不仲な家族に介護が必要になったとき、あるいは自分が介護される立場になったとき、家族との関係にどう向き合えばいいのでしょうか。
医師であり僧侶でもある小笠原文雄さんは、無理に仲直りする必要はないと語ります。「家族だから」「子どもだから」と介護を強いることが、必ずしも本人にとって満足のいく最期につながるとは限らないからです。書籍『笑って大往生できる人できない人』より、一節を紹介します。
※本稿は、小笠原文雄著『笑って大往生できる人できない人』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
息子の嫁に介護されたくない、姑を介護したくない
「私、息子の嫁と仲が悪いんです。介護されるのは嫌だわ」
在宅医療を受けていた井上芳子さんは、私にこのように話しました。隣町に長男夫婦が住んでいますが、めったに会うことはありません。ですから、私は井上さんに伝えました。
「来てもらわなくてもいいんじゃない? 気が合わない人に来てもらっても心は暖かくならないよ。それに、訪問看護師さんやヘルパーさんが来てくれるから心配いらないよ」
そう話した1カ月後、井上さんはほぼ寝たきりになりました。
そして長男の妻である幸恵さんが小笠原内科にやって来て、私に切り出しました。
「先生、義母を入院させてもらえませんか?」
「どうして入院してほしいの?」
「私が介護しなかったら、寝たきりの姑を放置したといううわさが流れて、これから先、肩身が狭くなってしまいます。だからといって、介護はしたくありません」
ここで、それぞれの意向を整理しておきましょう。
○井上さん 最期まで家にいたい、嫁には介護されたくない
○幸恵さん(長男の妻) 姑を介護したくない、うわさの的になりたくない、姑を入院させたい
○俊介さん(長男) 「一人暮らしをしたい」という母親の願いはかなえてあげたいが孤独死させたくない、妻の気持ちはわかる、母親を入院させたい
まず私は、幸恵さんに、ゆっくりと穏やかな口調で伝えました。
「変なうわさが流れるのは嫌だよねぇ...。あなたは井上さんの家まで車で行くことはできるよね? 家の前に車があれば、近所の人はあなたが介護に来ていると思うんじゃないかな。実際の介護はヘルパーさんに任せて、あなたはこそっと安否確認だけしたら、隣の部屋で本でも読んでいればいいんじゃない?」
すると、幸恵さんは目を丸くして、帰っていきました。私の返事が、思いがけない内容だったのかもしれません。
数日後、私は隣町の長男夫婦の家に行って、俊介さんに伝えました。
「孤独死っていうのは、一人でいるときに死ぬことじゃないよ。心が孤独になって、その中で死ぬことだからね。だから、たとえ一人でいるときに亡くなったとしても、本人の願いがかなったなら、それは大往生だよ」
在宅医療について説明すると、俊介さんの表情は少し和らぎました。そのタイミングで、私に同行したTHP(トータルヘルスプランナー)が提案しました。
「そんなに心配なら、一人になる時間が長くなるときにだけ、身の回りの世話をしてくれる自費ヘルパーを頼んだらどうですか? それほどお金はかかりませんよ」
やっと俊介さんはうなずきました。
数カ月後、訪問看護師が来ているときに井上さんは旅立ちました。自費ヘルパーには4万円ほどしかかかりませんでした。こうして、井上さんと俊介さん、幸恵さんの全員の願いがかなう、「希望死・満足死・納得死」が実現しました。
仲の悪い家族と無理に仲直りをしなくていい
井上さんの場合に限らず、家庭にはそれぞれの歴史があり、それぞれの事情があります。家族みんなが元気な頃には気にせずに済んでいた問題が、介護などで表面化することも珍しくありません。
そのときに仲直りをしようとしたり、家族としての役割を押しつけたり、我慢を強いたりすると、全員がストレスを抱えることになります。
家族だからといって、急に仲よくなれません。仲が悪いのならば、それをそのまま受け入れてから、全員の願いがかなうように折り合いをつけましょう。自分の希望も相手の希望も尊重する態度は、わがままではないのです。
不思議なことに、大往生を目にした家族は皆さん仲直りしていました。
「家族だから」「子どもだから」という固定観念で、入院や家族による介護を強いたために、誰も納得できないまま最期を迎えるケースは、残念ながら少なくありません。現在はいろいろな家族の形、そしてさまざまな介護の選択肢があることを、ぜひ知ってほしいと思います。