意はあらわすにしても、選挙は選挙、国政は国政である。両者はまったくの別物と考えなくてはならない。選挙が終わったら、支援者との私的な関係はきっぱりと断つことが求められる。

台湾のみならず、アジア世界でしばしば見られるものに身内への利益供与がある。偉くなった人物が親戚縁者に職を与え、引き立てる。これを私は「アジアン・バリュー(アジア的価値観)」と呼んでいる。

政治権力を握った者が独裁的になり、あたかも皇帝のように振る舞って、自分の家族や自分を中心とした考え方で公の権力を使い、国家全体のことを忘れてしまう。そのような振る舞いが国民の目にどう映るかは、いうまでもないだろう。

総統在任中、私は家族、親族はもとより、父の友人にさえ、むやみに会わないようにした。父は県会議員を務めたことがあり、地元の人々と親密な関係をもっていた。私が総統になると、多くの人が父を通じて人事や公共投資などのとりなしを頼んできた。

ある晩、私は父に「父ちゃんが議員であったあいだ、たくさんの人に助けられたことはわかっています。しかし、彼らの頼みごとを聞くつもりはありません。ですから、人を紹介したりしないでください」と伝えた。以来、こうした事態は一度も起こらなかった。

父が亡くなる前、私は父に対して「あの晩から一度も人を紹介されることがなく、本当にありがとうございます。おかげで私は職務に邁進することができました」と心から感謝を述べた。

多くの人たちは、政治家になったら多少は汚い手を使わなければならないと考えている。自らの政策を実践するには権力や後ろ盾、そして資金が必要であり、これらを手にするためにさまざまな利権争いに巻き込まれかねず、最初は国家に忠誠を尽くすつもりでも、いずれ変わらざるをえないというのである。

実際、政治家の仕事とは、周囲の冷笑を浴びながら、一方で泥水を飲み、もう一方でそれを吐き出すようなものである。いつまでも潔白でいるのは、天に昇るより難しい。

著者紹介

李 登輝(り・とうき)

台湾元総統

1923年、台湾・台北州淡水生まれ。台北市長、台湾省政府主席、台湾副総統などを経て、1988年、総統に就任。1990年の総統選挙、1996年の台湾初の総統直接選挙で選出され、総統を12年務める。著書に、『新・台湾の主張』『指導者とは何か』(ともに、PHP研究所)ほか多数。

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