
明治大学や早稲田大学などで述べ1万人以上のZ世代の指導に関わり、300以上の企業や行政機関でコミュニケーションスキルを教える「伝え方のプロ」である、ひきたよしあきさん。ひきたさんによれば、若手を動かすカギとなるのは、リーダーの「伝え方」だといいます。
本稿では「もっと強く叱りたいと思ったとき」の対処法を、書籍『若手はどう言えば動くのか? ~相手を「腹落ち」させたいときの伝え方~』よりご紹介します。
※本稿は、ひきたよしあき著『若手はどう言えば動くのか? ~相手を「腹落ち」させたいときの伝え方~』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。
「自分はもっと頑張っていた」「もっと強く叱りたい」...そんな思いを成仏させる方法
「私が新人だった頃は、『バカヤロ〜!』に近い言葉を何度も言われた。理不尽な要求もあったし、残業もした。つらかったけれど、それで成長した部分も大いにある。人間、叱られなければ伸びないことだってたくさんある!」
という思いがマグマのようにあって、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるような若手への言葉がけに、モヤモヤどころか、イライラしている方も多いのではないでしょうか。
その気持ちも分かります。「なんで、ここまで若手を立てなきゃいけないの?」と思う上司が日本中にいるのが現状ですね。私と一緒にこの本を作っている40代の編集者も同じ気持ちで、「なんとか私たちのこういう叫びを"成仏"させてほしい」と懇願されました。同世代が集まると、いつもこの話になるそうです。
しかし、これまでお伝えしてきた通り、働き方に関する法律の改正、パンデミックによる人との距離感の取り方の変化と、リモートワークなどに代表される働く環境の変化、受けてきた教育の違いなど、さまざまなファクターが重なって、ミドル世代の多くが経験してきた「昭和的な指導」が難しくなっているのは事実。
残念なことに、それに代わる指導法を社会も会社も見いだせぬまま、ただ「猫なで声」で若手に接するしかないというのが現実です。
「自分が気持ちいいだけ」の曖昧なかけ声は通じない
10年前に、ニューヨークでCM映像の編集をしていたときのことです。動画の色調整をしていて、スタッフは全員アメリカ人。そこで日本人の私の上司( ディレクター)が、「もう少しだけ、青みを足してください。足したことを感じさせない程度に」と言いました。
するとアメリカ人の編集者が、「指示が曖昧だ。青を何%足すかを指示してくれ」と厳しい表情で言いました。
日本人には通じる「少しだけ」「足したことを感じさせない程度」という曖昧な言葉は通じない。それどころか、無能なリーダーとして軽蔑するようなまなざしを向けられる。大変印象深い体験でした。
この「日本のディレクターとアメリカの編集者」と同じような関係性が、今のミドル世代と若手の関係ではないかと思っています。
「早くしろ!」で通じたものを、「あと15分で仕上げてくれませんか?」と言う。「怠けるな」と言うところを、「今日の夕方6時までに、このポイントだけは終わらせてほしい」と言う。「もっと早めに見せなさい」と言うところを「仕上がるまでに、必ず2回見せるようにしてください」と具体的に指示をする。
昭和の体育会でやっていたような「頑張れ!」「根性を出せ!」的な、言った側は気持ちがいいけれど、聞いたほうは何をやればいいのか分からないかけ声は、価値観の違う若い世代には通じないのです。自分が気持ちいいだけの「昭和的なかけ声」には"成仏"してもらわないといけません。
本音を引き出す代わりに「あなたの仕事のポリシーは?」
私が若い世代と話すとき、決めていることがあります。
①昔の自慢話はしない
②相手の持論、哲学、ポリシーを聞き出す
③他の人の言葉を引用して話す
①は当然のこととして、②と③の話をします。
まず②です。よく「若手の本音が分からない」といいますが、若手は本音は話しません。なぜならパワハラ防止法によれば、パワハラと認定される要素の1つに「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」があり、本音を話すこともそこにカテゴライズしてしまうからです。
よって、上司や先輩が本音を吐露しても「それ、今の仕事に必要ですか?」と聞いてくる。それは若手が悪いのではなくて、そういう教育を受けているからなんですね。
そこで、「本音」ではなく、「仕事に関する持論、哲学、ポリシー」をまず若手から語ってもらいます。
先輩 「あなたの仕事に関するポリシーはなんですか」
若手 「うーん、定時までに効率よくやって、プライベートに支障をきたさないようにすることです」
先輩 「そうなんだ。私は、相手の想像以上のサービスを提供して喜んでもらうことだな」
両者の考えは明らかに違います。でも、この語りこそが「本音」なのです。そして、互いのポリシーをリスペクトした上で、協業できるようにすり合わせていくことが大切です。
説教くさくならないテクニック「マンガの言葉を引用する」
③の「他人の言葉を引用する」について。若い世代が「根性論」的なものを一切排除しているわけではありません。
ネットのショート動画を見れば「仕事で成功する10の言葉」「コミュニケーション力を上げるコツ3つ」などという前向きなコンテンツが山のように流れています。彼らだって、ただ甘くてふわふわした言葉を望んでいるわけではありません。彼らが嫌がるのは「上司の」自慢話や根性論です。
彼らのなかには、ビジネス系ユーチューバーを、仕事上のアドバイスをしてくれるメンター的な存在として捉えている人もいる。そうでなくても、スマホを開けばいくらでも有名人が仕事のノウハウを解説しています。
そこで私は、若い世代と向き合うとき、自分の言葉を封印して、マンガなどから引用した言葉で答えるようにしています。
「『仕事に救われる朝もある』って、『働きマン』( 安野モヨコ)の中で言っていたよ」「『ちはやふる』( 末次由紀)に出てくる北野先生が、『師を持たない人間は、誰の師にもなれんのだ』って言うんだよね。私はあなたの師にはなれないかもしれないけれど、そういう人を探すと仕事は楽しくなるよ」
などなど。ネットで格言を検索すれば、いろいろな言葉が出てきます。第三者、かつマンガという身近なものから引用した言葉なら、きっと敬遠されずに聞いてもらえます。
「 自分はもっと頑張っていた」「もっと強く叱りたい」...そんな思いを"成仏"させる方法は、自分が受けてきた指導法を、今に合わせてアップデートしていくことです。
もし、どうしても"成仏"できないのなら、同世代と集まって昔の思い出を語らったり、昔の上司に「君はよく頑張ったよ」などと慰めてもらったりするのもいいでしょう。ただ、若手の前でそれをやってはいけません。
あなたが若手の頃に受けてきた教育法も、少し表現方法を変えるだけで、今の若手に受け入れられるものは多いのです。自信を持っていきましょう。