クマ研究者になれたのは探検部のおかげ
また、部員の素行は悪く、学園祭では数年に一度は出店禁止になるほどだった。例えば学園祭のステージでマヨネーズをまき散らしたり、生協の建物の屋上から懸垂下降(ロープを使って高いところから崖を降りる方法のこと。消防訓練でよくやっているアレである)の練習をしたり、落ち葉を集めて生協の建物の前で焚火をしたり......。やんちゃな武勇伝には事欠かない。
破天荒な部員たちを私は「よくやるな」と醒めた目で眺めているだけだったが、今にして思えば巻き込まれ願望があったのかもしれない。
そんな猛者ばかりの探検部だったが、昆虫研究会とは違った意味で居心地の良い場所だった。部員は、今まで会ったことのないような個性的な人たちだったし、やることはめちゃくちゃだったが、ちゃんと話をしてみると芯があって魅力的な人が多かったのだ。
探検部では、主に沢登りや冬山登山に参加していた。あとで詳しく説明するが、この経験は、後のフィールドワークにも役に立っているし、私がクマ研究者としてそれなりに成果を出せてきたのも、ここでの経験が大きい。
そもそもクマと関わるきっかけになった古林先生の推薦も山を歩けるからこそである。入学当初はテニスサークルに入って軟派なキャンパスライフを送ろうと思っていたのに、結局ふらふらとボタンをかけ違え続けて、まったく違った生活を送ってしまうことになるとは......。
人生とは思うようにいかないものである。
コケにタイヤを取られて車は谷底へ……
古林先生から「お前、クマの研究をやれ」といわれ、卒論のテーマをクマの糞分析に決めたことで、民間会社の野生動物保護管理事務所に出入りするようになったのが大学3年生の夏ごろである。
しかし、クマのウンコを拾うことになったとはいえ、基礎知識のない私には何をどうしていいのか皆目見当がつかない。とりあえず藪漕ぎをして山に入っても、まったくといっていいほどウンコに出会えないのである。
会社の人たちに連れられてクマの捕獲現場を見せてもらったこともある。そこでちゃんとウンコの現物も確認していた。どんなものかイメージできないというわけではない。その辺に転がっているシカのウンコみたいに山に入れば拾えるだろう、くらいに高を括っていたのに。
クソッ、なんでこうも見つからないんだ......。
心が押しつぶされそうだった。
そんなある日、私は社用車のハンドルを握って山の林道を走っていた。山に入るまでは運転経験もないペーパードライバー、しかもマニュアル車である。教習所を出てから一度も運転したことがないから、最初はおそるおそるだったが、1ヶ月ほど経って少しだけ慣れ始めていた。
その日もワンボックスカーにほかの学生と会社の社員の3人を乗せて運転していた。コケむした狭い林道で車を停め、方向転換をして山を下ろうとしたときだった。
悪いことにコンクリートにむしたコケでタイヤが滑ってしまった。湿ったコケに足を取られてタイヤは空回りする。
「なんかズルズル滑ってない?」
「下は沢だったよな......」
「落ちるぞ! どこでもいいからつかまれ!」
車はゆっくりと林道から崖下に転落し、まさに谷底に滑り落ちようとしていた。