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「藻谷浩介と行く食の福島」講演ツアー同行取材ルポ 後編

2016年01月09日 公開
2023年01月12日 更新

藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)

 

[古川農園]
オオバの取引先、今も1割が戻らず

 続いて訪れたのは、オオバを育てている古川農園のハウス。社長の古川清幸氏と息子さんが出迎えてくれた。

 古川農園はもともとコメだけを生産する農家だったが、15年ほど前にオオバの生産も始めた。きっかけは、清幸氏が病気をしたため、サラリーマンをしていた息子に戻ってきてもらったことだ。月々の給料がなくなったので、その代わりを支払うため、年中出荷できる作物としてオオバを選んだ。生産技術を教えてもらうための研修先を見つけるのにも苦労するなど、試行錯誤を繰り返し、ようやく軌道に乗せた事業だった。

「原発事故によって契約の4分の1が切られました。今でも1割は戻っていません。ただ、今年(2015年)8月からは、以前と同じくらいの日量を出荷できるようになりました。

 東京の築地市場の業者に卸しているのですが、事故直後に、そこでの検査で(1kg当たり)100ベクレルを超える放射線が検出されたということで、日経新聞電子版に記事が出ました。それで県から連絡があって、3週間ほど出荷を自粛することになりました。最初は何を言われているのかわかりませんでしたよ。写真を見せられて、ようやく理解しました。

 出荷を自粛している間、県が3回にわたって検査を行なって、問題がなくなってから出荷を再開しました。原発事故時にたまたま窓が開いていたため放射性物質がハウス内に入ったようで、ハウスの内側は全部除染しました。それで出た廃棄物は、移動させられないので、ここに積んで保管しています。費用は東電に賠償請求しています」(古川氏)

ツアー参加者に話をする古川農園社長・古川清幸氏

 

 古川農園では、オオバの他、以前からのコメも生産も続けており、花卉の生産も行なっている。コメは、ほぼ全量をJAに出荷している。

「震災前は、『コメができた』と電話をしたら、業者がその日のうちに庭先までやって来て買って行きました。それくらい品質の良いコメなんです。それが、今は価格が低迷していて、日本で一番安いコシヒカリになってしまった。率直に言って話にならない価格ですが、消費者の方の懸念がそれだけあるということなんでしょうね」(古川氏)

 昨年は付加価値を上げようと早場米を生産したが、全量全袋検査をするため、結局、出荷が遅れてしまったという。

「震災直後、石原(慎太郎)都知事(当時)が、出荷自粛対象外の福島県産の農産物を東京の市場で引き受けると表明したことで、少し流れが変わったようには感じます。しかし、その後は、いくら生産者が頑張っても、誰か政治家が来ても、消費者の懸念は拭えない。もう、どうしたらいいのか……」(古川氏)

 見学が終わると、ツアー参加者に『五百川』の紙パックが配られた。『五百川』は福島県の農家が開発したコシヒカリの早場米で、郡山市と本宮市の境を流れる川から名前を取っている。

ツアー参加者全員に『五百川』が配られた

 

[笹の川酒造]
金賞を多数受賞も取引を拒まれる福島の酒

 福島県は清酒の名産地でもある。平成26酒造年度(2014年7月~15年6月)全国新酒鑑評会では県内の24銘柄が金賞を獲得しており、都道府県別で第1位。第2位の山形県と新潟県は15銘柄で、大きく引き離している。それだけ品質が良いわけだが、やはり、風評被害を受けているそうだ。その現状を聞くため、創業250周年を迎えた笹の川酒造にバスは向かった。

 まず、社屋内で、5代目山口哲蔵を襲名している社長に同社の商品などについてお話をうかがった。同社の特徴は清酒以外の酒の製造もしていることだ。焼酎やウイスキー、リキュールなど、幅広く商品をそろえている。

ツアー参加者に話をする笹の川酒造社長・5代目山口哲蔵氏

 

「地域起こしのために、地元で取れるものを焼酎にしてほしいという話もよくあって、OEMで生産しています。震災で減りましたが、今は戻ってきています」(山口氏)

 続いて、工場内を見学してゆく。

清酒を醸造するタンク

 

瓶詰め工場に積まれた商品

 

「ここは瓶詰めを行なう工場です。清酒以外の酒も作っているので、他の清酒メーカーよりも、年間を通した瓶詰め工場の稼働率が高い。これからはカキの渋抜きに使う35度焼酎の瓶詰めの時期なのですが、震災前の量までには戻っていません。カキの渋抜きをするというのは、この地域の文化です。それをしなくなるということは、文化が失われるということ。そのことへの危機感があります」(山口氏)

ウイスキーの樽

 

 再び社屋内に戻って、ツアー参加者たちが商品の試飲を行なった。気に入ったものは、その場で購入していく。

笹の川酒造の商品を試飲するツアー参加者

 

「福島県の清酒の品質が向上したのは、酒造組合の中に『福島県清酒アカデミー職業能力開発校』を設置して、高い技術を持った人材の育成に力を注いできたことが大きいと思います。

 しかし、品質の良い清酒を作っても、福島県産だということで取引きをしてもらえないことが、今でも少なくありません。現場のバイヤーの方は理解してくれても、最後に話が覆ってしまうこともあります」(山口氏)

 

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著者紹介

藻谷浩介(もたに・こうすけ)

〔株〕日本総合研究所主席研究員

1964年、山口県生まれ。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学留学などを経て、現職。2000年頃より地域振興について研究・調査・講演を行なう。10年に刊行した『デフレの正体』(角川新書)がベストセラーとなる。13年に刊行した『里山資本主義』(NHK広島取材班との共著/角川新書)で新書大賞2014を受賞。14年、対話集『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)を刊行。

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