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小栗上野介、罪なくして斬らる

2015年09月28日 公開

歴史街道編集部


写真:東善寺の小栗胸像

「真の武士」とは

「幕府の運命もなかなか難しい。費用をかけて造船所を作っても、完成した頃に幕府がどうなっているかわからない」。そんな言葉が小栗に向けられました。

元治元年(1864)、勘定奉行の小栗上野介忠順は、幕府の財政が逼迫していることを承知の上で、あえて製鉄所(造船所)建設を幕閣に提唱します。製鉄所建設は、日本が近代化に向けて必要な工業力の源になると考えたからでした。しかし、「幕府の屋台骨が揺らいでいる時に、将来への投資などできるか」といわんばかりの反応が返ってきました。これに対し、小栗は言います。

「幕府の運命に限りあるとも、日本の運命には限りがない。私は幕臣である以上、幕府の為に尽くすべき身分だが、それも結局は日本の為である。幕府のしたことが長く日本の為となり、徳川の仕事のおかげだと後に言われれば、徳川家の名誉ではないか。国の利益ではないか。同じ売家にしても土蔵付き売据えの方がよい」

小栗の先祖は家康以来、代々徳川家に仕える譜代の家臣ですが、その小栗家の当主が、幕府のためよりも、日本のためになるか否かを最優先事項として考えていたのです。

そして小栗の提案は承認され、フランスの協力を得て慶応元年(1865)より建設が始まったのが、蒸気機関を動力とする横須賀製鉄所(造船所)でした。小栗の読み通り、この製鉄所から日本の近代化は始まることになるのです。

一方で小栗は、次のような言葉も発しています。

「病〈やまい〉の癒〈い〉ゆべからざるを知りて薬せざるは孝子の所為〈しょい〉にあらず。国亡び、身倒るるまでは公事に鞅掌〈おうしょう〉するこそ、真の武士なれ」

親の病気が、もう治る見込みがないからといって、薬を与えないのは親孝行ではない。たとえ国が滅びても、この身が倒れるまで公事に尽くすのが、真の武士である。この場合、親というのは、肉親のことではなく、徳川幕府を指しています。

今の日本に必要なのは近代化であり、幕府が倒れるか否かが問題なのではない。しかし、一方で自分は幕臣である以上、無節操に幕府を見限ることはできない。幕府が幕を下ろす最後の時まで、最善を尽くすのが真の武士ではないか…。小栗上野介忠順とは、そんな男でした。

慶応3年(1867)、最後の将軍・徳川慶喜は、京都で大政奉還を行ない、自ら幕府政治の幕を引きました。これに対し、薩摩藩を中心とする討幕派は、御所を固めて「王政復古の大号令」を決行。クーデターでした。さらに新政権には慶喜を参画させず、辞官納地を要求します。

陰謀の中で新政権を誕生させ、さらに挑発する薩摩に旧幕府側は激怒し、戦端を開いたのが翌慶応4年1月の鳥羽・伏見の戦いでした。ところが薩摩・長州らの新政府軍が、偽造した「錦の御旗」を掲げると、前将軍慶喜は腰がくだけ、将兵を置き去りにして江戸に逃げ帰ってしまいます。これで慶喜以下、旧幕府側は賊軍の汚名を着せられました。

事の成り行きを江戸で知らされた小栗は、はらわたの煮え返る思いであったでしょう。「幕府政治ではもはや立ち行かないことは、我々幕臣も承知している。だからこそ上様は大政を奉還申し上げ、近代化にふさわしい政体を求めようとされた。それを薩長の者たちは、上様を締め出し、戦いへと誘い込んだあげく、旧幕府側を朝敵呼ばわりするに至った。こんな姑息な手を用いる者たちに、日本の近代化など託せようか」。そんな心境であったはずです。

慶喜の江戸城帰還後に行なわれた1月12日の評定で、小栗は徹底抗戦を主張しました。「このまま、旧幕府側が賊徒とされ、260年間の治世も否定されたあげく、黙って新政府軍に討たれるなど、全く筋目の通らぬ話。武士の心も踏みにじる汚い者たちに、近代国家の何たるかなどわかるまい。無理は押して通せぬことを、我らが知らしむべきであろう」。そんな思いから、次のような作戦を披露するのです。

「新政府軍が箱根の関内に入ったところを陸軍で迎撃、同時に榎本武揚率いる幕府艦隊を駿河湾に突入させて後続部隊を艦砲射撃で足止めし、分断。箱根の敵軍を孤立させて殲滅する」

実際、この話を後に聞いた新政府軍の指揮官・大村益次郎は、「もし、その策が実行に移されていたら、今頃、我々の首は胴から離れていただろう」と戦慄したといいます。

しかし、前将軍慶喜は首を縦に振ることはなく、そそくさと評定の場を立ち去ろうとします。小栗は慶喜の袴のすそをつかみ、「上様、お待ちくだされ。ご決断を」と訴えると、「無礼者」と慶喜は小栗の手を払い、奥へ消えました。ほどなく小栗は御役御免となります。

勝てば官軍、負ければ賊軍 >

iyashi

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