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喫煙マークを東京五輪のレガシーに

2015年10月29日 公開
2023年01月11日 更新

ダニエル・カール(タレント/実業家)

ダニエル・カール

非科学的な極論の危険性

 ——たばこメーカーでは臭いや煙の量を抑えた紙巻きたばこの開発にも取り組んでいますが、嫌煙派の一部からは「電子たばこはもちろん、喫煙の拡散につながりかねない研究開発そのものが問題だ」という声が上がっています。

 ダニエル いまの風潮を見たりすると、アメリカの禁酒法(1920〜1933年)時代を連想しますね。もともとアメリカでは、日本と比べて飲酒率が低く、昔からお酒を飲まない人が多かった。キリスト教徒が建国した新しい国だから、飲酒は「人間を堕落させる」「心身の健康を害する」というマニアックな教えを信じていた。現代医学では適量の飲酒は身体によいというのが定説だから、もちろん科学的根拠は薄いけれども、そこは信仰心のなせるわざ。禁酒法なんていらなかったのに、連邦議会で可決され、法律として成立してしまった。

 なんでかというと、宗教原理主義のマニアックな政治家が現実を無視して、聖書の教えに基づく理想の社会をつくろうとしたから。第1次世界大戦の惨禍とその終結が、この悪法成立を後押しした。さらに、アメリカ社会の実態に沿わないと知っていた現実主義の政治家の力が足りずに、本来は否決されるべき禁酒法案が議会で可決されてしまったんだな。

 禁酒法時代の十数年に、どれだけのアメリカ人が命を落としたか。もちろん大半は飲酒で体を壊して亡くなったわけでなく、シカゴのアル・カポネなどが率いるギャングが暗躍し、利権をめぐる抗争やそのとばっちりで多くの命が失われた。「飲酒」より理想主義に傾いて成立した「禁酒」のほうが社会にとってよほど危険だったんです。「たばこ撲滅」の理想を掲げて突き進む風潮には、同じ危険の臭いがするなあ。現実と理想のバランスを著しく欠いているというか。禁酒法時代は結局、社会の混乱や世界大恐慌の引き金となる大不況を招いて短期間のうちに幕を閉じたわけだけれども。政治家の考え方は十数年で現実主義と釣り合うバランスに戻ったけれど、アメリカ経済が不況を脱したのはニューディール政策を経て第2次世界大戦の開戦まで待たなければならなかったんだな。

 ——禁酒法はカール家の歴史と密接に関係しているそうですね。

 ダニエル んだのよ〜(そうなのよ)。おらの家はドイツ系アメリカ人で、曾爺ちゃんは1800年代後半からシカゴで「クナイペ」というドイツ居酒屋を経営していたんです。親父も爺ちゃんも、シカゴに住んでました。

 曾爺ちゃんは60歳くらいで、まだ現役で働きたかったんだけども、お酒メインの居酒屋だったから店を閉めるしかなかった。というか禁酒法に潰されたんだね。それからの人生最後の約10年間は仕事がなくて、貧困のなかで亡くなりました。そういうカール家の歴史もあってか、理想に偏って現実とのバランスを欠く極論には、おらのレーダーが危険を察知して敏感に反応するみたいです。

 

原発論争も安保法制も議論がかみ合っていない

 ——政治も含めて日本の社会は悪くいえば曖昧で白黒をつけない、よくいえば極論に走らず理想と現実のバランスを取ることでまとまってきたと思うのですが、たしかに最近はバランスが崩れつつあるような気がしますね。

 ダニエル オリンピックとたばこの問題から大きく話を広げると、国会では安保法制の審議が佳境を迎え、安保関連法案に反対する人たちが集まって国会や官邸の周りをデモしたりしていました。おらには日本の国政選挙権はないので、どっちが正しいと意見するつもりはないけれど。「安保」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは「あんぽ柿」だしな(笑)。

 テレビで国会中継をときどき見てるんだけども、安保法制の国会論戦が同じファクト(事実)に基づくディベートになってない。野党の質問と政府の答弁がかみ合わずにすれ違ってるように思えてならないんだな。議論の前提となるファクトとか現状認識を共有していないから、安倍政権が安保法制で実現したい安全保障と、反対する野党のめざす安全保障の姿が交わらないし、法案の調整、擦り合わせがうまくいかない。安全保障は国と国民生活の一大事ですから、政争の具にしてもらいたくない。与野党挙げて「安全保障の現状認識を踏まえてどうすれば賛成できるか」の意見集約、擦り合わせをしてほしかった。

 憲法も「9条改正絶対反対」と主張する人がいる一方で、政治家や国民のなかには「変えたい」という人もいます。9条は理想主義的には素晴らしいものだと思うんだけども、これからの現実的な日本の安全保障を考えたとき、本当にこのままでいいのか。この本質的なディベートを政治家には期待したし、おらが国会中継で聞きたかった議論なんですよね。

 ——ほかにもお互いの主張がかみ合わないものとして原発推進と脱原発の議論が挙げられます。そしてダニエル・カールさん自身、県産農産物などの魅力を全国の消費者に伝える「おいしいやまがた大使」を務め、放射能汚染の風評被害が東北全体に広がらないように、と日本語と英語で正確な情報発信・デマ情報の訂正に尽力しています。取り組みの成果はいかがですか。

 ダニエル ただただ東北を愛する1人として山形・福島県民や山形・福島県産農産物の風評被害をできるだけ軽減しようと必死にサポートしているんだけども、いまだに福島県も山形県も風評被害で痛い目に遭っています。まったく放射能汚染の影響を受けていないのに、福島県産の野菜とか山形県産のサクランボの売り上げはまだ大震災前の水準に戻っていない。

 議論がかみ合っていないというのは、そのとおりだね。推進派と脱原発派双方の人が発信する情報を集めて、ディベートらしきものを見聞きし、ツイッター上の議論に参加したり見たりしてるわけなんですけど、まったく有意義なディベートになっていないんです。お互いに違うファクト、数字を一方的に出し合って、こっちが正しい、あっちは間違ってると。

 おらは原発に関して推進でも脱原発でもないんだけども、デマ情報を何度も流して拡散する人にはごしゃける(腹が立つ)。このあいだも有名なイギリス人の学者が、原発事故のせいで日本人が2000人近く亡くなった、という趣旨の話をしていました。

 もちろん死者2000人というのは放射能による犠牲者でなく、いわゆる「震災関連死(避難による過労や体調悪化による死)」の数。原発事故の関連死はそのうちのごく一部だけで、事故が原因で直接亡くなった方は1人もいません。震災から4年半たってもこういうデマが出てくる。自分がこうあるべきだと信じる理想はいいけれども、そのためならデマを拡げて被災地の復興を妨げても許されるのか、と。英語でデマに接して誤解してしまう外国人に注意を喚起するためにも、英語で訂正する必要があるんですよ。

 理想と現実のバランスで「理想に偏っている」と思うのは、年間1ミリシーベルト以下という放射線量の基準値。もともとの基準値が0・5ミリシーベルトだったから、異論のある方もいるでしょう。おらの妹がコロラド州に住んでいるけれども、年間の自然放射線量は8ミリシーベルトだよ? 日本の基準なら、コロラド州の全住民を避難させねば(笑)。なぜ日本がそこまで厳しくしたかといえば、当時の菅直人首相がパニックを起こして感情的に判断してしまったからだと思う。

 おらも事故発生時は勉強不足で状況がよくわからなかったけど、4年間勉強してきてようやく情報の真偽を冷静に判断して発信できるようになったんです。やはり一国のトップとしては、一時の感情とか脱原発の理想・理念ではなく、国民生活の現実を見て決断しないといかんでねえか、と思います。

 

喫煙マークを東京から世界へ

 ——たばこ規制の問題も構造はまったく同じです。たばこが喫煙者本人の健康を害するというデータもあれば、吸っても問題ないというデータもありますし、喫煙以外の生活習慣や環境、個体差の影響も無視できません。受動喫煙に関しては、それこそデータは千差万別です。にもかかわらず嫌煙派を代表する医師のなかには、たとえば大気汚染問題の解決にはいっさい関知せずで、健康被害の諸悪の根源が喫煙であるかのような発言をしたりする。現実とはかけ離れています。

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまであと5年あります。最後に、たばこ関連でこうしたほうがいいというアイデアがあればお願いします。

 ダニエル まず大前提として、東京近辺、できれば関東一帯の喫煙ルールを統一すること。異国を訪れる外国人観光客にとっていちばん迷惑なのは、駅周辺・繁華街とその他、区や市、都県によって喫煙のルールが変わったり、バラバラなことです。そもそも区の意味すら理解できない外国人も多いですから。ある区は路上喫煙可だが歩行喫煙はダメ、隣接区はどちらも禁止などと決められても守りようがない。喫煙者の外国人観光客をおもてなしするには、東京を中心にたとえば屋外はマナー、屋内分煙といったルールに統一し、公共的施設の屋内喫煙を規制する神奈川県はその基準に合わせる。喫煙の統一ルールを多言語表示のパンフレットにして、入国した空港で無料配布するとかしたほうがいいんでねえかと。

 おらが提案したいのは、東京から世界へのアイデア発信として「喫煙OK」のロゴ、ステッカー作成をしたらどうかな、と。この前、レストランを経営する友人のフェイスブックを見たら、飲食店の入り口から窓、障子、トイレまでべたべた禁煙マークを貼った店内の画像をアップしていて、そのセンスの悪さにたまげた(笑)。

 かつてはたばこを街で吸えるのが当たり前だったから、「禁煙マーク」が必要でした。いまは禁煙が主流になっているから、むしろ「喫煙マーク」がないと困る。デザインなら外国人にも一発で理解できるし、日本の文化発信になる。喫煙所の多言語表示も不可欠で、以前に住んでいた外国人の住民登録が多い豊島区では案内板が日本語、英語、中国語、ハングル、時にポルトガル語で併記されていました。表示格差の解消はおもてなしの一環でねえかな。

 ——実際、1964年の東京オリンピックでは、トイレの男女別マークを新たにつくって赤と青で配色しました。それがいまでは世界中で通用しています。

 ダニエル んだ(そう)! 世界に通用する喫煙マークを新たに提案すれば、東京オリンピックのレガシー(遺産)として50年、100年間使用されて残る可能性だってあるんです。日本が世界に誇るものがまた一つ増える。このチャンスを逃す手はないと思うよ。

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