「元素」――それは、この世界を作る上で必要不可欠な材料です。学生時代の理科の授業などで、一度は聞いたことがあると思います。道に落ちている石、暮らしている家、そして自分...。これらもすべて元素でできています。
では、その元素は「いつ、どこで、どのようにして」生まれたのか。本稿では、澤田涼さんの著書『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』より、元素の誕生を紐解いていきます。
※本稿は、澤田涼著『東大研究員がゼロから考えてみた「宇宙の常識」』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
どうやって宇宙で元素ができたのか?
宇宙の歴史が始まってから、どのようにして「周期表」に並ぶ多彩な元素がつくられたのでしょうか?宇宙のなかに存在する4つの現象を、「周期表」の目線から再整理してみます。
①第一の核融合炉:ビッグバン元素合成――宇宙誕生から20分の奇跡
すべての始まりは、ビッグバンでした。宇宙が膨張し、冷えていくわずか20分ほどの間に、陽子と中性子が結びつき、水素(H)とヘリウム(He)、そしてわずかな量のリチウム(Li)が合成されました。
しかし、それは原子番号で3番目まで。それ以外の元素――私たちが呼吸する酸素や、大地をつくるシリコンなどは、宇宙が始まった直後には存在しませんでした。
②第二の核融合炉:恒星内部の核融合――星のエネルギー源
酸素やシリコンをつくったのは、夜空に輝く星たちです。太陽の中心では、水素がヘリウムへと変わり、その熱で輝いていました。もっと重い星では、ヘリウムが炭素に、炭素が酸素に......と次々に重い元素が合成されていきます。こうして星のなかでつくられた元素は、微量ながら星表面から吹く「風」に乗って、宇宙空間へと放出されます。
③第三の炉:超新星爆発――宇宙を金属で染めた衝撃の瞬間
しかし、この星の錬金術にも限界があります。「鉄(Fe)」です。鉄は原子核としてあまりに安定しているため、星の力ではそれ以上融合させてエネルギーを取り出すことができませんでした。
鉄まで育った星のコアは、自重を支えきれず一瞬で崩壊します。この崩壊によって解放される膨大なエネルギーによって星を吹き飛ばす現象が、(重力崩壊型)超新星爆発でした。
超新星は、星の内部でつくられた炭素・酸素・鉄などを、宇宙空間にばらまく"撹拌装置"の役割を担っているのです。さらに、この超新星爆発によって、星がつくれない元素も生まれます。
超新星などから放たれた「宇宙線」と呼ばれる高エネルギー粒子が宇宙空間を飛び交い、すでに在る原子を衝突・破砕することで、リチウムやホウ素といった「軽い金属」をつくり出すのです。
④第四の炉:未知の核融合炉――中性子が織りなす「sプロセス」と「rプロセス」
さて、周期表を眺めると、まだ説明がつかない身の回りの元素が残っています。金、プラチナ、鉛、ウラン――中鉄という「行き止まり」よりもさらに重く、貴重な元素たち。これらの元素は、いったいどこで生まれたのでしょうか?
鉄より重い元素はどこで生まれる?
それでは、鉄より重い元素、たとえば金やウランはどうやってできたのでしょう?
鉄という元素は、原子核の世界で一番「安定」な存在です。これはつまり、鉄より重い原子をつくろうとしても、それ以上のエネルギーを必要とするため、星のなかでは自然にはつくられにくいということを意味します。
そもそも核融合とは、本来なら起きないような「奇跡」です。原子の中心にある原子核は、プラスの電気を帯びているため、お互いに近づこうとすると強く反発しあいます。そして、天体現象が生み出す熱エネルギーだけでは、2つの原子核が「核融合する距離」(約1015メートル)まで近づけることはできません。
しかし、物理的には不可能に思える障壁を、粒子がすり抜けてしまう「量子トンネル効果」のおかげで、星の中心では奇跡的に核融合が起こり、元素が生まれたのでした。けれども鉄を超える原子番号の元素になると、もはやこの奇跡も苦しなります。
クーロン斥力が高すぎて、核同士が結びつくことがほとんどできなくなります。そこで鍵を握るのが、電荷を持たない粒子、中性子です。中性子なら、電荷を持たないので静電気の壁をすり抜けて簡単にくっつけることができるわけです。
鉄に中性子を1つくっつけるとどんな原子核になるのでしょうか?中性子を1つくっつけた鉄は、同位体(アイソトープ)と呼ばれる「少しだけ重い鉄」になります。ただし、それはまだ「鉄(Fe)」のままです。中性子が増えただけでは、鉄が鉄のままであることに変わりはありません。元素の原子番号を決めているのは陽子の数だからです。
しかし中性子をたくさんくっつけ続けて抱え込むと、やがてその原子核は「不安定な重い鉄」になり、やがて原子核のなかで「中性子が陽子へと姿を変えるベータ崩壊(放射性崩壊)」が起こります。この瞬間、元素は本当に"化けます"。
というのも、中性子が陽子に変われば、陽子の数が1つ増えることになり、鉄はコバルトに、さらにもう1つ増えればニッケルに――という具合に、新しい元素へと"化けて"しまうわけです。このようにして、鉄より重い元素は、「中性子捕獲」と「ベータ崩壊」の2つを繰り返しながらつくられていくことになります。
すると、この「中性子捕獲」と「ベータ崩壊」の2つの反応のどちらが早いかで、2通りの異なる核反応の進み方が現れます。
1つは、鉄などの重い核に中性子がゆっくり1つずつと加わっていき、そのたびにベータ崩壊を待って次の核に進む「s(slow)プロセス」と呼ばれる道です。このプロセスは、寿命の終盤を迎えた星(赤色巨星)の内部で起こることが知られており、観測でもこの「ゆっくりの道」は実証済みです。
もう1つは、崩壊する暇もないほど次々と大量の中性子が一気に降り注ぎ、後からまとめてベータ崩壊が始まり、新たな重元素が誕生する「r(rapid)プロセス」です。
このrプロセスは桁違いに中性子密度の高い環境を必要とします。大量の中性子が一瞬にして吹き荒れるこのプロセスが宇宙のどこで起きているのかは、長年にわたって解決されていません。
しかし、rプロセスには大量の中性子が必要なことから、中性子星に関係する現象であることが予想されています。中性子星はまさしく中性子の塊であり、その表面から物質を少しでも引きはがすことができれば、そこで、rプロセスが起こるのではないかと期待されてきました。
そこで長年、最有力候補とされてきたのが、中心に中性子星を残す超新星爆発でしたが、近年のシミュレーションでは典型的な超新星では条件が整わないことがわかってきました。
そこで浮上したのが中性子星同士の衝突――中性子星連星合体です。2つの中性子星が長い歳月をかけて接近し、最後の一瞬に重力波を放ちながら衝突するとき、外側へ吹き出す物質には桁外れの中性子が含まれます。
わずか1秒にも満たない時間でrプロセスが走り抜け、金やプラチナ級の元素が一気に合成されるだろう。この考えを決定的に裏づけたのが、2017年に観測された重力波イベント、GW170817でした。
GW170817の観測
2017年8月、重力波観測装置LIGOとVirgo(アインシュタインが一般相対性理論から導いた「重力波」を観測するために設計された、レーザー干渉計型の重力波観測所)が、2つの中性子星が衝突する瞬間を捉えました。
数時間後、世界中の望遠鏡がその方向に目を向け、赤く光る新たな天体"キロノバ"と呼ばれる中性子星合体特有の閃光を捉えました。その光、「キロノバ」と呼ばれる現象こそ、「中性子星合体が、金やプラチナのようなrプロセス元素を生成した現場である可能性」を初めて示す観測的証拠とされています。
とはいえ、どうしてそんなことがわかるのかは気になりますよね。そのしくみを紐解いていきましょう。
そのポイントは、「キロノバ」と呼ばれる天体が赤く光ることにあります。キロノバが赤くなる理由の1つは、放出物質に「光を吸収する重い元素」が含まれているため。その代表がランタノイド元素です。私たちの身近では「レアアース」として知られ、スマートフォンや磁石材料に使われています。
このランタノイドの特徴は、原子のまわりを回る電子の軌道が非常に複雑であること。電子が「吸収できる」エネルギー準位の幅が多いため、ランタノイド元素はさまざまな波長の光を吸収してしまうのです。
たとえば鉄のような軽い元素では限られた波長しか吸収しませんが、ランタノイドは可視光を広く飲み込みます。ただ、赤い光は吸収されないため外に出てくることができます。このような物理的背景から、キロノバの赤い輝きは、ランタノイド元素、つまり鉄より重い元素がたしかに生成されたことを物語っていると解釈されました。
とはいえ、「生成されたことを物語っている」という表現には慎重さが込められています。「金やプラチナがつくられた」と真に断定するには、スペクトル線(元素の指紋)から個々の元素を直接特定する必要があります。
しかし、中性子星合体で放出される物質はさまざまな速度と温度を持つ混沌とした環境であり、現在のところ、明確に同定された元素は「ストロンチウム(原子番号38)」のみ。それでも、赤いキロノバの光は強い証拠です。
ランタノイド(原子番号57番のランタンから71番のルテチウムまでの15元素の総称)が生まれるような条件なら、その先にある金やプラチナ、ウランも同時に生成されているはず。GW170817の観測結果は、rプロセスが実際に宇宙で働いていることを裏づけた最初の確かな証拠となりました。