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生き方

山下泰裕、足の裏に感謝する~坂村真民さんが教えてくれた生き方

神渡良平(作家)

2017年07月07日 公開 2024年12月16日 更新


山下泰裕さん
(日本柔道連盟副会長、東海大学副学長)
 

“祈りの詩人”と呼ばれ、人々の心に大きな足跡を残した詩人・坂村真民。97歳で旅立たれてから10年が経ってなお、その詩と生き様はますます注目を集めている。坂村真民に影響を受けた著名人が、その教えをどのように受け止め、活かしてきたのか。今回は史上最強の柔道家・山下泰裕さんに登場いただく。

取材・文:神渡良平(作家)
写真撮影:吉田和本

 

強いだけでは通用しない世界がある

現役時代203連勝、対外国人選手戦では生涯無敗、ロサンゼルス五輪では金メダルを獲得した山下泰裕さん。そんな山下さんが、坂村真民さんを高く評価していることはあまり知られておらず、不思議に思われる方もあるかもしれません。真民さんは陽の当たらない人たちや社会的弱者への応援歌を書いている詩人ですので、華々しい経歴に彩られた山下さんとは、少しミスマッチの観が無きにしも非ずでした。

私が『下坐に生きる』(1997年、致知出版社)という書籍を出版し、一段落していた頃、出版社から「山下泰裕さんが大部数お買い上げくださいました」と電話が入ったのです。この本は功成り名を遂げた人々を採り上げた本ではなく、有名無名を問わず、知ってみれば頭が下がるような生き方をされている人々のことを書いた本なので、山下さんの反応にびっくりしたことを覚えています。

そこで山下さんに興味を抱き、当時東海大学教授をされていた山下さんにお会いすることにしました。かねてから人格を陶冶する柔道教育に注力されてこられた山下さんは、オリンピックの強化選手などに読むように私の本を渡しているとのことでした。

この『下坐に生きる』の帯に推薦の言葉を書いてくださったのが坂村真民さんでした。文中でも真民さんのことに触れ、詩も紹介していました。そのことから、山下さんの目が真民さんの詩に止まったとのことでした。

実は当時、山下さんは家庭内で自閉症のお子さんのことで大きな悩みを抱えていたそうです。その頃のことをこんな風に話してくれました。

「私の心の目を開いてくれたのは、自閉症の次男でした。私は外では柔道の指導に明け暮れていましたが、一歩家庭に入ると、家内が次男の子育てに奮闘していました。思いやり、理解し、共感し、支え合わなければ、一日だって生きていけないのです。強いだけでは全く通用しません。

私は家内に誘われてボランティアに参加するようになり、ハンディキャップを背負った人たちの立場でものを考えることの大事さを教えられました。家内と次男がいなければ、私は自信過剰な、鼻持ちならない人間になっていたでしょう。そんな私の心に、真民さんの詩が大きく響いたのです」

そう言って真民さんの「尊いのは足の裏である」という詩を示されました。

尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である

一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その努めを果たしてゆく

足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ

頭から
光が出る
まだまだだめ

額から
光が出る
まだまだいかん

足の裏から
光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である

家庭的事情と真民さんの詩が、山下さんの心の目を開いたのです。

「足の裏を尊く思うなんて、考えたこともなかったから、驚きました。でも足の裏に感謝してこそ、足の裏も生きてくるんですよね。大切なことに気づかされました」

 

坂村真民
さかむら・しんみん*1909年熊本県生まれ。教員となり、その後、朝鮮に渡って師範学校の教師を務める。終戦後、愛媛県に移住し、高校の教員となる。65歳で退職。2006年、97歳で永眠。20歳から短歌に精進するが、41歳で詩に転じる。人生の真理、宇宙の真理を紡ぐ言葉は、弱者に寄り添い、癒しと勇気を与えるもので、老若男女幅広いファン層を持つ。

※本記事は、マネジメント誌「衆知」2017年3・4月号短期連載《坂村真民さんが教えてくれた生き方》の一部を抜粋編集したものです。

著者紹介

神渡良平(かみわたりりょうへい)

作家

1948年、鹿児島県生まれ。九州大学医学部を中退後、雑誌記者などの職業を経て、作家に。38歳のとき脳梗塞で倒れ一時は半身不随となるが、必死のリハビリによって社会復帰を果たす。そしてこの宇宙には大きな仕組みがあり、それに即した建設的で前向きな生き方をしたとき、実りある人生が築けることに目覚めていく。この闘病体験から、「人生は一度だけ。貴重な人生をとりこぼさないためにはどうしたらよいか」という問題意識が作品の底流となっている。近著に『中村天風人間学』(PHP研究所)がある。著書多数。

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