メンバーへのアプローチをほんの少し誤っただけで、すぐにハラスメント疑惑となっていく、チームリーダー受難の時代。
いまリーダーに求められているのは、腰の引けた甘い「やさしさ」ではなく、"適度な距離感"を保つことのできる「覚悟と愛情」ではないでしょうか。
生命保険業界において、トップクラスの営業組織を築き上げ、30年以上の長きにわたりマネジメント教育の最前線に立ち続ける早川勝さんに、その実体験に基づいたリーダーとしてのあるべき姿、「牽引力」について解説して頂く。
※本稿は、早川勝著『覚悟を決めたリーダーに人はついてくる』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。
「胸躍る世界へようこそ」という牽引力こそが、真骨頂
「アメ」と「ムチ」を使い分けろとは、よく言われたものだが、その「アメ」と「ムチ」ばかり使っている、困ったリーダーが多いようだ。
まずは「アメ」だ。
そう、とくに生保業界が好む「ご褒美で釣る」マネジメントである。
メンバーの目の前にいわゆる「ニンジン」をぶら下げる戦略は、いま現在でも多くの経営者やリーダーが好み、速効性と浸透力が高い動機づけだと信じられ、実行されている。
士気が落ちて困ったら「ニンジン」、そしてまた業績が落ちて困ったら「ニンジン」と、それが麻痺して常態化していくものだから、その「ニンジン」は次第に大きくならざるを得ない。
とくに営業部門においては、キャンペーンや〇〇アワードと、高額な報奨金をはじめとした、ご褒美で釣る施策の"アメあられ"だ。
もはや、ちょっとやそっとの「ご褒美」では誰も動かないため、"アメ"は過剰にグレードアップしていくほかはなく、さらにもっと豪華絢爛な「ニンジン」をぶら下げ続ける、という悪循環を繰り返しているわけだ。
ただそれで本当に、メンバーのモチベーションを喚起しているといえるのか、はなはだ疑問である。たしかに、よく働くメンバーたちを称賛し、承認欲求を満たしてあげることは大切だろう。達成意欲に火をつけるためにも、ときに必要なことなのかもしれない。
ところがやはり、それには限界がある。いくらなんでも"アメ"一辺倒では芸がなさすぎる。よくよく考えてみれば、「ニンジン」をぶら下げ続けなければ働かないと思い込んでいること自体、あまりにもメンバーを"馬鹿"にしていないだろうか。
メンバーには、給与もボーナスも払っている。昇進昇格のための評価制度もある。組織には理念もビジョンもミッションもあるのではないのか。そもそも仕事とは「自己実現」の場ではないのか。「経験」こそが何よりの対価であり、人生のご褒美なのではないのか。
もうこれからは、手っとり早く「走れ、走れ」とニンジンをぶら下げて馬尻(バケツ)を叩くのはほどほどに、しっかりと手綱を握り、メンバーが心からワクワクするゴールに向かって突っ走る、そんなマネジメントを追求しようではないか。
次なるは「ムチ」だ。
危機感を煽り、ペナルティだらけの方針を掲げて、チームメンバーにプレッシャーをかけ続ける。脅しマネジメントである。
ムチを叩くのが好きなリーダーがもっとも得意とするパターンがこれだ。
「このバジェットを達成できなかったメンバーは、降格または減給させるぞ」
「この新商品が売れなかったら、もはや生き残れない。今度こそ経営破綻するしかない」
「昨年は90%だったのに今年は70%まで落ち込んだ、このままじゃチームは解散だ」
こんなサバイバルな環境で罰ゲームをやっているうちは、業績不振を止めることはできない。リーダーが「人は恐怖で動くもの」と思い込んでいる限り、チームは機能不全に陥って弱体化していく。
ただ、「脅し」もときには、メンバーの尻に火がついてその気になることもあり、一過性の効果はあるにはある。しかし、動機づけが「脅し」であるかぎり、長続きはしない。
そのサバイバルなジャングルには、ワクワクするビジョンがないのだから。
未来への希望もなく、ただ疲弊する一方だ。チームのムードは暗くなり、人間関係もギスギスしていく。モチベーションは下がり、業績も上がらない。
そして、退職者は雪崩を打つように後を絶たず、環境はますます悪化する。
これからはもう、「生存」ではなく「繁栄」というポジティブなターゲットへ向かい、メンバーたちが本気になれるメッセージを伝え続けること、それがリーダーの仕事になる。
「バジェットを達成できたメンバーでプロジェクトを立ち上げる。世界へ打って出るぞ」
「この新商品が売れたら、パイオニアになれる。もはや業界では一人勝ちだ」
「昨年は90%だったのに、今年は70%まで落ちた、しかし、120%までもち直し、業界第1位に返り咲ける切り札がある。それが、この計画だ!」
このように、ワクワクする世界を掲げて、チームを引っ張ってほしい。
一刻も早くサバイバルなジャングルから脱出し、胸躍るビジョンの世界へと、メンバーを招待してあげるのだ。
そこに使命感はあるのか。そこに達成感はあるのか。そこに意義はあるのか。そこに楽園はあるのか。そこに幸福はあるのか。
「さあ、ワクワクする世界へようこそ」という牽引力こそが、リーダーの真骨頂なのである。