自己効力感(セルフエフィカシー)は、スタンフォード大学教授の心理学者アルバート・バンデューラ博士によって提唱された概念です。
自己効力感は、「自分ならできる」「自分ならきっとうまくいく」と自分の能力やスキルに対して、信じられている認知状態のこと。「自信」に近いものですが、ただやみくもに「できる」と思うのではなく、明確な根拠に裏打ちされた自信といえます。
一方で自己肯定感は、「自分という存在」を好意的、肯定的に受け止め、長所だけではなく短所なども含めて自分をありのまま認め、自分を信頼している感覚です。
本記事では、自己効力感を高める方法の一つ「生理的・情緒的状態の管理」、その中でも特に「睡眠」について工藤紀子さんに解説していただきます。
※本記事は、工藤紀子著『レジリエンスが身につく 自己効力感の教科書』(総合法令出版)の一部を再編集したものです
体のコンディションの調整 睡眠
日本人の睡眠時間が短いことは、経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表した調査でも知られています。日本人の平均睡眠時間は7時間22分と、先進国を中心にした33カ国のうち最下位を記録。欧米諸国の人に比べて、日本人の平均睡眠時間は1時間も短かったのです。
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長によると、欧米の研究者はビジネスパーソンの多くが電車の中などで「眠りこけている姿」を目撃して一様に驚愕するといいます。
これは「日本の治安がいいから」といった前向きな理由ではなく、働き盛りの現役世代が昼間から寝てしまうのは医学的に見て異常であり、深刻な睡眠不足である「行動誘発性睡眠不足症候群」という病気が原因と疑われるからです。
寝不足になると、思考力が低下し、仕事のパフォーマンスが悪化します。
厚生労働省が掲げる睡眠指針でも、睡眠が不足することで作業効率や生産性が下がり、結果的に仕事の能率を下げると指摘されています。
睡眠は、睡眠中に身体の細胞や組織を修復し、日中の活動で消耗した身体の疲労を回復させるだけでなく、脳疲労の回復や記憶の定着にも重要な役割を果たします。
十分な睡眠をとることで、ストレスホルモンのレベルを低下させ、イライラや不安を緩和し感情を安定させる効果もあります。
人は睡眠を奪われると、何かをしようとする意欲や生きる気力が減退し、体も心も病気にかかりやすくなるのです。
心身の健康を保つ上で、睡眠は外すことのできない重要な要素です。
睡眠負債はすぐに解消できない
6時間睡眠を14日間続けると、丸2日間徹夜した状態と同程度の認知機能になるという研究結果があります。これは、お酒を飲んで酔った状態と変わらないパフォーマンスしかできないということです。
寝不足になると、体はダメージを受けます。睡眠不足を続け、ダメージが体に蓄積されていくのを「睡眠負債」と呼びます。
毎日少しずつ寝不足が続いていると、知らず知らずのうちに睡眠負債が増えています。
先の柳沢氏によると、毎日の睡眠負債を解消するのに約3週間かかることが分かったそうです。つまり、週末2日の寝だめでは解消できないのです。「週末によく寝たから大丈夫」と言って、その後毎日寝不足が続いてしまうと、実際に睡眠負債は解消できず、日々のパフォーマンスは回復できません。
睡眠不足が続いていると分かったら、まず、睡眠時間を確保することを第一優先にして、ぐっすり眠るようにしましょう。
自分の最適な睡眠時間を知る
睡眠不足を自覚しにくいのであれば、自分の最適な睡眠時間を把握することが必要です。現役世代の場合、個人差はあってもほとんどの人が睡眠時間6〜8時間の範囲に収まっているといいます。
十分な睡眠をとると、よほどのことがない限り、起きているときに眠くなることはありません。気分や意欲も寝不足のときより良くなり、日中に眠気に襲われなくなったら、それが最適な睡眠時間です。
最適な睡眠時間を知るには、毎日、1時間単位で起床・就寝時間を決めて最初は6時間、次は7時間といった具合に睡眠時間を変えて試してみます。日々の睡眠時間の違いによる自分の心身のコンディションや変化に気付くことで、自分の最適な睡眠時間を知ることができます。
睡眠は心身の健康の両方に作用します。自分の最適な睡眠時間を知ったら、日々意識して確保していきましょう。
良い睡眠のためのヒント
心身の健康を保つために、良い睡眠のためのコンディションの整え方を紹介します。
・毎日同じ時間に就寝、起床することで体内時計を整える
・起床後30分以内に日の光を浴びる
太陽光が目に入ると、「睡眠ホルモン」と呼ばれるメラトニンの分泌が止まり、覚醒状態を維持して体を活動モードにするセロトニンの分泌が促されます。そして、日光を浴びてから約14〜16時間後、メラトニンの分泌が始まり、眠くなっていくのです。
つまり、朝に光を浴びることで、その日の夜ぐっすり眠るための準備ができます。
・起床後1時間以内にタンパク質を取る
昼の活動と夜の睡眠を両方充実させるためには、朝にタンパク質を取りましょう。タンパク質に含まれているトリプトファンが昼間の意欲的な活動を後押しするセロトニンの原料となり、夜になると、脳の松果体でセロトニンは眠りを促すメラトニンに変わります。
※タンパク質は、肉類、魚介類、大豆製品、乳製品、バナナ、アボカドなどの食材に豊富に含まれています。朝忙しい人はプロテインを飲んで摂取する方法もあります。
・昼寝は、昼食後の15時以前に15〜20分程度にとどめる
どうしても昼寝をしたい場合でも、ベッドには寝転がらず、ソファやイスに座って目を閉じるだけにします。眠ったという感覚がなくても目を閉じて、目から入ってくる情報をシャットダウンするだけでも脳がクールダウンでき、頭がすっきりします。
・夕食(夜食)は就寝の3〜4時間前に取る
人は内臓の温度である深部体温が下がることによって、眠くなります。そのため、寝る前に食べると消化器官が活発に動き始めて、深部体温が上昇してしまうのです。入眠のリズムを整えるためにも夕食の時間を意識してみてください。
・できるだけ入浴する
深部体温を下げるのに効果的な方法が、入浴です。入浴で体が温まると、手足の先から熱が外に逃げ、深部体温が下がって眠くなるのです。
理想的なのは、ぬるめの40度のお湯に20分ほど浸かって全身をしっかり温めること。夏場はシャワーで済ませる人も多いかもしれませんが、シャワーだけでは手足を温めるには足りません。そんなときは
43〜45度くらいの熱めのお湯に足を浸ける「足浴」を10分ほどするのもおすすめです。
・ベッドの中でのスマホ操作は極力しない
スマホ、パソコンなどのデバイスは、就寝前には見ないようにして、できれば寝る30分〜1時間前には手放します。画面のブルーライトが快眠の妨げになることがあるからです。
・頭に浮かんだことを書き出す
就寝前、布団に入った途端に次の日にやることが頭に浮かんでしまう人は、寝る前にそれを書き出してみましょう。そうすれば、「やらなければ」という心配を手放すことができます。それが翌日のやることリストになります。
心配事が気になる人は、それについても書き出してみます。
おすすめは、自分に対して「主語を三人称で書く」ことです。「彼(彼女)はこんなことで心配になっています」と書くことで、自分の状態を俯瞰できます。
どちらの場合も頭の中にあることを手放すことができるので眠ることに集中できます。
よく眠り、よく目覚めれば、嫌な疲れやストレスは吹き飛び、心身のコンディションを良好にできます。
今の自分の睡眠の状態を把握した上で、あなたの良い睡眠のためにできるところから取り組んでみませんか。