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「3.11」 動揺する楽天ナインに、名将・星野仙一が放った “冷たい一言”の真相

喜瀬雅則(スポーツライター)

2021年03月11日 公開 2022年10月14日 更新

東日本大震災から10年――。震災の影響は、プロ野球界にも重くのしかかった。とりわけ仙台に本拠地を置く東北楽天ゴールデンイーグルスにとって、東日本大震災は切っては切れない関係であり、ファンとのあいだに「絆」が芽生えるきっかけにもなった。

本稿では、山崎武司、平石洋介の証言をもとに、東北楽天の「あの日」を振り返る。

*本稿は、喜瀬雅則著『稼ぐ!プロ野球 新時代のファンビジネス』 (PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。

*文中では初出の際に肩書、職位などを記した後は、字数などの関係もあり、敬称略とさせていただきました。また、カッコ内の「現」は、2021年1月末現在の肩書、職位です。

*山崎武司氏の「崎」の字は「大の部分が立」の表記が正式です

 

東日本大震災と東北楽天

2011年(平成23年)3月11日。マグニチュード9.0。

東北地方に壊滅的な被害をもたらした『東日本大震災』が発生した。

被災地となった仙台に本拠地を置く東北楽天は例年、2月に沖縄・久米島でキャンプを行い、オープン戦の時期に、南の方からゆっくりと北上していく。

試合を重ねながら、開幕の3月下旬に合わせて仙台に戻ってくる。その頃になれば、春の遅い東北であっても、野球をやれる環境になっている。その"途上"での大災害だった。だからそのとき、選手たちの大半は仙台に不在だった。

スポーツは、傷ついた被災地と被災者たちに勇気を与える力がある。そのチーム名に「東北」を名乗る楽天は「復興へのシンボル」となるべき存在でもある。しかし、その"スポーツの力"という合言葉は、未曽有の大災害の前には、どこかきれいごとのようにも聞こえてしまう。

日々の生活を、そして大切な家族を失った人たちがいた。津波で、町や村のすべてが押し流されたところもあった。

スポーツとは、日々の生活が充実しているからこそ、心から楽しめる「余暇」であり「レジャー」でもある。だから、生活の基盤という「ハード」が壊れてしまっては、スポーツという「ソフト」は、稼働することができないのだ。

俺たちは、野球なんかやっている場合なのか――。

迷いと疑問。そしてジレンマを抱えたまま、楽天の選手たちは、震災から約1カ月後の4月に入り、初めて"震災後の仙台"に戻ることができた。被災者の激励のため、数グループに分かれて宮城県内の避難所へ足を運んだ。

「野球で元気なところを見せてください」

山崎武司は「逆に励まされた」という"そのとき"の思いを、今も忘れないという。やらなきゃいけない。この人たちに笑顔を取り戻させることが自分たちの使命だ。野球で、力を与えないといけない。ファンのために、そして傷ついた被災者たちのために、全力でプレーするんだ。

それが「地域密着」を標榜するプロスポーツチームの使命でもあり、選手と東北の人たちとの間に、確かに生まれた深い「絆」を実感する瞬間でもあった。

 

新型コロナで「絆」を断たざるを得ない

あの日から10 年という月日が経った2021年(令和3年)。未曽有の大災害の記憶は、まだ風化するには早すぎる。なのに、あの日の「絆」は、新型コロナウイルスという"強敵"によって、容赦なく、そしてもろくも断ち切られようとしているかのように見える。

感染予防の観点から、2020年(令和2年)のプロ野球開幕は「無観客」だった。観客数の減少は、球団経営の根幹を担う「入場料収入」の激減とイコールだ。ファンとの握手も、サインを書くことも、万が一の感染を避けるために自粛となった。つまり、コロナ禍ではファンとの触れ合いすら許されない。

球場に来ないでください。応援は控えてください。選手と会わないでください。プロ野球界は、そんな"異常な呼びかけ"を行わざるを得ない状況に陥っている。ファンとの「絆」を、自ら断たざるを得ないという危機に瀕しているのだ。

「球場に来るって、野球を見るだけじゃないんですよ。人の雰囲気を感じて、大声を出して、ストレスを発散して、球場で美味しいご飯を食べて、みんなで楽しい時間を過ごす。そういうのがなくなるのは、ホントに寂しいことですよ」

あの日、被災者と触れ合い、そして交わした約束を、山崎は今も忘れない。それが、楽天の「闘うモチベーション」になった。そうした"触れ合いから生まれる力"を知るからこそ、山崎はコロナ禍の今を、心の底から、憂えているのだ。

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楽天の顔・山崎武司

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