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お祝い事にぴったり!家庭でつくれる郷土寿司の魅力

2016年05月12日 公開
2017年03月21日 更新

岡田大介(酢飯屋店主)

聞き手=編集部、写真=遠藤宏

お寿司は人生を豊かにするコミュニケーションのツール

郷土寿司の伝承の大切さ

 『季節のおうち寿司』(PHP研究所)は東京・文京区の寿司屋、酢飯屋の店主である岡田大介さんが、各地で出合った「郷土寿司」を各家庭でつくれるようにレシピをアレンジしてまとめた本です。なぜ、地方の郷土寿司にこだわっているのか、理由を教えてください。

 岡田 そもそも郷土寿司とは、日本各地で昔からその土地で穫(獲)れる食材を使いながら、お祭りやお祝い事といった「ハレの日」のご馳走としてつくられ、食べ継がれてきたお寿司のことです。私はいま37歳ですが、30歳前後から「郷土寿司プロジェクト」と称し、日本全国各地に郷土寿司を学び、継承していく活動に取り組んできました。各地の郷土寿司というものは、先輩の職人から教わる機会はまずありません。だからといって、「知らなかった」で済ませるのは寿司職人としていかがなものか、と考えてきました。そこで郷土寿司の世界に踏み込んでみたのですが、これが面白さの塊だったのです。

 ――「ここにこんな(郷土)寿司がある」という情報はどうやって集めるのですか。

 岡田 お客さまが教えてくれます。その方お一人おひとりに出身地がありますので、お店で聞くこともあります。20代のころは、アポなしで現地を訪れていましたが、会いたい人が不在であるなど、その無駄に気付きましたので、現在はしっかりアポを入れてから、訪ねるようにしています(笑)。

 ――本書には日本全国の郷土寿司が紹介されており、その点でも貴重な文献になると思います。地元の方は、郷土寿司の伝承ということに関して、どのような意識をもっているのですか。

 岡田 ある地域ではリーダー格の女性が婦人会のようなものをつくり、保存に努めていました。ただ、もともと郷土寿司は各家庭で代々受け継がれてきたもので、はっきりしたレシピが存在しない場合も多く、今後はより意識して後世に伝える努力をしていかないと消えていってしまうのではないか、という心配はあります。

 たとえば、瀬戸内海に浮かぶ小豆島(香川県)に「生ずし」という郷土寿司があると知り、ネットで検索してみましたが、詳細がわかりません。そこで直接、現地を訪ねて聞き込みを開始したのですが、「知らない」「聞いたことがない」という答えばかり。さらに調べていくうちに、島の北西部に位置する土庄町小江という場所でつくられてきたものであることがわかりました。

 ――瀬戸内海の一つの島の、さらに島内の一地域の郷土寿司だったわけですね。

 岡田 そうです。この地域は以前、四海村と呼ばれていたところで漁業が盛ん。地元の漁師さんは底引き網で漁をしており、夏から冬にかけては新鮮なアナゴがよく獲れます。そのなかで市場に出せないような小さいアナゴを使ったのが、生ずしの正体でした。いわば漁師メシなのですが、生のまま、それも骨ごとお寿司にしてしまうということで、「おおっ」と思いました。これまでそのようなお寿司はつくったことがなかったからです。

 生ずしのつくり方を教えてくれたのは、一田初美さん(四海漁業協同組合女性部代表)でした。数年前に他界した旦那さん、それに息子さんも漁師さんで、「80年ぐらい前から、お祭りや法事、お祝い事のときに生ずしをつくってきたそうです」と話していましたが、「さすがにもう娘はつくらなくなってしまった」ともおっしゃっていました。

 ――そういう形で郷土寿司の伝承が途絶えてしまうのは、じつに残念な気がします。

 岡田 そもそも郷土寿司といっても、「ああ、あのお寿司ね」という感じで受け継がれており、じつは具体的な名前すらないものも多いのです。繰り返しになりますが、いま保存に努めなければ、やがて次々になくなっていくという心配はあると思います。

 ――本書が郷土寿司の大切さに多くの地域や人びとが気付くきっかけになればよいのですが。

 岡田 そうなれば嬉しいです。

 ――岡田さんは、各地の郷土寿司を訪ねるだけでなく、新たな郷土寿司をつくるというプロジェクトも行なっていますね。

 岡田 そうですね。たとえば、銚子(千葉県)は日本屈指の漁港ですが、水揚げされたサカナのほとんどが東京の市場へ直送されるため、わざわざ銚子まで行って食べたい、買いたいと思う名物がありませんでした。そこで私を含む有志数人で、銚子で手釣りされているきんめ鯛を粕漬けにして販売するプロジェクトを始めました。地元の漁協さんの協力も得て完成したのが、「銚子つりきんめ鯛の生粕漬」です。きんめ鯛の旨み、酒粕の甘味、そこに酢飯の酸味が加わって、極上のハーモニーを奏でる一品です。

 

一つひとつの食材に物語がある

 ――岡田さんは、寿司職人としてじつに多様な挑戦をされていると思います。本書のコンセプトは各地の郷土寿司を「家庭で」というものですが、これも新たな挑戦だったといえるかもしれません。

 岡田 もともと郷土寿司は地域の各家庭に受け継がれていたものですから、「家庭で」という本書のコンセプトは、けっして不自然ではありません。ただ、現地で取材してみても、家庭のお母さんごとにレシピが異なっていたり、曖昧だったりする。郷土寿司は各家庭に受け継がれてきたものですから、それでいいと思います。とはいえ、郷土寿司のレシピ本をつくるに際しては、材料を1g単位で決めなければならない。その擦り合わせには苦労しましたが、最終的には自分の判断を基準にしました。

 ――本書には春、夏、秋、冬の季節ごとに、合計25の郷土寿司のレシピが収録されています。たとえば「新入学」のシーズンには、お祝いムードを演出するため、京都・京丹後の郷土寿司である「丹後ばらずし」をお手本にして、彩りも鮮やかな「ばらちらし」をつくってみようと提案されています。

 岡田 子供が多い家庭などでは、ばらちらしや手巻き寿司はわりと一般的なメニューだったように思います。しかし、最近はつくらなくなった家庭も増えているそうです。その意味でも本書を読んだ読者の方に、家庭でお寿司をつくる楽しさをもう一度知ってもらいたい、という思いがありました。そのうえで、家庭ではできないお寿司の味を求めて、お店に来てもらいたいですね。

 ――いろいろな和食があるなかで、岡田さんにとってお寿司とはどんなものですか。

 岡田 私にとっては、完全にコミュニケーションのためのツールになっています。酢飯屋では、お客さまに食材や調味料、器などにも興味をもっていただき、お寿司を食べていただきたいと考えています。1回のコースを召し上がるのに、だいたい3時間のお時間をいただいていますが、もっと時間が欲しいと感じるときもあります。一つひとつの食材に物語があり、調理の仕方でもいくらでも語りたいことがある。私が新しく仕入れた「情報」があれば、さらにそれをコースのなかに盛り込んでいきたい。それらの情報をご存じないままにお客さまにお寿司を食べてもらうのは、「もったいない」と考えているのです。

 ――本書によって、酢飯屋が提供するお寿司の世界がさらに広がるかもしれませんね。

 岡田 実際にお客さまのなかには、「お寿司は食べ尽くしてきたつもりだったが、まだあったのか」と驚いてくださる方がいます。私自身、日本人としてまだまだ知らない郷土寿司がある。そこが面白いですし、もっと各地を訪ねてみたいと思います。

 ――最後に、今後の活動について教えてください。

 岡田 私は誰に頼まれたわけでもなく、寿司業界全体を盛り上げていくことを使命にしています。そのためにも、過去、現在、未来のお寿司を掘り下げ、現地に足を運び、感じたこと、吸収したことを自分なりに表現していきたい。本書もその一環です。

 さらに寿司業界を活性化するためには、もっと若い人に入ってもらいたい。寿司職人がサッカー選手と同じような憧れの職業になってほしいのです。いま当店では、高校3年生の男の子が修業をしているんですが、「バイト代はいらないので、学ばせてほしい」といっています。

 ――いまどき、そんな子がいるんですね。

 岡田 彼は横浜から自転車で通勤していますが、気合いが違いますよ。そもそも私は、自分だけ成功しても意味がない、と思っています。酢飯屋の隣に新しく寿司屋ができても、まったく構いません。ライバルが増えてもいい。私は誰も真似ができないことをやりますから、新しくお店を開く人も、そうしたほうがよいでしょう。その高3の男の子も、私の店で修業したあと、やがて独立するかもしれませんが、そうやって業界全体が盛り上がっていくほうが、面白いじゃないですか。

著者紹介

岡田大介(おかだだいすけ)

酢飯屋店主

一九七九年、千葉県野田市生まれ。大学浪人中の母親の急死をきっかけに十八歳で食の世界へ。地元の割烹料理店、東京・秋葉原の寿司店で修業し、二十四歳のときに独立。八丁堀の自宅マンションの一室で一日一組限定の寿司屋を開く。次第に自分が扱うサカナから野菜、調味料、器などの生産者や現場に興味をもち、全国を巡り始める。並行して、各地の郷土寿司にも関心を向ける。二〇〇八年、東京・文京区にカフェ・ギャラリーを併設する完全紹介制・予約制の酢飯屋を開き、日々、伝統と革新の寿司を究める。著書に、『季節のおうち寿司』(PHP研究所)がある。

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