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日本にワールドカップをもたらした男~広瀬一郎の生涯~

2017年10月31日 公開

吉田 望(nozomu.net代表)

早すぎたスポナビ創業

 

 広瀬は時代の次を見越すことができた。いや、いつでもかなり早すぎか、遅過ぎだったのかもしれないが。2002年W杯までのプロセスで、インターネットバブルがおきた。当時最も有力なスポーツメディアは有料衛星放送であったが、インターネットがこれに変わるー実際にそれから15年後の現在完全に変わっているのだがー、広瀬はスポーツとインターネットの関係に、いち早く格別の関心を抱いた。

 三菱商事にいた彼の友人は、ある投資ファンドに出向しており、アメリカで「Sportsline」というスポーツサイトに出資をして成功していた。これと同様のビジネススキームを電通と三菱商事と日本で展開しようというプランが生じ、彼はその話に乗った。そして電通を退社して、「スポーツ・ナビゲーション社(スポナビ)」の創業者社長に就任した。この社名は広瀬本人の命名であったと聞く。バブルに乗る時の広瀬は、物神化(フェティッシュ)ともいうが、そのブームの波と自分が一体化して、視線も人を通り越して、あらぬ遠くを見るようになる。そして、そうした広瀬に心酔する親衛隊も、登場し始めるのだ。

 この電通への出資提案は、広瀬がこれまで起こしてきた社内的な諍いのせいで大反対を起こしつつも、なんとか通ることになった(私も電通ドットコムの創業役員として、数少ない応援側に回った)。

 面白かったのは、この経緯で電通とその大株主である時事通信や共同通信のあいだに、「電通が通信事業を始める際には、両社に相談する」という歴史的な紳士協定が存在することがわかったことである。おそるおそる親会社にこの話を告げに行った電通の役員は、「それなら私たちもぜひ出資する」という成り行きに、大いに当惑することになる。当時は電通上場が決まっており、電通だけでなく両通信社も大金を手にすることが確実、という背景があったからであろう(ちなみにこの役員は、スポナビが事実上清算する際に、両社に出向いて土下座をしたと伝えられており、広瀬は電通を出禁となった)。

 スポナビは勇敢なビジネストライではあったが、結局破綻することになる。いくつかの理由があるが、まずは親会社が大きく、その陣容もベンチャーと思えないほど豪華すぎた。自ら記事を作ろうとしたため編集費や各種の権利費用が掛かった。インターネットの回線はまだかなり細く、まだグーグルアドワーズなどの仕組みがなくPV(ページビュー)はあっても、肝心のPVをマネタイズするネット広告という仕組みが、まだ幼稚であった。要するに、発想はよかったがあまりに早過ぎたのだ。しかしここで多くの人材が育ち、さまざまなネット企業やスポーツ界に散らばって活躍をし始めたから、教育事業として考えると、よい仕事をしたのかもしれない。

 

スポーツ教育者としての一面

 

 同社は故井上雅博社長がいたYahooジャパンに、備忘価格(実質ゼロ)で売却された。そのあと浪人に悩むこともなく、2002年に独立行政法人経済産業研究所(RIETI)上席研究員に就任。さらには2004年にスポーツ総合研究所を設立、所長就任。江戸川大学社会学部や多摩大学大学院の教授としてスポーツビジネスに関する教鞭をとった。

 このころが広瀬の人生の真骨頂であったと感じる。彼は頭では経営学がわかっていたが、実際の現実に即した人事や経理や営業には向かず、最も大事な修羅場の決断を、人に任せ逃避するところがあった。じつのところ彼に向いていたのは、シンクタンカーであった。このシンクタンカーというのは、ビジネス、アカデミック、ジャーナリスト、この3つの接合領域にスタンスをとる融通無碍な仕事である。

 広瀬はアカデミックな視点、社会科学の幅広い関心・素養があったが、それは象牙の塔をめざすということではなかった。学問的には、ハイアマチュアあるいは理論翻訳者に近かったのであろう。いままで現実に体験してきたこと=スポーツビジネスは一体何だったのだろうと、素直にアカデミックな視点から分析をすることを行ない始めた。つまり日本できわめてレアな、良質なケーススタディを書き始めた。彼には幾多の著書がある。

 なかでも以下は、ごく初期に書かれ現在は絶版となっている本である。彼自身の発見のみずみずしい驚きや嬉しさもあり、さらに「これがわかった僕はすごい!」的な自意識も伝わってくる、ファンにとって腑に落ちる好著である。

 

『プロのためのスポーツマーケティング」(電通、1994)

広瀬曰く、世界で初めて「スポーツマーケティング」を定義した。これはスポーツを拡大するためのマーケティング活動ではなく、スポーツの商品化を通じたマーケティング活動であると。

 

『「Jリーグ」のマネジメントー「百年構想」の「制度設計」はいかにして創造されたか』(東洋経済新報社、2004)
 日本初のスポーツ・マネジメントといえるJリーグ立ち上げのガバナンス研究。自らの行動を体系化しようとした理想的なケーススタディ。

 

 電通の深奥部にいたからこそ体感したスポーツマーケティングの本質は、彼のアカデミックな資質によって整理され、それらはしかもジャーナリスティックなテキストに仕上がっていった。電通のスポーツ関係者は、彼らの密教的活動が資金の流れや金額を含めて分析され世間に明かされることについて、暴露者=記名的な成功者としての広瀬に対し、憎しみや怒りの感情を隠すことはなかった。

 しかし、スポーツを巡る世情は、よりオープンな方向に向かいだしていた。昨今、たびたび電通と世界のスポーツマフィアとの関係がスキャンダルとして取り上げられる。1980年代ではそれはある意味、当たり前のことであり批判する人もいなかった。むしろグローバルな人脈構築の成功譚として語られた。その後、アメリカを中心とするグローバルな金融倫理が確立し始め、一方の電通も上場企業となった。さらに、世界的な資金の流れを追う執行機関の国際連携も始まった。いまや企業だけでなくスポーツ団体やスポーツ財団にとっても、ブラックだけでなく、グレーも許されない時代となったが、広瀬も私も漂白の時代が来る直前に電通を去った。

 日本でもJリーグを契機に高まったスポーツ興行の近代化の波が、他のスポーツ団体にも広まっていった。伝統ある野球興行にも逆流が生じ、大相撲すらも若干の近代化を志向し始めた。最近では、バレーボールやバスケットボールがプロ化し、卓球やバドミントンなどのプロ化も検討されていると聞く。これまでの日本の団体競技事業では、「選手強化」こそ、方法論として語られてはきたが、「スポーツ・マネジメント」は体系化されてこなかった。

 スポーツチーム経営のノウハウを普遍的な方法論で学ぶ必要が生まれたときに、広瀬が設立したスポーツ総合研究所は、スポーツ・マネジメントのカリキュラムを作り、スポーツマネージメントスクール(SMS)として、この教育を主導する役割を立派に果たした。SMSは2003年の開講以来、毎年20人前後の卒業生を業界に輩出し、現在ではその教え子の総数は数百人に登る。多くの人材がプロスポーツチーム及びスポーツ関連企業において、スポーツ・マネジメントを実践しており、この分野での影響力は計り知れないものがあろう。

 広瀬の講義はいたって難しく、かつ「上から」であったようだが、その天然の性は決して憎まれず、また教え子が活躍することに実に真摯にアイデアフルに取り組んだ、と私は感じている。

 スポーツというジャンルで広瀬が取り組んだテーマはほかにもある。一つは指定管理者制度の活用である。スポーツクラブは、その本拠地スタジアムが満員となるほどの人気があってはじめてメディア価値をもつ。またそこからの入場料、マーチャンダイズ(商品化計画)収益は、強化のための非常に重要な収入源である。地価がとくに高い日本では、自力でスタジアム建設を行なうことはファイナンス的にきわめて困難である。

 この制度は、国や自治体がもつ球技場、スタジアム運営を民間団体に任せ、自治体のP/L(損益)を改善する仕組みである。指定管理者の受託によってスポーツチームが大きな恩恵を受けることに広瀬はいち早く気づき、活用の布教活動を始めた。

 もう一つは、スポーツマンシップ教育である。著書としては『新しいスポーツマンシップの教科書』(学研教育出版、2014)を推薦する。

 広瀬のゴルファーマンシップはじつはあまり褒められたものではなかったのだが、だからこそこの立派な問題意識が生まれたのか? とも感じられる。スポーツをする子供のために親が学ぶべき内容が満載されている。

 

広瀬一郎が遺した「21世紀のスポーツビジョン」 >

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著者紹介

吉田 望(よしだ のぞむ)

nozomu.net代表

1956年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業。慶応義塾大学大学院経営学修士。1980年、電通に入社。営業局、ラジオテレビ局、電通総研、メディアコンテンツ統括調査部長、電通ドットコム取締役などを経て2000年に退社。ブランド・コンサルタント「ノゾムドットネット(吉田望事務所)」を設立する。

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