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社会

川口マーン惠美 これからのEU・世界情勢と日本の選択

川口マーン惠美(作家/評論家/ドイツ在住)

2015年12月30日 公開 2024年12月16日 更新

PHP新書『ヨーロッパから民主主義が消える』より

 

難民・テロ・甦る国境……理想と自由を失ったEUの行方

慌ただしい日々だ。原稿を書いているあいだにも、次々といろいろなことが起こる。ドイツでは、2015年7月までのニュースはギリシャ一辺倒だったが、8月からは難民関係ばかりで、金融危機のことは皆が忘れてしまった。しかしだからといって、ユーロ問題がなくなったわけではない。いまは地雷のように地中に埋まって目にみえないが、ちょっと踏めば、すぐに爆発するだろう。

一方、突然、大爆発したのがイスラム過激派のテロだ。パリで殺戮が行なわれたあの夜から、ドイツのニュースはテロ一色になった。あんなふうに子供を失くしたら、どんなにつらいかと心が塞ぐ。自らの命を惜しまない人間には敵わない。私たちは、太刀打ちできない敵に遭遇している。

とはいえ、反テロ同盟という旗のもとに団結し、自分たちにだけ永遠の正義があるかのごとく振る舞っているヨーロッパの姿にも、正直いって辟易する。犠牲者の前で拳を固める彼らの表情には、悲壮感と高揚感がないまぜになっている。これからあたかも自分たちが崇高なことを成し遂げなければならないと思っているようだが、彼らはほんとうにそれほど無垢なのか? ますます激しさを増すシリアへの空爆は、まるで現代の十字軍ではないか。イスラム過激派は、ヨーロッパ人の陶酔の裏側に、植民地時代の血塗られた過去をみている。

ヨーロッパ人の搾取の歴史は長い。その建前がキリスト教の布教から民主主義の布教に変わっているとはいえ、彼らが一方的にアラブとアフリカの既存の秩序を壊しつづけている事実はいまも変わらない。イスラム過激派の台頭は明らかにその結果だ。ヨーロッパ人が、キリスト教徒の名のもとで犯してきた罪と偽善に気づかないかぎり、イスラム問題は永久に解決しないように思う。イスラム過激派はヨーロッパが育てたというと、言い過ぎだろうか。

いま、イスラムの恐怖政治を恐れて何百万人もの難民が彷徨っている。そして、その受け入れをめぐり、EUでは、〝上から目線〞の議論が続く。多くの国々の意図は明白だ。お荷物を引き受ける気はない。問題は、どうすれば「民主的に」門戸を閉じることができるかである。

そんななか、ドイツ政府だけは自国民に対して、「難民はチャンス」とアピールしている。

ドイツでは、技術者も熟練工も介護士も不足しているが、難民がその穴を埋めてくれる。また、少子化・高齢化の人口動勢も改善される。働き手が増えれば、社会保障費の収支も長期的には好転する。また短期的にみても、あちこちで住宅の建設が始まり、それに関連した需要が発生する。政府発表によれば、2016年は難民関係の予算が61億ユーロになる。これが公共投資の代わりとして〝難民景気〞を生む。いくつかのリサーチは、2016~2017年は難民のおかげで経済成長が見込めると保証している。安価で良質な若い労働力を、ドイツの産業界は待ち望んでいる。

しかし、それを聞くと再び思う。では、荒廃した国土に残された人々はどうなるのかと。

そこはいったい将来どんな世界になっていくのか、想像がつかない。

いま、私たちは先のみえない世界に住んでいる。そこでは粛々と、冷戦後の権力の再編成が試みられているようだ。しかし欧米が、過去にしてきたように、再び世界を分割しようとしたところ、イスラム勢力が「待った」をかけた。欧米は、ヨーロッパの近・現代史の総決算をしないままでは先に進めなくなるのではないか。 

本書をつくりながらつねに頭を離れなかったのは、日本の役割だ。もちろん、日本人が反テロで世界と協調するのは当然のことだが、しかしいまのやり方ではたんなる平和主義を唱えているにすぎず、独自の視点もなければ、何らかの疑問が呈されることもない。ましてや危機感もない。

日本はたまたま、アフリカにもアラブにも植民地をもたなかった。しかも、キリスト教ともイスラム教とも確執がない。だから私たちは、18世紀より行なわれつづけてきた彼の地での搾取を正当化する必要のない、世界で唯一の先進国の住人なのである。つまり、いまアラブやアフリカで起こっていることを公正に判断しうるのは日本人以外にいない。その事実をしっかり自覚し、世界の平和に貢献するため、私たちは欧米人とは違った独自の視点をもっと活用すべきではないだろうか。

著者紹介

川口マーン惠美(かわぐち・まーん・えみ)

作家、拓殖大学日本文化研究所客員教授

1956年大阪府生まれ。ドイツ・シュトゥットガルト在住。日本大学芸術学部音楽学科ピアノ科卒業。シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。
著書には、ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』『住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち』(以上、講談社+α新書)のほか、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』『ドイツの脱原発がよくわかる本』(以上、草思社)、『ドイツ流、日本流』(草思社文庫)、『ベルリン物語 都市の記憶をたどる』(平凡社新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)などがある。

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