1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. クマ被害が過去最多を更新...専門家が語る「真の共存」への道

社会

クマ被害が過去最多を更新...専門家が語る「真の共存」への道

佐藤喜和(酪農学園大学教授)

2024年05月29日 公開 2024年12月16日 更新

昨年度はクマによる人的被害の件数が過去最多を更新。春を迎え、冬眠していたクマも目覚めるこの時期に、再び気を引き締めたい。そこで、今あらためて押さえたい「クマ対策」と、「クマが出ない街」を実現するための方策について、専門家に聞いた。(取材・構成:横山瑠美)

※本稿は、『THE21』2024年5月号掲載記事より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

クマによる人的被害が昨年度過去最多を更新

街中などの「人の領域」にクマが出没し、人に危害を加える事案が増えています。2023年度には、クマに襲われた方が219名にものぼり、うち6名は亡くなられてしまいました(環境省発表「クマ類による人身被害について」より)。これは統計開始以来、過去最多の件数です。

これまで、クマに遭遇する場所と言えばその生息地である森や山、そしてせいぜいそこに隣接する農地、といったイメージがありました。しかし近年、餌となるものがない市街地にまでクマが出没し、被害を出すケースが増えています。

このような、市街地からそう遠くない場所で暮らし、ときどき市街地に出没するクマ、またはその可能性を持つクマのことを、私は「アーバン・ベア」と呼んで研究を続けてきました。

アーバン・ベアの側も、市街地に来たくて来るわけではありません。被害を防ぐには行政による対策が不可欠ですが、地域単位や個人単位で、クマが人の生活圏に入らないような対策を、日ごろからできる限りしておくことも重要です。

 

クマの侵入を防ぐには、誘因物除去や草刈りが有効

個人レベルでできる対策は、大きく分けて2つあります。1つ目は、クマを引きつけてしまう誘因物を除去していくことです。代表的な誘因物としては、柿や栗など街中の果樹や、生ゴミ、コンポスト、ペットフードなどが挙げられます。

特に効果がありそうなのは、果実を利用しなくなった道端や庭の果樹を伐採していくこと。何らかの理由で残すという場合、ついた実はすぐに収穫することを心がけてください。

意外なのは「コンポスト」でしょうか。近年人気の、生ゴミから堆肥を作るアイテムですが、クマにとっては生ゴミとほぼ変わりません。利用する際は「室内で使うタイプ」を利用していただければと思います。

また、もちろん畑や果樹園も誘因物の一つです。電気柵のような罠を周辺に設置して、クマの侵入を防ぐ必要があるでしょう。こうした点には、行政の補助も期待したいところです。

そして2つ目の対策は、人の生活圏とクマの住む奥山の森林とを分ける「ライン」を設けておくこと。下草や低木の生い茂る藪などが森や山沿いにあると、クマが「森の続き」と勘違いして、人の生活圏に入ってくる危険があります。これを防ぐために、草刈りや放置された林の伐採などを通じて森と街の間に見通しの良い場所を作り、クマに「ここは森じゃない」と気づいてもらうのです。

なお、こうした取り組みは、個々の住民の義務感や責任感頼みでは続かないもの。地域や町内会などで連携し、高齢者と学生が交流するイベントとして整備したり、もいだ実でジャムなどを作る行事にしたりと、エンタメ要素を盛り込んだ活動に落とし込むことが望ましいでしょう。

実際、ヒグマと隣り合わせの都市・札幌では、そのような活動が増えています。

 

クマに遭遇したら、絶対背中を見せてはダメ

一方、こちらから山や森に出向く場合の対策ですが、これは当然クマに「出合わない」ことが最優先。クマは慎重な動物ですから、山やその近くを歩くときは熊鈴などを携帯し、常に音を出して人の存在をクマに知らせることが基本になります。ラジオで音を出す、手を叩くといった行動も有効です。

また、登山には必ず複数人で行きましょう。人数が多いほどクマの側から警戒してくれますし、万が一襲われた場合もいち早く助けを呼びに行くことができます。クマによる人的被害が過去最多だった昨年も、複数人で行動していた方の死亡事故は1件もありませんでした。

そして、もし万が一クマに遭遇した場合には、「走らない」「騒がない」「背中を見せない」の3点が鉄則です。遭遇した場合、たいていクマも人に出くわして驚いています。大きく動いたり走ったりして、刺激してはいけません。

中でも絶対にしてはならないのは、クマに背中を見せることです。クマの世界では、背中を見せた者は狩られます。まず、身体と顔をクマに向けたまま動かないこと。その後、ゆっくり後ずさりして距離を取りましょう。

相手が荒く息をしたり唸ったりしていると恐ろしく思うかもしれませんが、そういう行動は「立ち去れ」というサインですから、むしろ生還のチャンスです。ゆっくり後ずさりしていけば、高確率でその場を離れることができるでしょう。もちろん、そもそもクマとの距離が遠く、こちらが一方的に気づいている状況なら、そのまま来た道を最速で、かつ静かに戻るのが一番です。

なお、街中でクマに遭遇した場合、クマ側が十中八九「ここはどこ!」というパニックに陥って、なりふり構わず障害物を排除しようとしがちな点に要注意です。基本の対処法は山での遭遇時と同じですが、この場合は「障害物と認識されない」ことがより重要。もちろん「動かないこと」が一番ですが、例えば近くの壁に張りつくといった行動も、被害を受けないためには効果的だと思います。

 

野生動物は、クマを含めて増加の一途をたどっている

しかしそもそも、なぜこれほどクマが街中に出てくるようになっているのでしょう。それを理解するには、まず「クマと人間の、現在の力関係」を知る必要があります。

よくあるのが「人間による環境破壊の影響で、野生のクマの数は減っている」という誤解です。確かにかつてはその傾向もありましたが、ここ20~30年で「自然との共生」を意識した様々な取り組みが進み、その状況はすっかり覆されています。

現在、クマはもちろんシカやイノシシも、数十年前に比べて大きく数を増やしています。そうなれば、生息範囲が拡大し、人の生活圏に近づくのも当たり前。これが、クマが街に出るようになった根本的な原因です。今や野生生物は「人間による開発で住処を追われる、可哀想な立場」ではなく、再びかつてのように「人間の暮らしを圧迫する勢力」になっていると言えるでしょう。

そして私の考えでは、その状況に「人間の安易な都市計画」が重なることで、いっそうクマが街中に出没しやすくなっているように思います。

特に問題だと感じるのが、国土交通省が全国の自治体に策定を勧めている「緑の基本計画」です。国側はこれを通じ、都市部の生物多様性保全を目的に、都市部やその周辺の緑地帯をつなぎ、生き物が暮らせる「緑のネットワーク」を形成することを推奨しています。

残念なことに、これが結果として「クマや野生動物の場所=森」と「人の場所=街」を結ぶ道となり、森の中を歩いているつもりのクマが意図せず市街地にたどり着いてしまう、というケースが頻発しているのです。

自然との共生という価値観が浸透し、狩猟も一般的ではなくなった今、人間は野生動物たちに「怖い存在」だと認識されなくなりました。クマを含め、人間を見かけても逃げようとしない野生生物が増え続けています。もうすでに、どこかでネットワークを遮断して「共生」の意味を問い直すべき時期が来ているのです。

野生生物たちが暮らす「自然」と「街の中の緑」をきっぱり分けた街づくりを進めない限り、今後も「アーバン・ベア」は増え続けてしまうのではないでしょうか。

 

人とクマの生活圏を分けることが共存のカギ

被害の増加を受けて、アーバン・ベア問題への社会的な関心は高まっています。人とクマとの関係を見直し、対策を講じる大きなチャンスが、今まさに訪れているのです。

とはいえ、年々高齢化する猟友会や、過疎化する自治体にクマ対策や駆除を任せるのも、もう限界に近いでしょう。人口減少と過疎化が進めば、今以上に「人間より野生動物が優勢」な状況が生まれていくことは想像に難くありません。

クマ対策を「地域防災」と捉え、環境省のみならず国土交通省や農林水産省なども巻き込んで、国が本腰を入れた対策に乗り出すべきだと、私は考えています。

地域や個人でできる対策を最大限に講じ、山で暮らすクマはある程度保護しながらも、人の生活圏に出てくるクマには強硬に(駆除も含めて)対応する。このようにして人とクマの生活圏を明確に区別していくことが、人とクマが真に共存していくための鍵なのではないかと思います。

 

著者紹介

佐藤喜和(さとう・よしかず)

酪農学園大学教授,日本クマネットワーク前代表

1971年、東京都出身。96年に北海道大学農学部を卒業後、2002年に東京大学大学院農学生命科学研究科を修了して博士号(農学)を取得。日本学術振興会特別研究員(北海道大学低温科学研究所)、日本大学生物資源科学部准教授などを経て、14年より現職。現在は酪農学研究科長も務める。著書に『アーバン・ベア となりのヒグマと向き合う』(東京大学出版会)がある。

関連記事

アクセスランキングRanking