クマとの「共存」とは、人間とクマが同じ場所で暮らすことではありません。人身被害を防ぎながらクマの地域個体群を守るには、人間の生活圏とクマの生息域を明確に分け、その間に適切な緩衝地帯を設ける「ゾーニング管理」が重要です。
では、市街地への侵入を防ぎつつ、クマの生息地を守るには、具体的にどのような対策が必要なのでしょうか。
ツキノワグマ研究者で東京農工大学大学院農学研究院教授の小池伸介氏が、環境整備や個体数管理、追い払いによる学習など、人間とクマの適切な距離を取り戻すための考え方を解説します。
※本稿は、山﨑晃司・編著『クマに出遭ってしまったら? 』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
人間とクマのすみ分けをはかる
クマと人間が同じ場所で生活することはできません。クマとの共存を実現するためには、地域のクマの生息状況や生息環境、人間活動などをふまえて、クマがすむエリアと人間がくらすエリアを空間的にはっきりと分けることが必要です。人間の生活圏からクマを取りのぞき、クマと人間との距離を引き離すため、地域を区分するのです。
地域を区分することをゾーニングといい、各エリアのそれぞれの目的のもとでさまざまな施策を実施していくことをゾーニング管理といいます。環境省のクマ類特定計画ガイドラインでは、地域を「排除エリア」「管理強化エリア」「緩衝地帯」「コア生息地」の4つに分けています。実際のクマ管理では、人間が活動するエリアでの人身被害および農林水産被害などのトラブルをできる限り減らしつつ、クマの地域個体群を保護していくことを目的にゾーニング管理を行なっていくこととなります。
【排除エリア】
排除エリアとは、市街地や農耕地など、人間の活動が優先される地域です。排除エリアに侵入したクマは捕獲するなどして速やかに排除を行ないます。一方で、農作物などクマを引き寄せるものの管理、農耕地などへの電気柵の設置といった被害を防ぐ対策がとられます。また、市街地の内部にまでクマが入ってくるのを防ぐため、森林からのびる林や河川敷などの緑地の樹木を伐採したり、草木や雑草、やぶを定期的に刈払いしたりして、クマが身をひそめられる場所をなくす対策も重要です。
【管理強化エリア】
管理強化エリアとは、排除エリアにとなりあう地域です。排除エリアへクマが侵入するのを防がなくてはなりません。排除エリアでの出没や被害の発生前であっても、捕獲などの対策を積極的に行なうことで、排除エリアで人間とクマの対立が起こらないようにすることが目標です。
【緩衝地帯】
緩衝地帯とは、クマの生息地のうち、後述するコア生息地を除いた地域です。人間の生活エリアとクマの生息地の中間にあたります。目標数に向けてクマの個体数を管理するとき、まずは管理強化エリアでの捕獲を行ないますが、緩衝地帯でも捕獲を行なうことができます。
【コア生息地】
コア生息地とは、地域個体群といってその地域にくらすクマの集団が安定的に命をつないでいけるように守っていくエリアです。行政区域にとらわれず、都道府県の枠を越えて確保していくことが重要となります。たとえば、国指定鳥獣保護区特別保護地区や自然公園法に基づく国立公園など自然公園の特別保護地区および第一種特別地域等をコア生息地としています。大量出没がみられるようになった2000年代より前からクマが生息していたなど、昔からのクマの生息地と考えられる地域をコア生息地として確保することが望ましいでしょう。なお、地域個体群を安定的に保ち続けるのに必要なクマの個体数は、緩衝地帯とコア生息地の両方で確保することとなります。
【POINT】
▼人間がくらすエリアとクマのすむエリアをはっきり分けることが、共存につながる。
▼クマの地域個体群を守るには、都道府県の垣根を越えた取り組みが重要。
クマにとって居心地がよくない環境をつくる
クマがくらすコア生息地、緩衝地帯を取り囲むように管理強化エリアを設けることで、人間のすぐとなりにクマが日常的に存在することのないようにします。クマのくらすエリアと人間の生活エリアを完全に隔てられればよいのですが、現代においてそれは現実的ではありません。管理強化エリアをどのように設け、どのような方法で保っていくかが、ゾーニング管理に欠かせないポイントです。
管理強化エリアにクマがいない状況をつくりだすには、そのエリアをクマにとって生息しにくい場所にすることがポイントです。樹木を伐採し、雑草などの下草を定期的に刈払いし、クマの隠れ場となるやぶや背の低い草木も刈り取って見通しのよい森にするといった方法が考えられるでしょう。森を人工的に管理すれば、日頃から手入れを行なうために頻繁に人が行き来することになり、クマにとってはますます居心地のよくない場所となることが期待できます。そして、大切なのは、その状態を保ち続けることです。どういった体制や制度で、森の管理を続けていくかを検討する必要があるでしょう。
【POINT】
▼見通しをよくし、クマが隠れられない森にする。
▼森を人工的に管理し、人が頻繁に行き来する状況をつくる。
クマに危険な場所だと学習させる
クマにとって居心地のよくない生息環境を用意するのと同時に、実際のクマの出没や被害発生前であっても、管理強化エリアでは積極的な捕獲を行なうことで、排除エリア周辺に生息するクマの数をできる限り低密度にする必要があります。いつ発生するかわからない出没や被害を未然に防ぐことがこの地域での捕獲の目的です。
わなを集中的に設置するなどして、一気にクマを捕獲していくことも選択肢となるでしょう。たとえば、最初の数年間は箱わなを使って集落周辺のクマを徹底的に捕獲し、密度を限りなく下げて、分布を山側に押しやるようなイメージです。
しかし、いつまでもわなに頼り続けるだけでは、効率的な管理強化エリアの維持にはつながりません。クマの空白地帯ができれば、また別のクマが入ってきます。食物で誘引するわなでは、管理強化エリアへとクマを引き寄せ続けることになります。延々と捕獲をくり返すだけでは、コア生息地のクマを獲り尽くすまで終わりはありません。また、わなで捕獲しても、その個体がいなくなるだけで、ほかのクマは何も学習しないでしょう。そのため、クマの個体数が減ってきたら、わなで捕らえる方法ではなく、たとえば積雪期に足跡を追う猟や訓練されたイヌを使って追いかける方法に切り替えるなど、捕獲方法もあわせて検討する必要があります。追いかけられて逃げる経験をし、「管理強化エリアは危険だ」と学習することで、クマと人間との間の緊張関係を再構築できる可能性があるのです。
クマにとって生息しにくい環境づくりやわなによる個体数管理をハード面の対策とすると、銃やイヌを使った追い払いは、人間や管理強化エリアへのクマの警戒心を高めるためのソフト面の対策ともいえます。両面からのアプローチで管理強化エリアを確実なものにしていくことができるでしょう。
【POINT】
▼積極的な捕獲でクマの個体数を調整する。
▼イヌを使った銃猟などで管理強化エリアは危険だと学習させる。
[執筆者]
小池伸介(こいけ・しんすけ)
ツキノワグマ研究者/東京農工大学大学院農学研究院教授
1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地、神奈川県丹沢山地などでツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究。著書に『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社)、『クマが樹に登ると』(東海大学出版会)など。2024年よりNGO日本クマネットワークの代表も務める。
[編者]
山﨑晃司(やまざき・こうじ)
茨城県自然博物館館長 東京農業大学名誉教授
1961年東京都調布市出身。 森林動物生態学が専門。東京農工大学連合大学院博士(農学)。ザンビア国立公園局野生動物調査官、東京都高尾自然科学博物館学芸員、茨城県自然博物館首席学芸員、東京農業大学地域環境科学部教授を経て、茨城県自然博物館館長。元日本クマネットワーク代表、元International Association for Bear Research and Management 理事、IUCNクマ専門家委員会委員、東京都自然環境保全審議会鳥獣部会長、千葉県環境審議会鳥獣部会長、環境省鳥獣保護管理プランナーなどを務める。著書に『日本のクマ』(東京大学出版会・共編著)、『ツキノワグマ すぐそこにいる野生動物』(東京大学出版会)、『ムーン・ベアも月を見ている』(フライの雑誌社)、『クマとともに』(東京大学出版会・共著)など。