大奮闘!ものづくりなでしこJAPAN 2
2013年01月07日 公開 2024年12月16日 更新
地球環境にも工場内環境にも優しい「ドライプレス加工」の先駆者
通常のプレス加工には潤滑油が欠かせない。金型と材料のあいだに潤滑油を塗ることで熱の上昇を防ぐとともに、摩擦を減らして材料を変形しやすくし、材料の加工性を守る。ただし、プレス加工が終わると潤滑油はじゃまになり、洗浄溶剤を使って洗い流さなければならない。
この洗浄工程は、1工程ですむ場合もあるが、デジタルカメラなど精密なものでは何工程にもわたる。汚れを洗い流したあと、120〜160℃に加熱したアルカリ洗浄剤液の中に漬け込む。そこから取り出したあとで熱湯洗浄し、さらに水洗浄して、乾燥させるという工程を経る。この過程で、廃油、スラッジ(汚泥)、大量の洗浄廃液などが生じる。コストがかかることに加え、自然環境にも大きな負荷をかけているわけである。
ドライプレス加工は、金型の表面にDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)皮膜という滑らかで硬い皮膜を蒸着させることで、潤滑油を使用しなくても滑り性よくプレス加工する方法である。潤滑油を使用しないので、溶剤等による加工後の洗浄はいっさい必要なくなる。洗浄廃液、スラッジの発生がないため、洗浄剤の調達費用も、洗浄後の廃棄物処理費用もいらない。コストが低下するうえに、潤滑油を使用しないことによる工場内作業環境の改善、総合的な地球環境負荷の低減等々が期待される。
実は、ドライプレス法の開発の背景には、檜垣社長が尊敬するノーベル平和賞受賞者でケニア出身の女性環境保護活動家ワンガリ・マータイさんが提唱する「もったいない」精神があった。山陽プレス工業はその精神を尊重し、すべての生命の源である地球環境保護を最優先課題としてISO14000環境マネジメントシステムを実行する努力をしてきた。
ところが、自社で行うプレス加工が環境に及ぼす影響はどうであろうかと考えたとき、油の洗浄工程から多くのスラッジや廃液が出て環境を汚染していることに気がついた。オイルレス・洗浄レス化を実現できないかと検討してみたが、なかなかむずかしい。
あきらめかけていたときに、湘南工科大学の片岡征二教授(当時)との運命的な出会いがあったという。片岡先生は1995(平成7)年ごろにドライプレス加工法の可能性を見いだし、日本工業大学の村川正夫教授と共同開発を進めておられたが、大学にはお金がない。実験室レベルの実験はできるものの、量産できるほどの規模の実験は不可能だ。そのことを知った檜垣社長は即座に協力を申し出た。2001(平成13)年、深まる秋のころである。
実用化にこぎつけるまでに、金型製作数80型、プレス加工数800万個の膨大な量産研究を実施し、アルミニウム、鉄材、それぞれ抜き加工、絞り加工で各10万個を実現した。
「実験に参加したプレス加工担当の若い女性社員が、油を使わない作業がこんなにもきれいで気持ちいいものなのかと、とても喜んでいました。潤滑油を使うとどうしても工場の床がベトベトして滑りやすくなり、転倒などの事故が起こりやすくなります。油を使わないことで工場内の環境が格段に改善されました」とは、檜垣社長の弁。
2007(平成19)年までにアルミニウムと冷間圧延鋼板では10万個を達成したのだが、ステンレス鋼板では残念ながら1万個に到達できなかった。そのためDLC膜より硬い皮膜である、ダイヤモンド膜で実験を続け、2012(平成24)年、ついに10万個のドライ加工が成功した。
現在、日本ドライ加工振興会は、会長に檜垣社長、副会長に片岡先生と加藤忠郎氏(日進精機取締役相談役)。その他、日本工大、芝浦工大などの各大学、東京都立産業技術研究所や独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)、経済産業省などが参加している。事務局は東京都金属プレス工業会内に置いている。今後、国内や海外のプレス加工メーカーにコンサルティングや受注委託活動を行なっていく予定だという。