50歳目前に手詰まり感...ミドルは「旧態依然の日本企業」から巻き返せるか
2023年02月24日 公開 2024年12月16日 更新
ジリ貧の売上、活気のない組織、年功序列の弊害....変えなくてはならないことはわかっている。しかし、なかなか変われない....。多くの旧来型の日本企業で働く人が抱えているジレンマだろう。
そんな日本企業のリアルと「変革への処方箋」を描いたのが、『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』だ。
企業変革を進めようとすれば必然的に、社内ではさまざまな問題が起こり、数々の対立が生まれる。改革に無関心なトップ、動かない現場。そして、抵抗勢力はあの手この手で改革をつぶそうとしてくる。
多くの企業の変革を支援してきた木村尚敬氏らは、こうした企業変革のリアルを伝える方法として「小説」という形式を採用した。
50代を目前にふと感じた危機感。時代の波に取り残された企業を変えることはできるのか。本稿ではその一説を紹介したい。
※本稿は木村尚敬著『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』(PHPビジネス新書)からの抜粋です。
ミドルが抱える「危機感」
夕食のあと、いつものようにニュース番組にチャンネルを合わせると、子どものころからよく知っているデパートのアップが映し出されていた。100人規模の人員削減を行うと、社長が発表したらしい。
「お父さんの会社は大丈夫なの」
突然、後ろから娘の沙代に声をかけられ、石原拓海はドキリとした。
「なんだ、大丈夫って?」
「出版も不況業種なんでしょ。今日、大学のキャリアの授業で教わったんだ。本や雑誌って売れてないんだってね」
「まあ、心配するな。活字文化はそう簡単になくなりはしないさ。小さいところは厳しいかもしれんが、そりゃこの時代、どこの業種も一緒だ」
「トゥービッグ、トゥーフェイルってやつ? でも、あのデパートも大手でしょ」
そう言いながら沙代は冷蔵庫から飲み物を取り出すと部屋を出て、ドタドタと階段を上っていった。出版は不況業種、そのとおりだ。石原も冷蔵庫から缶ビールを取り出し蓋を開けると、そのまま一気にあおった。
営業から経営企画部に移って5年。会社全体の経営数字を見る立場になってから石原は、出版がまごうかたなき不況業種であるという現実を日々、突きつけられていた。
石原が新卒で入社した1990年代まで、出版は日本の花形産業だった。ところが、この業界はその後のデジタル化の波に、完全に乗り遅れる。気がつけば、スマートフォンに慣れた若者たちは、それまで本や雑誌に費やしていた時間を、インターネットやSNSに使うようになっていた。
紙の出版物の売上は、96年をピークに毎年減少の一途をたどり、今では全盛期の半分にまで落ち込んでいる。ここ数年で、経営基盤の弱い中堅中小の出版社が何社か倒産した。
石原の勤める大昭和出版は創業以来100年を超える老舗出版社。業界でも5本の指に入る大手だけあって、財務状態にはまだ余裕があるが、それでも安穏としていられる状況ではない。経費削減などでなんとか利益こそ出してはいるものの、もう20年以上業績は横這いが続いている。
特にひどいのが雑誌の落ち込み。かつては『ビジネスジャパン』というビジネス誌が会社のドル箱で、かなりの利益を稼ぎ出してくれていた。それが、2000年代に入ってしばらく経ったころから、徐々に販売部数が下降し、最近では最盛期の半分以下となっている。
それでも会社の看板だからとページを削減し、部数を縮小しながらなんとか延命を図っているが、はっきりいって風前の灯ともしびだ。書籍もまた右へ倣ならえ。ミリオンセラーなどもう何年も出ていない。
出版不況が言われ始めたころは石原はまだ、いくらなんでも自分が定年を迎えるまでに、会社が傾くなんてことになるはずがないと高をくくっていた。だが、今のところ本や雑誌の売上減に歯止めがかかる気配はない。あわてて始めた電子出版も、紙のマイナスを補うにはまだまだ力不足だ。
このままいけばそう遠くないうちに、大昭和出版は赤字に転落する。そうしたら、会社はどうする?
石原が部長を務める経営企画部は経営陣と距離が近い。だが、石原の目には、今の経営陣が危機感を抱いているようには見えない。石原が知っているような経営数字は、全員が共有しているはずなのに、それでもだ。
石原の頭には人柄と調整能力だけで社長になったと噂されている、宮本耕造社長の穏やかな顔が浮かんだ。この社長に危機に立ち向かう胆力やアイデアがあるとは、石原にはどうしても思えなかった。
さすがに社長だって、これまでのビジネスモデルが通用しなくなってきていることぐらい気づいているだろう。それでも、自分が社長でいる間くらいならなんとかもつと思っているのではないだろうか。たぶん、ほかの役員連中もみんなそうだ。
だから、新規事業を立ち上げて新たな収益機会を作ろうといった発想が出てこないのだ。
そうなると、奴らが考えるのはただ一つ。リストラだ。社員数を減らして最大の固定費である人件費を圧縮すれば、何の工夫をしなくても、現在のビジネスモデルを数年は延命することができるからだ。
終身雇用が当たり前だったひと昔前は、経営が苦しいからと社員を解雇などしようものなら、その企業は社会からいっせいにバッシングを受けた。
だが、バブルが崩壊するともう背に腹は代えられぬと、日本を代表する大手家電メーカーなどが、早期退職の名目で千人規模の人員削減をいっせいに始めた。そして、いつしか世間もそれに慣れてしまった。
今はどこの会社も、リストラを躊躇することはなくなった。むしろ、リストラを断行することで株価が上がるくらいだ。
石原の缶ビールはすでに3本目になっていた。酔いが回るにつれ理性の歯止めが緩くなった石原の思考は、どんどんネガティブに振れていく。
会社は年輩の給料の高い人間こそ辞めさせたいはずだ。そうなると今年48歳になる自分は、もろにターゲットということになる。でも、辞めてどうする。若い営業パーソンや編集者ならともかく、同業他社で50近くの管理職を採用してくれるところなどありはしない。
かといって今さら未経験の職に就いたら収入はガクッと減るだろう。もちろん、辞めれば多少上乗せされた退職金を手にすることはできるはずだ。でも、家のローンや子どもたちの学費と天秤にかけたら、明らかに割に合わない。
結局、会社にしがみつくしかないのか。だとしても、社内に俺の居場所はあるのだろうか。
「今日はずいぶん飲むのね。何かいいことあったのかしら」
風呂から上がって部屋に戻った妻の洋子が、テーブルの空き缶を見て石原にそう声をかけた。
「まだ飲む? あたしもつきあおうかな」
「いや、明日も早いしもう寝るよ。おやすみ」
今夜は一緒に飲んだら愚痴しか出てこないのはわかっている。石原は立ち上がると、点けっ放しだったテレビを消した。
いつもと違う中期経営計画
「石原君、君が中心となって中計をとりまとめてくれないか」
翌朝、石原は出社するとすぐに上司の島肇経営企画本部長に呼ばれ、こう言われた。
大昭和出版では、数年前から3年ごとに中期経営計画、いわゆる「中計」を作っている。会社の業績が右肩上がりだったころはそんなものはなかった。出版不況で本が売れなくなって、それまでのように毎年同じことをやっていればいいというわけにもいかなくなり、あわてて作り始めたのだ。
といっても、そこに新時代に向けての経営刷新という要素はほとんどなく、単に、「現在、売上は低迷していますがちゃんと先のことを考えているから大丈夫ですよ」という、対外向けの言い訳のようなものに毎回なっている。
中期経営計画の策定は、経営企画部の仕事だ。これまでは本部長である島がプロジェクト・リーダーを務めていた。今回はその役目を石原に任せるというのだ。
「中計っていってもウチのはそんなに大変じゃないからさ。前回の3年前に僕が作ったやつがあるじゃない。さすがにあのまんまじゃまずいけど、基本線はあんな感じで。あとは数字をやりくりして、うまく利益が出るようにしてくれればね。銀行にも見せるからさ。じゃ、頼んだよ」
いかにも、会社の保守本流を無難に歩んできた「調整型」の島らしい話の進め方だった。
石原は自分の机に戻ると、腕を組み考え込んだ。
たぶん、島さんの言うように、中身は前回とまったく同じで、数字だけ入れ替えて作っても、役員連中は誰も気づかないだろう。奴らにとって大事なのは、中計を作ったという事実だけなのだ。
だったら体裁だけ整えてさっさと終わらせるか。
昨日までの石原だったらきっと、そうしていただろう。だが、今日の彼の頭の中には、昨夜の余韻がまだ残っていた。
入社以来、営業一本で約20年過ごしてきた石原にとって、5年前の経営企画部への異動は寝耳に水だった。期待の表れだと言ってくれる人もいたが、本人は営業として伸びしろがないと判断されたのだと理解していた。
あれから5年。経営企画部の仕事には慣れたが、確たる実績を残せたわけでもない。一方、営業に戻ろうにも、すでに自分より若い世代が台頭している。転職しようにも、5年も営業現場から離れてしまった自分が、いい条件で転職できるとも思えなかった。
泥船なのに逃げ出すこともできないのなら、いっちょ勝負してみるか。
「ちょっといいか」
石原は立ち上がると、部下の本村美咲と黒川勇樹に声をかけ、会議室に向かった。