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産業界と手を組み「黒船」を迎え撃て

高木勇樹(NPO法人日本プロ農業総合支援機構副理事長)

2011年01月31日 公開 2022年08月17日 更新

1日も早くTPP交渉の場へ

 2010年11月末、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加への道筋をつけるため、政府は菅首相を議長とする「食と農林漁業の再生実現会議」を設置した。しかし、民主党内にもTPP参加に消極的な議員は多く、同会議に対しても農業改革の具体策を議論する舞台としては期待できない、という厳しい見方が存在する。

 政府の基本方針は、「情報収集しながら、国内の環境整備を急ぎ、関係国との協議を開始する」というものだが、国内向けならともかく、これはすでにTPPに参加表明した関係9カ国には、通用しない論理である。げんに、曖昧な態度に終始している日本に対しては、交渉へのオブザーバー参加すら認められていない。海外への輸出に依存する製造業を中心に、産業界の苛立ちは募るばかりだ。

 いまや国論を二分した感のあるTPP参加だが、私が指摘したいのは、日本がTPPの交渉の場に参加することが、すぐに例外なき関税撤廃の受け入れにつながるわけではない、という点だ。むしろ、コメをはじめ、自由化の例外品目や段階的措置を望むならば、1日も早く関係国との協議交渉に入るべきである。たしかにTPP交渉は、農産物についても原則的に例外品目を認めないという方針で進んでいるが、日本不在のあいだにこうしたルールが固まってしまえば、参加へのハードルがとてつもなく高くなってしまう恐れがある。そうなってからでは遅い。

 思い起こすに、1986年からのGATT(関税・貿易に関する一般協定)のウルグアイ・ラウンド交渉では、「コメはひと粒も入れるな」との反対論を与野党はともに支持した。さりとて米欧主導の自由貿易体制からの孤立を恐れた日本は、期限ギリギリまで交渉を先延ばしにした挙げ句、コメについては「例外なき関税化の例外」を認めさせた。だが、その条件として米国の要求する毎年一定量の加重されたミニマムアクセス米(最小限の輸入米)を「丸呑み」せざるをえなくなってしまったのである。このような愚を、TPPでは繰り返してはならない。

 日本はいまからでもTPP交渉の場に加わり、それこそ、関係国とのあいだで「情報収集」を進めるべきなのであって、その過程でTPP参加がほんとうに「国益」に適うかどうかを、冷静に判断すればよいのである。

“平成の農地改革”を阻むもの

 TPP参加の是非について、国内で冷静な議論が進まない理由の一つには、政局に対する思惑から、政治家の腰が定まらないことがあろう。しかし、TPP参加によって海外から安価な農産物が押し寄せ、日本の農業が壊滅するといった主張には、正直、大いなる違和感を抱かざるをえない。

 TPP参加、不参加にもかかわらず、すでに日本の農業は、負のスパイラルから脱しえない状況にある。象徴的な数字を挙げれば、ピーク時には約11兆円あった農業総生産額が、この20年間で3兆円強も減少。また、農業従事者の平均年齢は、いまや65.8歳。ここ10年間で確実に高齢化が進んでいる一方で、新たな担い手となる若年層は激減した。

 結局、現在の戸別所得補償制度(国際化に対応するものでないのであれば、“バラマキ”と批判されてもやむをえまい)のような「守り方」を続けているだけでは、日本の農業から「供給力」そのものが失われていく可能性もある。そして財政負担の限界から、最後は「守りきれない」という話になってしまいかねない。まず、この状況を客観的に直視すべきである。

 歴史に学べば、昨今の農業問題の原点は、1942年に定められた食糧管理法にある(95年に廃止)。たしかに、戦中、また戦後のある時期まで、国民の「生きる糧」であるコメの安定確保に、食糧管理法が果たした役割は大きい。しかし、政府がコメの需給や価格を完全にコントロールし、流通の規制を行なうという仕組みは、農家から「創意工夫」を実践する意欲を奪うものでもあった。

 もちろん、政府主導のコメの価格形成に市場原理を働かせようと、69年に自主流通米が導入され、90年には価格形成の場も発足した。農家のなかには、コメのブランド化や外食産業との提携、餅への加工などといった「経営ノウハウ」の蓄積に成功するところが出てきたのも事実である。

 とはいえ、いまだ水田農業全体の足腰を強くするまでには至っていない。それは、農地の集積が進んでいないからだ。いわゆる“農地法の壁”である。

 農地法は、大地主の解体を目的に断行された戦後の農地改革の成果の維持を理念として、52年に公布された法律だ。農地は耕作者自らが所有するという思想は「耕作者主義」と呼ばれ、農協のビジネスモデルを支える戦後農政の根幹となったが、2005年には耕作放棄地が約38万haにも及ぶなど、その理念の破綻が明白になった。

 そこで2009年末、農地法は大改正され、一定条件の下に一般企業やNPO法人にも農地の所有が認められた。20年以内とされてきた賃貸借の期間も、50年以内に拡大された。92年の「新政策」のころから、私が唱えていた「農地の所有と利用の分離」がようやく一部実行に移されたわけであるが、しかし現実には、農地の集積は遅々たるものである。

 その理由は、法律面にもあるが、主に運用面にある。農地の売買や転用の管理を担う農業委員会(市町村に置かれる行政委員会)がいまだ旧来の思想から、完全に抜け出せないでいるからだ。これでは“平成の農地改革”は進まない。当面の措置として、農地情報の開示を前提として、農業委員会のほか、土地取引に長けた不動産業界で構成される新しい運営母体を設立し、両者を競合させてみるのも手であろう。

 結論をいえば、相次ぐ省令や通達、解釈通達によって、ひと握りの官僚にしか理解できないような“訓詁学”と化した農地関連法制度の廃止に踏み込むべきなのである。そして、「農地の所有と利用の分離」の思想に立脚した、「農家」以外の者にも使い勝手のよい、わかりやすい新・農地法と経過法を制定すべきだ。

IT&ロボット技術の導入を

 日本の農政について、問題点ばかりを挙げてきたが、私は必ずしも日本農業の未来が暗いと考えているわけではない。むしろ、農業経営者が「創意工夫」への意欲を失うようないまの仕組みを改めれば、日本の農産物および農業技術が海外を席捲する「強い農業」復権の日も、そう遠くはないと考えている。

 たしかに、わが国では少子高齢化が進み、経済力の低下が懸念されているが、世界的にみれば、個人所得はまだまだ高い水準にある。しかも、味や見た目にもとてもうるさいが、おいしければそれなりの対価を払ってくれる消費者の存在は、日本の農産物がおのずと国際競争力を備える点でプラスだろう。実際、「日本の作物はおいしくて、かつ安全で安心」というのは、いまや広く世界で常識となっている。しかも、日本は目覚ましい経済発展を続ける東アジアの東端に位置しているわけで、いわば無限の市場を前にしているのだ。

 果物や野菜を例にとれば、日本の農産物がなぜおいしいのか、その要素の一つとして、糖度の高さが挙げられる。そのためにも、今後は輸出先の相手国で、日本の農産物の鮮度を保つための基礎的インフラづくりが重要である。それに加えて、知的財産権の分野において「日本ブランド」をきちんと守っていくような方策が求められる。じつは、新潟の「コシヒカリ」を中国で販売しようにも、かの地ではすでに商標登録が行なわれているのだ。莫大な使用料を払わないと「コシヒカリ」という名称を使えないという、頭を抱えるような現状がある。このような輸出の基礎的インフラづくりや知的財産権の管理はとても一農家では対応できず、今後、官民挙げて取り組んでいくべき、まさに戦略的な課題である。

 さらに、日本の農業の強みとして、じつはこの国の製造業の存在が挙げられる。日本はITやロボットの先進国であり、これらの技術を積極的に農業に導入していくことが必要だ。たとえば、いまだ実験段階ではあるが、ロボットを使用し、無人で田植えを行なう研究が進んでいる。また、私が知っている野菜農家の例では、およそ300カ所に小分けされた農地を、携帯電話を使ってサーバーで一元的に管理するようなシステムを開発した。いつ農薬や肥料をやったかという情報がひと目でわかるようになっている。これがトレーサビリティー(生産、流通、消費の各段階の履歴の追跡可能性)の向上につながり、付加価値を生んでいるという。

 もともと、「おいしいものをつくりたい」という日本の農業経営者のマインドは非常に高い。これは、モノづくりに懸けてきた日本の産業人も同様である。だからこそ、私は、農業界と産業界は互いの利益を主張して、TPP参加をめぐる議論でみられたようにツノを突き合わせるのではなく、共に手を取り合い、知恵を出し合って、日本の農業の再生に取り組んでほしいと願う。そもそも農業は、われわれ日本人の伝統文化の源でもある。平成の「黒船」到来といわれるTPPを機に、いまこそ真の国益を見極めた大改革を行ない、次代を切り拓くべきであろう。

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