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ヒラリークリントン候補に追い風となる「銃乱射事件」「ISテロ」

2016年07月20日 公開
2022年12月19日 更新

丸谷元人(ジャーナリスト/危機管理コンサルタント)

銃乱射事件を疑問視する人々と報道のウソ

 このSB事件のほかにも、2012年12月に発生した「サンディフック小学校銃乱射事件」も謎が多いとされている。ここでは、児童20人を含む26人がわずか1人の犯人に射殺されたが、米国の著名人のなかには、こうした一連の銃乱射事件に対して疑念をもつ人もいる。

 たとえば、数々の賞を受賞したジャーナリストで、現在もCBS系放送局で司会を務めるベン・スワン氏は、サンディフック事件の銃撃犯は複数いた、と指摘しているし、トランプ候補の支持者のために祈りを捧げた著名な牧師は、テレビの前で嘆く被害者の親たちは「金で雇われた役者だ」と発言している(『デイリー・テレグラフ』5月9日)。

 フロリダ・アトランティック大学のジェームス・トレイシー元教授もまた、SB事件やサンディフック事件をして、「何者かによるでっちあげ」だと主張している。ちなみにこの元教授は、サンディフック事件の調査のために、被害者の1人である故ノア・ポズナー君(当時6歳)の家族に接触しようとし、そのせいで大学を解雇されている(「ビジネス・インサイダー」4月26日)。

 ちなみにノア・ポズナー君については、非常に興味深いことがある。2014年12月、パキスタンのペシャワールにおいて、反政府組織タリバンが学校を襲撃、140人以上の児童と教師が殺害されたが、地元での追悼・抗議集会において、米国で2年も前に死んだはずのノア君の写真が犠牲者の1人として大きく掲げられていたのだ(グローバル・リサーチ 2015年1月4日)。

 3月にベルギーで発生したテロ事件でも、空港での爆発の瞬間として配信された監視カメラ映像が、じつは2011年にモスクワの空港で発生したチェチェン人によるテロ攻撃の映像であった(『ガーディアン』3月23日)など、最近のテロ報道ではこの種のウソが多い。

 

個人の権利制限と戦争特需

 最近のテロ事件に共通するのは、現場でのファクトを精査しない大手マスコミによる感情的なイメージだけが先行し、また直後に必ず個人の権利を制限し、あるいは特定の産業が利益を出すような流れが起こることだ。

 SB事件では「銃とISの恐怖」が語られた上、容疑者が持っていたiPhoneのロックを解除しろと迫るFBIに対して、アップル社がそれをはねのけたことが話題になった。その直後、FBIはイスラエル企業を使ってロック解除に成功しており(ロイター 3月23日)、いまではテロ対策の名の下に政府があらゆる個人情報にアクセスできる体制が出来上がりつつある。

 パリ同時テロでは、仏政府が対テロ戦争に一気に参加、ラファール戦闘機などが対IS攻撃に投入されたが、それが「実績」となって多くの国が仏製兵器を買い求めるようになり、いまや仏軍需産業は「未曾有の戦争特需」に沸いている。また、仏国内における集会デモを禁止し、令状なしで家宅捜索を行なえる非常事態宣言が発動、これを憲法で明文化しようとの動きまで進んでいる。

 これらの観点から見ると、今回のフロリダ銃乱射事件でより得をしたのは間違いなく、銃規制を推進し、LGBTの票田を取り込みたい米民主党だろう。オバマ大統領は、米陸軍の長官に初めて同性愛者を任命し、自らもゲイ雑誌の表紙を飾った初の現職大統領であるし、クリントン候補とともに銃規制には熱心だ。クリントンにしてみれば、ISというキーワードさえあれば、自分を支持するネオコンや軍需産業の意向に沿う形で、終わりなき対テロ戦争を続けることにも繋がる。

 一方、この事件によって作られた「銃規制反対派」=「LGBT差別主義者」=「(IS的)テロの脅威」という強烈なイメージに対し、トランプを支持するような草の根の保守派が正面から抗することは難しいだろう。

 しかし、今日の米社会の最大の問題は、決して銃規制やゲイ差別などではない。同国のもっとも深刻な問題は、「1%の超富裕エリート」と「99%」に象徴される「格差」であり、また自らが、政府を支配した「1%」によるマネーゲームで搾取され、かつ、石油利権のための戦争に駆り出されているだけだと気付き始めた「99%」の人々による怒りである。

 女優のジョディ・フォスターも最近、そんな「格差」をテーマにした映画『マネーモンスター』を制作しており、この問題は今年の大統領選の本質であったはずだ。サンダース氏とトランプ候補は、政党こそ違えど、共に格差に不満をもつ層からの強い支持を受けていたのだ。

 そんな「99%」のなかでも、銃規制反対派の多くは共和党支持者だが、彼らは「1%」の権力者らによって銃の所持を規制されてしまえば、合衆国憲法に規定された自らの自由を守る最後の手段まで奪われてしまうといった危機感をもっている。

 なかには、かつては数年に1度しか起きなかった銃乱射事件が、オバマ政権下では数カ月に1度の割合にまで急増した事実を挙げ、それらの一部は国民から銃を取り上げたいオバマ政権が起こした陰謀だ、とまで主張する人たちもいる。事実、インターネットの討論サイト「debate.org」では、「サンディフック小学校乱射事件は銃規制のために仕組まれた陰謀であったか」という問いに対し、73%もの人びとが支持している。そのせいか、1月に銃規制を強化する大統領令を発表した際、オバマ大統領はわざわざ「これは国民の銃を取り上げようとする陰謀ではない」とまで発言せざるをえなくなっている。

 

一石四鳥の効果

 フロリダでの派手な銃乱射事件は、そんな「1%」に抵抗する草の根保守に対して向けられた刃として作用している。実際、事件の直後にはトランプ支持率は急落し、時を同じくして、草の根派のサンダース氏もクリントン候補に敗北を喫した。いまや「格差」の問題は完全に霞んでしまい、「銃規制」が大統領選の最大の争点となりつつある(『日本経済新聞』6月13日)。これに対し、トランプ氏が事件直後のFOXテレビで、「オバマは(今回の事件の本質を)誰よりもよく理解しているだろう」という意味深な発言をしているのも興味深い。

 ウォール街を住処としながら米政府を牛耳る「1%」にとっては、今回の事件が「99%」の怒りを別の方向に向ける上で好都合であったのは確かだろう。また、その汚れた金脈を描いた映画『クリントン・キャッシュ』などの影響で轟々たる非難を浴びていたクリントン候補の支持率を一気に押し上げ、「世界中から米軍の撤退」を公言するトランプ候補を叩き潰し、引き続き対テロ戦争を続けて軍需産業を潤すという、まさに一石四鳥の効果さえもたらすことになる。

 そう考えると、トランプが仮にこのままで大統領となり、公言どおりの政策を追求すれば、彼の政治生命は決して長続きしないだろうことは明白だ。そして、どこかで必ず誰かが利益を得ているこの種の「乱射事件」や「ISテロ」もまた、今後幾度も繰り返されるのであろう。

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