NHK「テレビで中国語」で大人気となった段文凝さん。そんな彼女に、来日してから痛感した日本語の難しさや、日本と中国の文化の違い、更にはなかなか話題にしづらい反日感情についても語っていただきました。
※本稿は、段文凝・著『日本が好き!』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
中国から日本へ/難しい日本語
日本へやってきて、最初の2年間は、日本語学校で日本語を学びました。中国にいたころ、私の日本語のレベルは、ほぼゼロ。習得していたのは、50音と「こんにちは。私は段 文凝〈だんぶんぎょう〉です」といった簡単な自己紹介くらいです。
日本語は難しい。日本語学校では教わらなかった言葉がたくさんあり、今でもとまどうことが少なくありません。
例を挙げます。
「食事」という行為に、いくつもの言い方があります。「ごはん」「めし」、昼食のことは「ランチ」「お昼」といった具合に。また、「ごはんを"食べる"」だけではなく、「ごはんに"行く"」と、使い方もさまざまです。多くの日本人は昼休みになると、「ランチする」「お昼に行ってくる」と言います。
日本語学校に通いながら、飲食店でアルバイトをしていたころの話です。働き始めたばかりの私は、休憩時間をいつ取るのか、取っていいものなのかも分からずにいました。
そんなとき、先輩にあたる人から、「段さん、"めし"行ってきて」と言われました。何を言われたのか理解できなかったので、意味を聞き返すと、「何が分からないんだ、早く行ってこい!」と強い口調で怒られました。
中国人に限らず、日本語を学び始めてすぐの外国人が「近くにクリーニング店はありますか?」と聞かれたら、困惑するのではないでしょうか。
「クリーニング(cleaning)」は、掃除のことです。多くの日本人も知っているはずなのに、掃除ではなく洗濯をしてくれる店を「クリーニング店」と呼び、店に持っていくことを「クリーニングに出す」と、違和感なく使っています。
「モーニングコール」は、よく耳にする和製英語の代表と言えるかもしれません。ホテルや旅館で使われていたものが、さらに日常的な言葉になったようです。
「明日の朝、起きられなかったらどうしよう」「私がモーニングコールしてあげましょうか」という日本人の会話を聞いたとき、私の頭の中は疑問符でいっぱいになりました。
最近、日本ではツイッターを利用する人が急増しました。ツイッターで使われる「なう」も、新しい言葉です。何語と言えばいいのでしょう。「NOW」でも「ナウ」でもなく、ひらがなで「なう」。ひらがなは日本語の基本的な文字なのに...。こんなことを書いている私ですが、実は何を隠そうツイッター愛用者です。
外来語や和製英語は、日本人が使いやすいように作られた特殊な言葉だと感じます。外国人が日本語を学ぶうえでは、少し高めのハードルです。「おかしな言葉だな」と思うこともあります。しかし、今の日本はそういった言葉で溢れています。日本で快適に暮らしていくためには、覚えていかなければいけません。
私流コミュニケーション術/私が決めた「3カ条」
他人同士がうまくコミュニケーションを取ることは、容易ではありません。相手が外国人となれば、なおさらです。日本で暮らす外国人として、その難しさは肌で感じています。
まず立ちはだかるのは、言葉の壁。これを越えなくては、スタート地点にも立てません。身振り手振りでも良しとされるのは、日本に来たばかりの人と、観光客ぐらいだと思っています。
「音楽は言葉の壁を越えられる」と言われるように、芸術は壁を越えられるのかもしれません。でも、会話があったほうが、そのすばらしさを分かち合うことができます。
日本に来てから3年が過ぎましたが、私の日本語はまだまだです。それでも、生きていくためには、コミュニケーション能力が必要です。人と接するうえで、私が大切にしていることを、3つに絞ってみました。
(1) 嘘をつかない
人は、悪気があって嘘をつくとは限りません。相手にいい印象を持たれようとして、思わず嘘をつくことがあります。
面接のときに、できないことを「できます」「得意です」と言ってしまうのは、分かりやすい例です。でも、人は嘘をつくと、多かれ少なかれ態度に出ます。嘘をついている人の目には力がありません。私でさえ気かつくことなので、面接のプロはお見通しでしょう。
日常でのお喋りでも同じです。私の場合は、相手が話を合わせてくれようとして、嘘をついていることに気がつくことがあります。そんなときは、怒ることもできないので、こちらが気まずくなります。ぎくしゃくした空気が流れ、円滑な人間関係を築くことはできません。
嘘はよくないことですが、例外もあります。
例えば、まだそれほど親しくない人との間で、「この服買ったばかりなんです」という話題になった場合。「似合ってないな」と思っても、「かわいいですね、どこで買ったのですか?」と、返したほうが、お互いに気持ちがいいだけではなく、「○○の店で買いました」「今度いっしょに行きましょう」と、会話が弾みます。
英語で『 White lie(ホワイト・ライ)』。「善意の嘘」という意味です。「ホワイト・ライ」は、時にコミュニケーションをスムーズにするために役立ちます。ただ、親友や家族には「ホワイト・ライ」をつかず、「似合ってないよ」と、正直に言ってあげましょう。
(2) 相手を否定しない
相手を信じる努力をしなければ、誰とも親しくなれません。日本人独特の曖昧な返事として使われる「そうですね」「大丈夫です」には、どう対応すればいいのか迷うことがあります。
でも、「そうですね」という言葉は、優れたコミュニケーション・ツールとして大きな力を発揮することができます。
中国人は、自分の意見をはっきり言います。私も例外ではありません。間違っていると感じたことは「違います」と、きっぱり言います。ただし、相手の意見に耳を傾けずに、否定するのが良いことだとは思っていません。
私は、「違う」と思っても、いきなりベラベラと反論するのではなく、いったん「そうですね」と、言うようにしています。「あなたの意見は分かりました」「最初から否定するつもりはありません」という気持ちを伝えるためです。
また、「そうですね」と発言する数秒間は、自分自身が冷静になって物事を考えられる時間でもあります。実は、曖昧な返事としての「そうですね」も、「これは便利な言葉だな」と思っています。どう応えていいのか分からないときに「そうですねぇ...」と使うようになりました。
(3) 自分を信じる
自分自身に自信が持てないと、自分の考え方にも自信が持てません。少女時代の私のように、声は小さくなり、落ち着いて話をすることができなくなります。
このような態度は、相手に不信感を与えかねません。自分を信じられないようでは、相手に信じてもらえるはずがないのです。
特に、ビジネスにおいてのコミュニケーションともなれば、相手を納得させ、プランを通さなくてはいけない場面に出くわします。そんなときには、特に重要な要素ではないでしょうか。
私が勝手に考えた「3ヵ条」ですが、人と接することが苦手な人は、心に留めておいてください。