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『罪の声』作者が語る、昭和の未解決事件を“フィクション”として描いた理由

2017年08月09日 公開
2020年07月13日 更新

塩田武士(小説家)

エンタメと社会派を両立させたかった

――その意味でも、グリ森事件は80年代を象徴する事件だったと塩田さんは捉えているわけですね。ちなみに、「子どもの声」として犯行声明に使われた3人には、もちろん会ったことはないですよね?

【塩田】 ないですね。でも会いたい。彼らが普通の人生を送っていればほっとするし、そうでないとしたら、それこそ世に出て訴えるべきだと思います。

自分の声が犯行に使われたことにいつ気付いたのか。そのときどう思ったのか、などを誰よりも先に僕が聞きたい。現に、そうした境遇の人たちが日本に3人いるわけですから。

――犯人にはどうですか、やはり会いたいですか。

【塩田】 そうですね、会ってみたいですね。

――この作品をきっかけとして、「子どもの声」の主が現れる可能性を読者としては期待してしまいます。

【塩田】 僕は小説という物語の力を借りて、そこに賭けたわけです。

――いまのところ、そのような動きというのは、何かありますか。

【塩田】 残念ながらまだありません。ただ、『罪の声』が世に出てからまだ1年しか経っておらず、そんなに早く「結果」が出るとは僕も考えていません。

本作はコミック化もされていますし、これからもメディアを変えてどんどん世に広まっていってほしい。

そしてこの作品に対して何らかのかたちで接触した何者かが、過去の記憶を辿っていくうちに、あのテープの声の主は自分だった、と気付くかもしれない。

その可能性は「ゼロ」ではないわけで、そう考えると、いまでも鳥肌が立ちますね。

――本作は重厚なテーマを扱いながらも、いい意味で軽妙さを失っていません。400ページを超える長編でありながら、時を忘れて一気に読んでしまいました。

【塩田】 自分は昔から何より人を笑わせる、楽しませることを意識して生きてきました。関西では運動ができるとか、勉強が得意だということ以上に、面白いことが大事という文化がありますから(笑)。

僕は中学生のときから漫才のネタ帳を付けていましたし、高校生になると実際にコンビを組んで舞台に立ち、ネタを披露していました。

――塩田さんの小説では本作に限らず、エンターテインメントの要素が巧みに盛り込まれています。

【塩田】 たとえシリアスな内容であっても、エンタメとの両立をつねに意識しています。そのなかでも、過去8作品は一人の人間を書き上げることに徹してきましたが、『罪の声』では「社会」を描きました。

やはり山崎豊子や松本清張など、「社会」を描ける作家になりたいという思いが強くあって、それを本作ではグリ森事件をテーマに出し切ったつもりです。

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