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観光業の基本はトヨタにあり?元アナリストの鋭い”日本批判”

2016年02月02日 公開

デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)

日本は恵まれた条件を生かしきれていない 

 第24回山本七平賞の受賞作、『新・観光立国論』(東洋経済新報社)の著者であるデービッド・アトキンソン氏は、イギリスより来日して25年。1990年代には、ゴールドマン・サックス社のアナリストとして日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集めた。現在は、創立300年余りにわたって国宝・重要文化財などの修繕を行なう小西美術工藝社の社長を務めるという異色の経歴の持ち主である。

 アトキンソン氏は受賞作で、少子高齢化による人口減少が日本の経済成長に及ぼすマイナスの影響について指摘し、「観光こそがこれからの日本を救うもっとも重要な分野である」と位置付けている。元アナリストらしく、各種のデータに基づく分析と提言は説得力に富む。その一方で、観光に対する日本人の思い違いを正している部分には、来日25年の氏ならではの鋭い“日本批判”が感じられる。

聞き手=Voice編集部

 

効果のある観光戦略を打ち出していない

 

 ――山本七平賞の受賞、おめでとうございます。

 アトキンソン ありがとうございます。

 ――2030年に日本は観光立国として外国人観光客が8200万人になり、50兆円規模の経済効果を上げる、という試算をされています。この数字は「むしろ保守的で、現実よりも少々控えめな数値」(「日本の観光客数はマレーシアの約半分 豊かな『潜在力』を活かせ」『2016年の論点100』文藝春秋)ということで、日本人にとっては心強い限りです。ただ、心配なのは、それだけの成長を支える人材が観光業界にいるかどうかです。もともと観光業界というと、休みが不定期なわりに給与水準はけっして高くなく、一流大学の卒業生の就職先としては、敬遠されがちなイメージがあります。

 アトキンソン そもそも観光業界にそれほど学歴の高い人材が必要なのか、疑問に思いますね。衛星を設計したり半導体を生産するわけではなく、接客業ですから。お客さんに観光地まで来てもらって、楽しんでもらえればそれでよいわけです。それこそ政府や自治体には一流大学出身の方もいますので、彼らが大まかな方針や戦略を立てて、管理していけばいいのではないか、という気がします。

 ――受賞作では、外国人観光客に向けて情報発信をしたり、集客のためのマーケティングを行なう「地域デザイナー」の必要性を説かれています。そうなると、一定の語学力が必要ですし、マーケティングのセンスも必要です。そうした人材が日本には足りていないのでは?

 アトキンソン そうでしょうか。日本には国全体の観光戦略を担う観光庁があり、都道府県、市町村、ほとんどの自治体に観光課があります。東京都には一つひとつの区ごとに、観光に携わる役人がいるんですよ。さらに各地域には観光振興協会があります。ですから、人材が足りていない、ということはないでしょう。もし問題があるとすれば、効果のある観光戦略を打ち出していない、という点に尽きます。たとえば「くまモン」のようなゆるキャラをつくり、イベントを行なうことがほんとうに観光客の集客につながるのか。実質的に、これは日本人同士の“お仲間イベント”にすぎないと思います。

 スキルのレベルアップと成果の検証の話でしょう。たとえば語学力は筋肉と一緒で、使って鍛えられるものです。幼児でもできるものなのですが、観光客があまり来ていないので、語学力も足りていないと思います。

 ――「くまモン」を見て癒やされる日本人は多いと思いますが、外国人には通用しない?

 アトキンソン 無理でしょう(笑)。軽い負担で来られるアジアの観光客と違って、遠い国から来る人にはあまり効果はないと思います。じつは日本全国で、観光誘致のための予算は合計3000億円もあるそうです。私も最近知った数字で、少々驚きました。つまり、日本は観光に人もお金も掛けている。しかし、効果が上がっていないのです。こうしたパターンの問題が、日本には多い気がします。

 たとえば、博物館や美術館をつくると、よく“箱モノ”と批判されますが、ほんとうに無駄なのか。たんに、それらを生かせていないだけなのかもしれません。先日、ある博物館に行きました。展示に外国人向けの英語の解説がないかというと、一応あります。しかし、それはたんにローマ字で書いてあるだけで、意味がある文章になっていませんでした。日本でよく見掛ける例です。

 ――ご著書でも触れられていますが、「江戸」をたんに「Edo」とローマ字表記にしただけでは、外国人に意味が伝わるはずがない。まさに“お役所仕事”で、そうした例が多いとすれば、残念というほかありません。

 アトキンソン そもそも、翻訳は必ずネイティブのチェックを受けるべきです。しかも、その人は日本の文化や歴史に詳しくなければならない。文化財の解説は、その辺りの留学生に気軽に頼んでいい仕事ではないはずです。繰り返しますが、こうしたお粗末な例が日本にはあまりに多い。

 ――アトキンソンさんからすれば、日本は当たり前のことができていない、ということですね。受賞作では、京都の二条城には詳しい展示パネルがないため、外国人にはその「すごさ」が伝わらないと書かれていました。その後、何か改善の動きがありましたか。

 アトキンソン 私がいつも二条城の例を出すため、先方もそうとう意識されているようですね(笑)。先日行ってみたら、見事に展示パネルが増えていました。ただ、「虎の間」を説明するのに「虎と豹の絵が描かれている」というような説明だけでは不十分です。それは見ればわかります(笑)。

 ――さらに文化的な背景まで詳しく説明する必要がある、ということですね。

 アトキンソン 案内板をつくることだけが目的になってしまっているのではないでしょうか。結果的に、日本の歴史文化をきちんと学べる場所になっていない。じつにもったいないと思います。

 ――最近は、文化施設や自治体も観光のために熱心にホームページをつくっているようですが。

 アトキンソン ええ。しかし、私が信じられないと思うのは、それが時として10年以上前の技術によって制作されていることです。地図をクリックすると、いきなりPDFが出てきて、これはいったい、いつの時代のホームページなのか(笑)。日本の各観光地でつくっているから、自分のところでもやりました、というだけの話です。なぜ、そうなってしまうのか。初めから「戦略的に考えて効果を出せ」と指示していないからでしょうか。

 ――ヨソでもやっているから、ウチもやる。日本人特有の横並び意識。耳の痛いご指摘が続きます。

 アトキンソン ある日本の旅行代理店は、集客のための文化イベントをフランスで実施しています。しかし、発信の仕方も広告も、全部日本の会社がやっている。私はよくいうんです。「逆を考えてみてください」と。もし、フランスの大学で日本語学科を出たフランス人がネイティブのチェックも受けずに日本語で広告をつくり、それまで日本に来たことのないフランスのイベント会社が日本で「フランスに来てください」というイベントを行なった場合、日本人はどう思うでしょうか。「馬鹿にされている」と感じるはずです。それと同じ事を、日本の旅行代理店はフランスでやっている。日本は観光に人もお金も掛けています。しかし、中身が十分に伴っていない。だから効果が出ない。私にいわせれば、まだまだ本気になっていないんです。

 

ビジネスプランとは呼べない目標

 

 ――観光分野において、日本は明らかに後進国のようです。明治の日本は、議会制度に始まり、鉄道、造船、あるいは文学に至るまで、アトキンソンさんの母国イギリスに学べ、でした。海軍などは、食事の内容まで英国海軍の真似をしています。現代日本も、観光のやり方は1からヨーロッパに学んだほうが早いかもしれません。

 アトキンソン 明治時代とは、また極端な例を持ち出しましたね。教えるも何も、それほど難しい話ではありません。たとえば地域デザインといっても、誰をどの駅まで運び、どの場所に誘導して施設を生かしていこう、というだけの話で、子供でもできます。東大を出ている必要はない(笑)。

 北海道のニセコのスキー場は、オーストラリアやニュージーランドから多くの観光客が訪れて「リトル・オーストラリア」と呼ばれるほど賑わっています。大きな貢献を果たしたのが、1992年からニセコに移住したオーストラリア人のロス・フィンドレー氏です。彼が大学で観光学を専門に学んだかというと、そうではない。巨額な投資をしたわけでもありません。やるべきことを地道に、真面目に取り組んで、それをお金に換えていったのです。

 ――受賞作でも、日本は観光立国に必要な4条件(「気候」「自然」「食事」「文化」)が揃っていると述べられています。その好条件を生かしきれていない。

 アトキンソン そうです。政府が掲げている「2020年までに訪日外国人2000万人」「2030年までに3000万人」という目標にしても、いかにも官僚がつくったもので、とてもビジネスプランとは呼べないでしょう。本来であれば、国別の目標人数、さらに収入の目標金額など総合的に目標を設定すべきで、そのためにどんな戦略を実行すべきか。それがいまの日本に求められていることです。

 私は、観光業の基本はトヨタにあり、と考えています。トヨタの経営は日本人だけで成り立っているかというと、そうではない。海外の販売網の構築では、現地の会社をうまく使っている。日本の会社のなかでは、トヨタはこのようなコラボレーションがもっとも成功している企業だと思います。

 さらにトヨタが販売しているクルマをみれば、富裕層向けのレクサスがあり、スポーツカーもあれば、ファミリー向けのクルマもある。日本で売れるクルマもあれば、東南アジアでよく売れるクルマもある。要するに、さまざまな属性を相手にしている。観光も同じで、あらゆる属性の人びとに万遍なく日本に来てもらう必要がある。そうでなければ、大きな産業にならないからです。

 ――受賞作の『新・観光立国論』に寄せられたであろう日本人からの反論で想像がつくのは、「超富裕層向けのサービスやコンテンツの充実」です。諸外国に比べて、日本には大金持ちが少なく、ちょっと現実離れしていると思いました。

 アトキンソン 誤解してほしくないのは、「超富裕層向けのサービスやコンテンツの充実」というのは、あくまで一つの例を示したのであって、これだけをやればよい、というものではありません。観光業で問われるのはあくまで多様性であり、階段に例えれば、超富裕層向けを頂点として、その下にさらに続く階段があるかどうかです。私がいま困っているのは、日本人が観光戦略について、あまりにシンプルな解を求めることです。

 そのうえで申し上げれば、たとえばビル・ゲイツ氏が来日した際、ビジネスホテルに泊まるかといえば、泊まらないでしょう。世界で高級ホテルというのは、1泊400万~600万円の価格帯をいうのであって、超富裕層は世界のホテルチェーンを選ぶので日本のホテルや旅館にはまず泊まりません。日本がほんとうに観光立国をめざすのであれば、具体的にどの国から、どの属性の人を呼び、総額でいくら使ってほしいのか、もっと緻密なマーケティングが必要です。

 

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iyashi

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