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埼玉の医師がスタートアップを起業 異色のキャリアに導いた「自分はできる」という思い込み

多田智裕(株式会社AIメディカルサービスCEO)

2024年09月18日 公開

いま、内視鏡検査(胃カメラ)中にAIによって医師の診断を支援する「内視鏡AI」が注目されています。開発したのは、現役の内視鏡医であり、株式会社AIメディカルサービスCEOの多田智裕氏。埼玉の開業医がなぜ世界から注目される内視鏡AIを開発することができたのでしょうか? 多田氏を成功に導いた"自己効力感"とは?

※本稿は、多田智裕著『東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話』(東洋経済新報社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「思いの強さ」が武器になる

「内視鏡AIに着目するなんて、さすがですね」
「多田は『持ってる』ね」

そう言われることがあります。しかし、私はその評価をすんなりと自分自身で受け入れることはできません。

画像認識が得意なAIに、画像診断である内視鏡検査を組み合わせようという発想は、誰でも思いつくことです。内視鏡を扱う医師であれば、"秒"で思いつくでしょう。実際、「オレも同じようなことなら多田より先に思いついていたよ」と、何度も言われました。私がAIメディカルサービスを設立した2017年頃に内視鏡AIの研究開発を始めた人を何人も知っています。

私がもしもほかの方より少しだけ優れたところがあるとするなら、それは事業の芽を見つけることだとか、発想能力に長けていたとかではありません。思いついたアイデアを、自分がやり切ると覚悟を決めて、できうるかぎりの時間を投じて、やるべきことを調べ上げ、しっかりやり切ってきたことだと思っています。

ちゃんと毎日、着実にやるべきことをやる。結果を出し、次につなげる。それを継続してきたからこそ、大きな次の可能性をつかむことができたし、第1弾AI製品の発売にもたどり着くことができました。

やり切るためにかける「思いの強さ」だった、とも言えるかもしれません。事業を思いついていた人は、なぜやらなかったのか。それは、それだけの時間と労力を注ぎ込む思いがなかったからでしょう。もし本気の思いがあるのであれば、やってみたはずなのです。

でも、やらなかった。私は、やりたいと思って実際資金提供や協力をしてくれる方々を募り、さらにはやり通したのです。そして今、自分の中では、AIメディカルサービスが内視鏡AIの分野において世界ナンバーワンのグローバルトップ企業になるイメージしかありません。

 

自尊心を捨てよ、自己効力感を持て

「やりたいとは思うけれど、自分にはできない気がする」という人には、自己効力感を持ってほしいとも思います。日々、もっというならば毎秒毎秒、自分はだめなやつだと思うのか、自分はできるやつだと思うか。そのどちらかで、思考そして行動は少しずつずれていくものではないでしょうか。

毎日取りにいく情報も変わってきます。行動はもちろんつき合う人も変わります。この世で一番いけないことは、自分で自分自身をだめだと思うことだと私は考えています。まず「自分は何かできる」と思うところから始めようではありませんか。

ただ、ここで私が誤解してほしくないのは、自己効力感は自尊心とは違う、という点です。

自尊心は「自分自身・自分という存在」に対して肯定的な考えを持っていることです。それを否定するわけではありませんが、自分のやっていることが正しいという考えには危険も伴います。

たとえば、試験でいい点が取れなかったとき、自尊心の強い人は「試験が適正でなかった」と考えてしまう恐れがあります。逆に、自己効力感の強い人なら、「自分はこの試験がクリアできるはずだからもう一度やってみよう」と発想します。

「やりたいとは思うけれど、もう遅い気がする」という人には、年齢を言い訳にする理由はまったくないと伝えたいと思います。

私と同じくらいの年の人でも、「もう50歳なので、新しいことは覚えられません」と言う人がたくさんいますが、そんなことはまったくありません。

人間はつねに成長できるんだ、何か変わっていけるんだ、自分自身は何かできるんだ、という考え─グロースマインドセットという考え方が好きです。グロースマインドセットを因数分解していくと、確信力になるのではないでしょうか。

 

思い込みから自由になる

「人生の99パーセントは思い込み」とも言われますが、「自分にはできない」「そんな能力はない」というのも、一つの思い込みです。

実はたまたまいた環境が悪かっただけかもしれません。自分自身にとって得意なことをやってこなかっただけかもしれません。

チャンスがめぐって来たらとか、自分に自由にできる資金があればとかいう「たられば」はいますぐやめてほしいと思います。そうではなく、自分が生きている証しとして、これを成し遂げたいから...という「○○だから」という発想に考えを切り替えてみてはいかがでしょうか。

2023年に日本消化器内視鏡学会総会で行われた特別講演で、元プロ野球選手で前人未到の三冠王を3回とった落合博満さんの話を聞く機会がありました。テーマは「技を極めるために」です。

落合さんがお話しされたのは、練習することがすべて。練習はうそをつかない。練習できない人は、つらいと思うから練習できない。プロ野球の試合にレギュラーで出続けるために、最低限必要なことをやっているんだと思えば、全然つらいと思わないはずだ。そういった話でした。

ただ、勉強すれば勉強するほど悲しくなることもあります。自分たちが一番だと思っていたのにもっと優れた相手がいるとか、自分たちのしてきたことが間違っていたと悟ることもあるでしょう。「知らなきゃよかった」ということも多いかもしれません。でもそれは逆に、自分の思い込みからより自由な世界に移動できたということでもあります。

 

起業という選択肢をもっと身近に

私は医師から起業したわけですが、今後はぜひたくさんの医師に起業に挑んでほしいと願ってやみません。

医師免許があれば、いつでも日本中のどこの医療機関でも働けるのが医師です。今の職場に一生涯いなければと思う必要はこれっぽっちもないはずです。もっと自由に、自分のやりたいことに積極的にチャレンジしてほしいと思います。

医師は能力の高い人が多いです。その能力を実臨床への貢献のために使うことはもちろん重要ですが、日本全体のために、また世界を変えるために使おうと思う人が一人でも増えてくれたら、私としてもこれほど心強いことはありません。

今までは、医師になってからの大きな選択は、「臨床の道」を歩むか、「研究の道」を歩むか、でした。私はここに、第3の道、「起業の道」を新たな選択肢に加えてほしいと思います。

勤務医なら開業してもいいし、起業してもいい。開業しているなら、すでに一つの"起業"を果たしているわけですから、別の起業にチャレンジしてみるのはどうでしょうか。研究者も、今の研究を生かして起業する、というところまで視野に入れてほしいと思います。

医師もそうですが、日本には優秀な人がたくさんいます。私がそういう人たちに問いたいのは、あなたの能力は本当に最大限使い切れていますか、ということです。

使い切れていないのであれば、それこそが本当のリスクなのではないでしょうか。自分の持っているポテンシャルを生かし切れていない、ということだからです。人生は、もっともっと輝くはずなのです。

ぜひ、高い目標を持って新しい挑戦をしてほしい。世界を変えるような、世界をあっと言わせるようなことに挑んでほしい。そういう人と一緒に語らえる日を、私は楽しみにしています。

 

著者紹介

多田智裕(ただ・ともひろ)

株式会社AIメディカルサービスCEO,医療法人ただともひろ胃腸科肛門科理事長

1971年東京都生まれ。灘中学校・灘高等学校を経て、1996年東京大学医学部卒業、2005年東京大学大学院医学系研究科外科学専攻修了。虎の門病院、三楽病院、東京大学医学部附属病院、東葛辻仲病院などを経て、2006年埼玉県さいたま市の武蔵浦和メディカルセンター内に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。2017年AIメディカルサービスを設立。2022年シリコンバレーとシンガポールに現地法人を設立。

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