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古森義久&ジェイソン・モーガン なぜ慰安婦問題に対する対日批判が後退しているのか

2015年07月05日 公開
2022年10月27日 更新

古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員),ジェイソン・モーガン(フルブライト研究者・ウィスコンシン大学大学院)

 

河野談話を打ち消さなければ対日糾弾は続く

 古森 歴史研究者の圧力や偏向ぶりについては、私にも体験があります。2003年1月、外務省の特殊法人だった国際交流基金がアジアの和解を目的にすると称してアメリカで連続セミナーを始めたことがあります。

 ワシントンで開かれた第1回のセミナー「記憶・和解とアジア太平洋地域の安全保障」に招かれて参加したのですが、出席者は日本に対してネガティブな学者や専門家ばかり。中国・韓国系の学者が「日本政府は従軍慰安婦や元捕虜の問題で十分に謝罪と賠償をしていない」「日本はナチス・ドイツと同様の大規模な国家犯罪を行なった。ドイツは謝ったが、日本は謝っていない」など非難を繰り返し、あろうことか、日本人学者らも同調して対日批判を始めたのです。私は「戦後賠償の問題はサンフランシスコ講和条約ほかによって解決済みである」「東京裁判で約1000名もの日本人が死刑に処せられた。すでに戦争責任は全うしている」などと主張をしましたが、多勢に無勢でした。ある韓国系の女性学者が、毛沢東の人民帽を頭にかぶってセミナー会場に現れたときは「ああ、中国の息がかかっているのか」と気付いて呆れました。

 そもそもおかしいのは、このセミナーは民間主催ではなく、日本国民の税金を使って開いたものです。表向きは国際交流基金の日米センターとアメリカ側の社会科学研究評議会の共催というかたちをとっていますが、資金はすべて日本側が出している。にもかかわらず、日本政府の立場を説明できる担当者が誰もおらず、日本の主張を支持する参加者に対等な発言の機会を与えない。ほとんどの討論では意見は20対1に分かれました。

 モーガン 20人対1人という率は、じつはましなほうですよ。反対の意見を述べる人は、普段はアメリカのアカデミズムにはいないです、原則として。

 古森 その1人が私だったのです。これでは公正な議論になりません。慰安婦問題に関しては、解決を民間に任せるのではなく、政府が前面に出て「日本軍による慰安婦の強制連行はない」という事実を発表しなければなりません。もちろんご承知のように、日本は2007年、第一次安倍内閣が慰安婦問題について「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」との答弁書(内閣衆質166第110号)を閣議決定しています。しかし、軍の関与を語った1993年の「河野談話」によって慰安婦問題は歪められてしまい、誤った歴史が国際的に広まっています。いま日本政府が公式に河野談話を打ち消さなければ、対日糾弾と謝罪・賠償要求は半永久的に続くでしょう。それが無理ならば、政府が関与したセミナーやシンポジウムをアメリカで積極的に開催するなど、日本の主張を伝える場を多く設けることです。いまのようにアメリカで中国や韓国に好き放題、プロパガンダを流されている状況を少しでも変えなければなりません。

 

「ルビコン川を越えた」安倍首相の演説

 モーガン その意味で特筆すべき第二の点は、今年4月29日、安倍晋三首相が米議会上下両院合同会議で行なった演説です。これはbrilliant(素晴らしく優秀)なスピーチでした。とくに私がよい印象を受けたのは、安倍首相が「中国と日本の違い」を強調したことです。もちろん、中国を名指しこそしませんでしたが、民主主義国の日本とアメリカの深い関係について、祖父・岸信介の言葉を引いて「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」と語りました。次いで自分の名前を「エイブ(Abe)」と読ませて「エイブラハム・リンカーン」を想起させ、「日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした」と述べています。さらにアジアの海の平和について、次のように語りました。
 

「第一に、国家が何か主張をするときは、国際法に基づいてなすこと。第二に、武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること。太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません」

 この文章は明らかに、中国の存在を念頭に置いています。安倍首相の意図するメッセージはアメリカ人によく伝わったと思います。実際問題として、中国の指導層のなかでアメリカの議会に赴いて安倍首相のようにスピーチを行ない、「われわれはアメリカと同じ価値観を共有している」と宣言できる政治家は一人もいないでしょう。

 古森 アメリカの上下両院議員に対して日米の相互理解を訴えかけるスピーチとしては大成功だった、といえますね。

 モーガン さらに私が注目したのは、太平洋戦争で硫黄島の激戦を戦った栗林忠道大将の孫・新藤義孝氏(前総務大臣)とローレンス・スノーデン海兵隊中将を演説の場で引き合わせて「かつての敵は今日の友」という真実を伝えたことです。戦争というのは互いに国としての立場があり、片方が善で片方が悪だと単純に割り切れるものではない。いまや日米は友人なのだから、敵対していた過去の時代は水に流しましょう、と。過去にとらわれない日本人の長所が発揮された瞬間だったのではないでしょうか。

 古森 あるアメリカ人が私に、安倍首相の演説は日米のあいだに残る戦争のわだかまりを完全に解いたという意味で、「ルビコン川を越えた」と語っていました。まさしくそのとおりで、いくらマイク・ホンダ議員や『朝日新聞』が日本を悪者に仕立てようとしても、あの演説をスタンディングオベーションで称賛したアメリカ議会の礼儀正しさがすべてを物語っています。この態度は、先ほどモーガン氏が田母神俊雄氏の演説を例に挙げた日本人の礼節と完全に一致しています。

 左派のメディアは盛んに「過去の戦争に対するお詫びがない」と批判していましたが、それは中国や韓国のように過去ばかりを見て将来を見ない、あるいは「木を見て森を見ない」視野の狭い発想です。日本とアメリカのあいだでの歴史問題は枝葉末節にすぎない。ここでいう本質すなわち「森」とは、アジアの平和と安定にほかなりません。もしアジアの海に中国や北朝鮮その他の不安定要素があるとすれば、それを安定化させる力の源は日米の協力以外にない。その事実がはっきりと確認された、歴史的な場面だったと思います。

 今後もモーガン氏のように、冷静かつ大局的に歴史の事実を見る態度がアメリカに広がることを願ってやみません。すでにその兆候はあります。先ほど述べたアメリカの研究者ら187人の声明を見ると、慰安婦問題についての対日批判のなかに、次のような後退が見て取れます。

 「歴史家のなかには、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が『強制的』に『慰安婦』になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、すでに資料と証言が明らかにしているとおりです」
 「『慰安婦』の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、おそらく、永久に正確な数字が確定されることはないでしょう」

 この「慰安婦の強制性」および「数」という2点は、今回の声明における慰安婦問題の認識の核心といえるでしょう。声明では、「日本軍が女性たちを強制連行した」と述べずに「女性が自己の意思に反して拘束され」という記述に留めている。お決まりの文句だった「日本軍の組織的な強制連行」という言葉が消えています。これは長年、ワシントンで慰安婦問題の動向をウォッチしてきた私のような者の目から見て一大変化です。日本の声に耳を傾けないアメリカの日本研究者のあいだにも「新風」が吹きつつある、と思いますね。

※本対談でのモーガン氏の見解は個人のものであり、フルブライトの意見を代表するものではありません

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