寿司職人の小川洋利さんは、日本のすし文化を全世界に広めるため、世界50カ国以上にわたって、すし指導員として外国人シェフに調理指導をされています。小川さんは、世界の「寿司」への印象が以前と変わってきている、と明かします。
※本稿は、小川洋利著『寿司サムライが行く! トップ寿司職人が世界を回り歩いて見てきた』(キーステージ21)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
日本思考? 海外思考? 考え方ひとつで寿司の意味は大きく変わる
娘が中学生ぐらいのときに、「お父さんのお店はマグロが2個で500円するけど、回転寿司は2個で100円なのよ」と言ってきました。「この違いなんなの?」と。
この価値観や味をわかってくださるお客様が、今後どんどん減っていくのかと不安を覚えます...。「回転寿司のほうがいいじゃん」という意見が増えてきているのも現実です。「じゃあ、あなた、そのネタはどこの産地のものを食べてるの」と聞くと、ほとんどのネタが海外から輸入された魚だったりします。
では、日本の魚は誰が食べてるかというと、最近では寿司ブームで海外の人が食べています。今はまさにこれが現実。なぜかというと、海外の人たちは値段よりもよいものを食べようという気持ちが強いので、日本の魚をどんどん買って行くのです。
そして、日本人は少しでも安いもの、安く仕入れられる海外の魚を食べるという逆転現象が今起きています。これまでは電化製品や車を外国に輸出して食べ物を輸入していたのが、今は食べ物を海外に輸出して、海外の食べ物を輸入して日本で食べているという状態。日本は安い安い思考にどんどん移ってきている。
よい例が牛丼です。味や質やサービスで勝負しているんじゃない。向こうの店は300円にしたから、じゃあうちの店は290円、向こうが290円にしたらこっちは280円って、結局、価格競争で共
倒れになってしまう。安くておいしいというのはすばらしいことですが...。
ドイツでベンツを値下げしますか? ブランドだって、グッチを値下げしますか? という話ですよ。ドイツやオランダや、ヨーロッパのほうでとくにそうですが、ブランドは絶対に値下げしないでしょう。値段と品質を保って、それでもみんながすばらしいと言って買って行くのです。
シャネルにしてもなんにしても、ブランドというのは、安い偽物があったとしても、みんなが本物を買いたがる。日本ももっと食に対して、プライドを持ってやってもらいたい。値段じゃなくて、違う価値で勝負してもらいたいです。
2008~2011年頃にニュースになったのですが、海外の寿司店が、日本の初競りでマグロを落とそうとしました。さすがに初競りで海外の会社に落とされたら、日本人として情けないですよね。翌年の初競りのまぐろは縁起ものだから、日本の寿司店と半分半分で買ったという話を聞いたことがあります。
海外で勢いを増す、寿司業界
ここ近年寿司業界は海外のほうが勢いがありますね。海外に行くと、富裕層が日本と比べものにならない。とにかくお金に糸目をつけないから、いいものを出せと...。マレーシアやタイ、シンガポールでも高級な寿司屋が人気になっています。日本は低価格志向になってしまった。これはさびしいことだと私は思います。
以前、お客様のお子様に「パパ、ここのお寿司回ってないよ」と言われたことがあります。決して回転寿司が悪いとは言いません。私も好きですし。でも回転寿司だけで育ってしまうと、本来の寿司店が「なんでこんな高いの!?」となりますね。きちんと使い分けるといいですよね。普段は回転寿司だけど、年に2回はいいところで食べるとか。
何度も言いますが、決して回転寿司を否定してるわけじゃなく、値段値段だけでやってもらいたくないということです。
安いものを追い求めていると、人件費を減らすしかなく、従業員の給料だって下がります。雇用もダメになって、全体的におかしくなっていく。せっかく日本人は勤勉で作るものの品質も海外で絶賛されているのだから、それなりにブランド化してプライドを持ってやってもらいたいものです。
以前の海外では、寿司といえば巻物というイメージでした。日本では、寿司といえば、巻物よりにぎり寿司をイメージします。その考え方がまったく違っていて、海外に行くと以前なら、私がにぎりをやっても誰も興味を示しませんでした。
ただご飯の上にネタがのってるだけじゃないか、というイメージだったのが、2011年に『二郎は鮨の夢を見る』(原題:Jiro Dreams of Sushi)という銀座の「すきやばし次郎」の店主であり、90歳を超える年齢の寿司職人・小野二郎氏の物語を描いた映画が、アメリカで公開されて、大ヒットとなりました。寿司職人のあり方が描かれている、ミシュラン史上最高齢の3つ星シェフのドキュメンタリー映画です。これが日本の寿司職人のイメージを変えました。
普段から手を守るためにずっと手袋をつけて、こだわって仕込みをする一つのにぎりに込めた寿司職人の映画で、それからにぎりへの世界の関心が一気に増えました。前まではそんなことは一切なかったけど、海外からにぎりを教えてくれという依頼も増えてきて、周りからの寿司職人への見方が変わってきました。
実際のところ寿司職人と日本料理職人はあまりよい関係ではありません。日本料理は関東や関西など、地域により、流派や派閥があるのですが、寿司の業界は地域によっていろいろな寿司の種類はありますが、全国の組合は一つにまとまっています。
日本料理の職人は、寿司職人を下に見ている人が多かった。日本料理の仕事は大変で、八寸、焼き物、煮物、花板など、一人前の職人になるのにとても時間を要します。最近、寿司ブームとともに寿司職人の見方が変わって、寿司に対するこだわりなど、さまざまな点で見直されてきました。
最近では、職業として寿司職人を目指す人が増えてきています。あとは、その人の性格にもよります。接客や会話が好きな人は寿司職人が向いているし、接客よりも裏方で料理に集中したい人は日本料理の職人が向いています。
多様な海外の寿司店
海外の寿司店は、基本的に調理場で寿司を作っていますが、最近ではスシバーという形式もあります。薄暗くてジャズの音楽などが流れているところで、ラフな格好をしキャップをかぶって、ディスコのようなにぎやかなところで、ちょっとチャラい男が寿司を作ったりしている。
日本の寿司店では、板前がピシッと帽子をかぶって前掛けをして、カウンターでお客様と向き合いながらやってるというイメージがあると思いますが、海外のほうではラフになってきているところもあり、クラブの中で寿司を取り入れたりしている店もあります。
ロンドンの人気の寿司店で、「寿司サンバ」というお店があります。ロンドンの街を一望できて、ノリノリの音楽が流れている中で、モダンな寿司を提供し、ワインを飲みながら食べられるにぎやかなお店です。バンコクでもそういうお店が増えてきました。ショーを見ながら寿司が食べられるお店で、連日満員御礼。それぞれの国で、寿司だけでなくお店の色も進化を遂げている。
私としては、寿司職人として寿司を通じて世界各国のお客様によろこんでもらえて、とてもうれしいことです。
寿司は手軽なんですかね、軽くつまみやすいというのがあるのでしょうか。巻物はちょっとしたお皿にきれいに盛り込めば高級感も出るし、寿司は、いろいろなバリエーションができるのだと思います。
イタリアなどでは一口サイズで小さく切った方がうける。香港や上海では厚くボリュームがあった寿司がうけたり、国によって出し方もさまざまで、店の空気によってもいろいろなシチュエーションで寿司を出すことができます。