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中国の覇権戦略に、日本はどう立ち向かうのか

櫻井よしこ(ジャーナリスト)

2017年09月17日 公開 2022年12月21日 更新

※本記事は、櫻井よしこ著『地政学で考える日本の未来』(PHP文庫)より、一部を抜粋編集したものです。

膨脹する中国、激変する世界情勢。

「100年に一度」の大変化に直面している日本

数千万もの死者を出した凄惨な第2次世界大戦への反省から、人類は平和共存の道を模索し、理性や愛、善意に基づいた世界を創ろうと努力してきました。自由と民主主義を大事にする。すべての人の人権を尊重し、弱者を守る。法によって国を治め、対外関係においては国際法や条約を遵守して国際秩序を保つ。こうした価値観を掲げ、理想に向かって歩んできました。

しかし、今、そうした歩みに変調が生じています。大きな理由のひとつが中国です。第2次世界大戦後に世界が確立した価値観に真っ向から反する価値観を奉じている中国が、急速に力をつけ、彼ら独自の主張と論理を貫こうとしています。一言で言えば、力によって他国の領土や資源を奪おうとしているのです。膨張主義です。

ロシアがウクライナからクリミア半島を奪ったのを除けば、第2次大戦後に侵略によって領土を拡大した国は中国だけでしょう。ざっと振り返ってみましょう。中国は現在の中華人民共和国を樹立するや否や、かつて「藩部」と位置づけられ、中国と対等の立場にあったチベットを侵略しました。ウイグルや内モンゴルも捏造した歴史に基づいて「中国の領土だ」と主張し、彼らから国土を奪い、元から住んでいる人たちを虐殺し、民族浄化にも等しい激しい弾圧を続けています。同じ漢民族でも、中国共産党を批判すれば逮捕・収監されてしまいます。

彼らの価値観は「中国が世界の中心であり、他国は中国に従うべき」という中華思想に基づいています。しかも非常に知恵の働く人々ですから、自力が不十分な間は「友好」を前面に押し出して援助を獲得し、中国に有利な条件を引出して力を蓄えます。ひとたび自分が優位に立つや豹変し、国際法を踏みにじり、相手の領土も資源も、最新技術の知的財産なども自分のものだと主張し、奪い取ります。

人類の普遍的な価値観である人権についても、中国は「各国には各国の人権のあり方があってよい」と主張し続け、国内での人権弾圧を批判する国際社会の声を封じようとします。中国共産党は「自分たちは正しく、共産党への批判は受けつけない。批判するものは排除しても構わない」と考えています。従って、中国共産党と異なる立場に立つ人々に対しては人間の自由も人権も、さらには生存の権利さえ認めません。

1970年代に入ると中国は領土領海の拡大の矛先を南シナ海、そして尖閣諸島のある東シナ海へと向けました。1992年には南シナ海と東シナ海のすべてを「中国領」とする「領海法」を一方的に制定し、異常な増強を続ける軍事力を背景に、侵略行為を続けてきました。

習近平国家主席の言う「中国の夢」はアジアに覇権を確立することであり、いずれはアメリカを上回る力を持って世界全体を中国のコントロール下に置くことです。その「夢」が実現した後の世界がどうなるのか、想像するだに恐ろしくなります。

こうした中国の遠大な侵略戦略の意図、究極の目的は、地図を見ればはっきりと浮かび上がってきます。地政学を把握したうえで、中国の侵略に立ち向かう知恵と覚悟を持ってほしいというのが本書を著した狙いです。

本書の単行本を上梓した2012年から、あっという間に5年近い歳月が流れました。この間に世界で起きた変化はまさに「100年に一度」と呼べるほど大きなものでした。中国の侵略的野望はより露になりました。ロシアは力治主義に特徴づけられる政治をさらに先鋭化させました。冒頭で触れたように、第2次大戦後に国際社会が目指してきた平和的な秩序が誰の目にも明らかに揺らぎ始めています。

その直接の引き金となったのが、2013年9月にアメリカのオバマ大統領が発したメッセージでした。

13年の夏、シリアではアサド大統領が化学兵器まで使用して、国民を虐殺していました。世界中がアサド政権を倒すことをアメリカに期待しましたが、この時、オバマ大統領が「アメリカはシリアに軍事介入しない」と全米の国民に向けて語ったのです。「アメリカは世界の警察ではない」と二度繰り返しました。この時を境に世界は音を立てて変わったのです。

中国やロシアにとって、恐るべき相手はアメリカです。そのアメリカがもはや国際社会の紛争解決に出てこない、軍事力を行使しないというのですから、中露両国にとっては千載一遇のチャンスです。この間にできるだけ多くの権益を確保したいと彼らが考えたのは当然です。テロリストたちも同じことを思ったはずで、事実、「イスラム国」は一気に勢力を拡大しました。

14年3月、ロシアはウクライナからクリミア半島を奪いました。中国は南シナ海で急ピッチで埋め立てを進め、瞬く間に巨大な滑走路を持つ軍事拠点を築き上げました。世界随一の軍事力を持っていても、その力を使わないことがわかっていれば、軍事力は抑止力たりえません。力の行使を回避し続けたオバマ外交の大失敗によって、超大国として国際秩序を守る役割を果たしてきたアメリカの影響力は大きく後退しました。そして中国やロシアといった侵略的領土拡大を目論む覇権主義国家はその隙をついて素早く行動に出たのです。

15年10月にオバマ大統領はようやく重い腰を上げ、「航行の自由作戦」を展開し始めました。しかし、すでに中国は軍事拠点を築き上げてしまっています。あまりにも遅きに失したと言わざるを得ません。

そのオバマ氏に代わって2017年1月、ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任しました。トランプ政権はオバマ政権とは対照的に「強いアメリカ」を標榜し、17年4月には化学兵器を使用したシリアに対して断固たる攻撃を加えました。私たちはアメリカがオバマ政権の方針を転換することへの期待を高めましたが、その明確な方向性は、17年6月時点ではまだ見えてきません。

トランプ政権が掲げる政策は「アメリカ第一主義」のイデオロギーに基づくものであり、軍事行動を起こすのもすべてアメリカの国益に適う場合に限られます。

それぞれの国が自国の国益を重視するのは当然のことです。しかし、超大国であるアメリカには、時にアメリカの国益を犠牲にしてでも世界の秩序を守る努力をしてほしいという期待が寄せられているのも事実です。そして過去において、アメリカはその期待に十分に応えてきました。トランプ政権は今のところ世界のルールメーカー、秩序の構築及び守護者の役割を十分に果たそうとはしていません。これは戦後のアメリカにおいて初めてのことです。アメリカが世界の秩序を守る立場を降りれば、中国が漁夫の利を得ることは誰の目にも明らかです。

アメリカの方向性が不透明ななか、中国は着実に力をつけ、5年前とは格段に異なる局面に立ちました。いまや中国の世界戦略はアメリカの世界戦略を凌駕するのではないかとさえ思えます。

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