プレゼンや会議の場面で、「自分の言葉で伝えることができない」と悩む人は少なくない。伝わる言葉はいかにして身につけられるのだろうか。
アナウンサー、キャスターとして約25年のキャリアをもつ富川悠太氏は、テレ朝系「報道ステーション」のメインキャスターを6年ほど勤め、今はトヨタ自動車のオウンドメディア「トヨタイムズ」で変わらず視聴者に向けた発信の仕事を続けている。
ベテランと言える豊川氏だが、伝える仕事を続ける中で数々の失敗も経験してきたという。新刊『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』で語った、臨機応変に自分の考えを言語化する方法について紹介する。
※本稿は、富川悠太著『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』より、内容を一部抜粋・編集したものです。
言語化するトレーニング
自分の言葉で伝えるためには、まず自分がどのように感じているのかを「言語化」する必要があります。何となく思っていることはたくさんあっても、言葉にできなければ伝えられないですよね。
物事の状況を相手にわかりやすく説明するにも「言語化」は必須です。報道番組で現場中継をする際には映像がありますが、映像だけではわからない部分を言葉にして伝える必要があります。言語化が苦手で、なかなか言葉にならないと思う人は、こんなトレーニングをやってみてはどうでしょうか。
トレーニング1:実況中継
自分がいま見ているものを実況中継するように言葉にしていきます。「いま私はカフェにいます。木製のどっしりとしたテーブルと革張りのソファ。落ち着いた雰囲気のカフェです。お昼前の時間なのでお客さんはまばらです。メニューを見てみましょう……」。日常のどんなことでもOKですから、言葉で説明する練習をしてみてください。状況の言語化がうまくなるだけでなく、観察力もアップします。
トレーニング2:自分自身に取材
「座右の銘」について「なぜ、その言葉が大事なのですか?」と聞いたように、自分に質問します。質問には言葉で答えようとしますよね。自分自身に取材するつもりでやってみてください。たとえば本の感想を言葉にしたいと思ったら、「なぜこの本を選んだのですか?」「読んでみてどうでしたか?」「どこが一番面白かったですか?」というように質問し、自分で答えていくのです。
トレーニング3:日記を書く
日記を書くのはよいトレーニングです。後輩アナウンサーや、アナウンサーを目指す方々にはよくおすすめしています。面白い出来事があったとか、新しいチャレンジをした、人に会ってこんな会話をしたなど、書きたいことがある日だけでかまいません。文章にしようとする過程が言語化するトレーニングになりますし、書いたものを読むことで客観的になれるので、俯瞰するトレーニングにもなります。
文章を覚えるのではなく、ポイントを頭に入れておく
いまでこそ台本なしでその場で臨機応変に話せるようになりましたが、以前は話すことをきっちり決めていました。生放送での現場中継は、時間が決められています。
「3分で伝える」というのに、台本なしでのぞむのは不安すぎました。台本といっても、自分でつくった台本です。現地で取材した内容をもとに組み立てを考え、文章にして「ここでこれを話す、次にこれを話す」というのをメモ書きしていたんです。中継しながらメモを見ることはできないので、本番前にそのメモを頭に入れてのぞみます。
ところが、これで大失敗したことがあります。台本の文章を覚えようとしていたため、ハプニングがあったとき、台本が飛んで頭が真っ白になってしまったのです。忘れたくても忘れられません。あれは2005年、竹ノ塚駅踏切事故の現場からの中継でした。
「(歩きながら)東京都足立区の竹の塚の商店街を抜けてすぐにあるこちらの踏切は"開かずの踏切"と言われており……」
カメラワークを意識しながらの、動きのある中継。フィールドリポートがようやく板についてきた頃です。私は事前に考えた文章を順番に喋ることで乗り切っていました。
突然、「バン!」と大きな音がしました。「えっ、何の音だろう?」と気を取られた瞬間、頭の中の台本が消え去りました。次に何を言えばいいのかわからず、しどろもどろです。
スタジオの古舘さんが質問を投げかけつつフォローをしてくれましたが、頭に血が上って、何を言っているのか自分でもわかりませんでした。思い出すだけで冷汗が流れます。あれは何の音だったのでしょうか?結局わからないままでした。
それ以来、私は台本をつくるのをやめました。失敗の原因は、頭で文章を覚えようとしていたことです。当時も、丁寧に取材をして情報を集めていたのですから、ハプニングがあろうと、どんな質問が飛んでこようと伝えることはできたはずなのです。それなのに、台本が消え去ったことでパニックになってしまいました。
そこで、伝えたいポイントだけを覚えるように変えました。たとえば、「地名」「現在の様子」「事件当日の様子」「町の人の声」についてキーワードだけメモして覚えておきます。話す順番は一応決めてありますが、その場で臨機応変に対応します。中継している最中に、想定外の出来事が起きるのも珍しいことではありません。ポイントだけ押さえればいいのであれば、どうにでもなります。
時間を見ながら「これは省略しよう」「この話は半分に縮めよう」と考えて進めることができるのです。スピーチ、講演、プレゼンなどではあまり想定外のことは起こらないかもしれませんが、文章で覚えていると、それを忘れたときのリスクがあります。台本よりも、「伝えたいポイント」のほうを重視して頭に入れておくのがいいでしょう。
資料のポイントを目立たせるルールをつくる
会議での報告やプレゼン、お客様に商品の説明をするときなど、資料を使って伝えることは多いと思います。基本的な内容は頭に入っていても、正確な文章を伝える必要があったり、読み上げる必要があったりする場合もあるでしょう。何も見ずに話すことは少ないかもしれません。
資料やメモを見ながら話すときは、つらつらと読み上げるのではなく、重要な箇所を意識しながら読むと伝わりやすくなります。
自分用の資料には、手書きで印をつけてポイントを目立たせておくことをおすすめします。もとの原稿の文字を太字や赤字にして強調することもできますが、「それを見て話す」という観点でいうと、手書きのほうが目に飛び込んできます。
資料を確認しながら「ここは絶対に忘れないようにしないと」「ここは強調したい」というところに手を使って印を書き込みます。その作業によって、頭にも刻まれます。手書きでポイントを目立たせる際の、自分なりのルールをつくっておくといいでしょう。
テーマとなるキーワードを丸で囲む、強調したい点にアンダーラインを引く、忘れたくない箇所に☆マークをつけるなどです。アナウンサーはニュースの原稿を渡されたとき、こういった作業をしています。私もスタジオで緊急のニュース原稿を渡されることがよくありました。
その場で瞬時に理解して、きちんと伝えるためには、自分なりのルールで原稿にポイントを書き入れ
ます。ルールが決まっていると、作業の時間が短くてもポイントを落とさないようになります。