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仕事

あたりまえのことができているか

中村邦夫(パナソニック株式会社代表取締役会長)

2011年09月08日 公開 2022年09月28日 更新

《中村邦夫[述]松下政経塾/PHP研究所[共編]『これからのリーダーに知っておいてほしいこと』より》
 

 ― 松下幸之助の経営哲学において、「社会の公器」という言葉は決してはずすことができないものである。中村氏がボロボロになるまで読み込んだ『実践経営哲学』という著作においても、「事業経営というものは、本質的に公事であり、社会の公器である」とし、その考え方を自社内に早くから徹底しょうとしていた。いまでこそ、こうしたCSR(企業の社会的責任)や、コンプライアンスの重視が当然のようにいわれ、多くの企業にとっても死活問題となっているが、それではこの非常に概念的な言葉を、実際の仕事において単なる概念的なものにせず、具現化し、具体的に実践していくにはどうすればいいのだろうか。

 松下幸之助創業者の事跡を見ていてほんとうに驚くのは、大正7(1918)年に創業されて間もない時期、月次の売上げや利益を従業員に発表されていたということです。企業は「社会の公器」であると言われ、それを実践していく、有言実行していくことを、創業間もない頃からやっておられた。大正年間にそういう企業経営者が他にいたのだろうかと、僕は思ったのです。さらにいえば、当時の中小企業経営者に、そういう公心(おおやけごころ)が果たしてあったでしょうか。23歳で事業を起こされて、普通そういうことができるものですかね。
 いまの中小企業経営者の方々が、創業者から第一に学ぶとしたら、その行動面なのではないでしょうか。
 この社会の公器という言葉を、創業者は常々強調され、当社でもこの言葉はそのまま継承して社員に強く要求しています。しかしそれは、あまり難しく考える必要はないと思うのです。
 社会からヒトとカネを預かって、土地や建物や設備を使って、事業を行なった結果として、つまり社員皆さんの働きのおかげで、今月はこれだけの利益があがりました、ということを社員に明確にするということなのです。そして儲かったときは、その儲かった中からこれだけ、こういうことに使わせてもらいましたよ、と説明することなのです。「ガラス張り経営」とも創業者は言っておられましたが、それが結局は、社会の公器の原点なのです。
 でも実行するとなると、これがじつに難しい。中小企業の大半の社長さんにとっては、非常に難しいことだと思います。社員さんに経営状況を知ってもらうということは、あたりまえのことのようで、難しいことです。
 そうしてみると、社会の公器であるというのは、あたりまえのことを、あたりまえに実行することなのだといえます。僕はそう理解しています。
 あたりまえのことを継続して実行するのは、難しいことですよね。元気で明るく仕事をしたほうがいいなんて誰もが思うことですが、これが毎日やろうと思うとなかなかできません。しかしだからこそ、"社員に元気で明るくやってもらう"ようにしたいと僕は思うのです。
"朝起きて会社に行きたくない"というようでは困ります。"今日も元気に頑張るぞ"と思うことから、成果や創造性が出てくるわけですから。"ワクワクする企業に"ということを、社長時代によく言いました。でもそのためには、社長である自分が、常に公心を持っていないといけないと思い、実行してきたつもりです。

[松下幸之助の考え方 その20]
 

あたりまえのことをやれば壁はない

 大洋での航海には、大きな自然の力が常に働いています。風が吹けば波が立ち、波が立てば船は揺れます。それが自然の理法というもので、航海においては、この自然の理法にそむかずに従うということがきわめて大切です。もし、波があるにもかかわらずまったく揺れないように保とうとするならば、そこには非常な無理が生じて、たいへんに危険です。というより、そうした自然の理に反するようなことは、できることではありません。  そのようなことから、航海術の進歩にしても船の改良にしても、どうすれば自然の理法にそむくことなく、より安全な航海ができるか、という観点を基本に進められてきているように思うのですが、このことは、お互いの人生航路においても、同様に大切なのではないかと思います。  それでは、人生の中で自然の理に従うとはどのようなことでしょうか。それは、とりたててむずかしいことではなく、雨が降れば傘をさす、そうすればぬれないですむ、というような、いわば万人の常識、ごく平凡なことだと思います。たとえば、病気で熱が出れば無理をせずしばらく休養する。何かでお世話になった人にはていねいにお礼を言う。商売でいえば、よい品物をつくって、適正な値段で売り、売った代金は確実に回収する。あるいは売れないときは無理に売ろうとせずひと休みし、また売れるようになれば懸命につくる。このようなごく当たり前のことが人生航路における自然の理法で、これらを着実に実 践できるならば、体も健康体になるでしょうし、人間関係も、商売もうまくいくのではないでしょうか。自然の理法に従っていけば、あらゆる事柄が、もともとうまくいくようになっていると思うのです。  ―― 『人生心得帖』より

 

中村邦夫(なかむら くにお)
1939年、滋賀県生まれ。1962年大阪大学経済学部卒業、同年松下電器産業(現パナソニック)入社。1985年家電営業本部首都圏家電総括部東京商事営業所長、1989年アメリカ松下電器パナソニック社社長、1992年イギリス松下電器社長を経て、1993年松下電器産業取締役、米州本部長兼アメリカ松下電器会長。同年北米本部長。1996年常務、1997年専務、AVC社社長、2000年6月社長を経て、2006年6月より会長、現在に至る。

書籍紹介

『これからのリーダーに知っておいてほしいこと』
松下幸之助創業者に学び実践したことから
中村邦夫 述 / 松下政経塾・PHP研究所 共編
税込価格 1,260円(本体価格1,200円)

松下幸之助の考え方はわかる。しかしいま、どう実践したらいいのか――多くの方が持つ疑問、その難題にチャレンジしたのが本書です。いまでは「経営の神様」と評される幸之助が、みずからの体験の中で体得・実践した幸之助流リーダーシップ、その真髄の理解と実践を日々心がけてきた経営者・中村邦夫氏(現パナソニック会長)へのロングインタビューから、リーダーの必要条件として計21項を抽出、本書で提示しています。