やりたい放題の有隣堂公式YouTube 成功の影にあった「口を出さない」経営層の存在
2025年07月29日 公開
38万人もの登録者数を誇る『有隣堂しか知らない世界』、通称『ゆうせか』。老舗書店・有隣堂の公式YouTubeチャンネルで、その人気を牽引するのが異色のキャラクター、R.B.ブッコローです。ゆうせかを実際に見てみると、忖度のない素直な発言を連発するブッコローに「本当に企業YouTube?」と驚く方がいるかもしれません。ゆうせかは、一体どのようにしてこれほどの成功を収めたのでしょうか。
『有隣堂しか知らない世界』プロデューサーのハヤシユタカさんの書籍『愛される書店をつくるために僕が2000日間考え続けてきたこと キャラクターは会社を変えられるか?』より紹介します。
※本稿はハヤシユタカ著『愛される書店をつくるために僕が2000日間考え続けてきたこと キャラクターは会社を変えられるか?』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
生配信で起きた事件
登録者数がみるみる減り続け...
――2024年8月 ゆうせか開始から4年2カ月後
視聴者の皆さんに一杯食わされた......と思える出来事があった。それはYouTube お馴染みの「生配信中にチャンネル登録者数30万人突破なるか?」という企画で起こった。画面上に登録者数のカウンターを映しながら配信し、
30万人突破の瞬間を視聴者の皆さんと一緒に喜ぶという、幸せあふれる内容だ。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
登録者数29万7000人ほどで始めた8月8日の生配信では突破できず終わってしまい、その2週間後、8月22日に再び配信を行うことになったが、開始直前に登録者数は30万人を突破してしまう。
やむなく「視聴者への感謝を伝える配信にしようね」と切り替えて配信を始めたのだが、開始から5分ほど経ったところで異変が起こる。
登録者数がみるみる減り始めたのだ。
そして配信開始から17分後には、ついに30万人を下回ってしまう。出演していたブッコローとYouTubeチームの渡邉郁さんの絶叫が響き渡る。
だが、下回ったのはほんの30秒間ほどだった。数字はすぐ増え始め、2度目の30万人突破の瞬間が配信される。ブッコローの「達成いたしましたー!」の喜びの声と共にコメント欄が祝福の言葉であふれかえった。
僕たちは、視聴者の皆さんに弄ばれたのだ。おそらく「すでに到達した30万人」ではなく「30万人突破の瞬間」で喜びたかったのだろう。わざわざ一度チャンネル登録を外し、そして30万人を下回った直後にまた登録して、突破を祝福してくれたのだ。
この茶番を誰かが指示するわけでもなく、数百人規模で自然発生的に一丸となって行われたという事実に僕は驚愕した。そしてこういう熱い思いを持つ視聴者の人たちに支えられ、ブッコローは存在できているんだなと、改めて思った。
見た目は愛くるしく、それでいて時に危ういと思わせるような素直な発言を放ち続けるキャラクター、R.B.ブッコロー。5年間にわたり、有隣堂の企業YouTubeの場で、活動し続けることができた。
彼がたくさんの視聴者に愛され、そしてメディアからの注目も集めたことで、「有隣堂のファンになってもらう」「社員の成功体験を作る」という目的が、少しは果たされたようにも思える。
再び登録者数30万人を突破!
多くの企業にとってブッコローはリスクしかない
自分たちもこうしたキャラクターを作って、自社メディアに活用したいと思っている人がいるかもしれない。
しかしこれは難しい。本当に苦難の道だと思う。多くの企業にとってブッコローのようなキャラクターはリスクとしか考えられないからだ。
日本経済はバブル崩壊、リーマンショック、デフレと、長年にわたって厳しい状況が続いていた。その中で多くの企業は「攻め」ではなく「守る」経営で事業を存続させてきた。
いかに現状を維持し、資産やブランド価値を損なわないようにするか。そのために挑戦的な新規事業には踏み込まず、リスクの少ない、安全で確実な選択肢を選んできた。コストの削減にも注力してきた。
そしてこれは一般論だが、現在の企業の多くはその「守る」経営で評価された幹部や経営層で固められている。
そんな人たちに対し「キャラクターを使ったYouTubeとかイケてるんでやってみませんか?」なんて企画を出しても、理解されるわけがない。
得られるリターンは、「どうやら会社のファンが増えるらしい」という数字の見えにくいものだし、グッズ販売による売り上げも企業規模によるが、焼け石に水滴くらいのものだ。しかも結果が出るまでに時間もかかる。そんな事業に、人とカネを投下するなんてどう考えても反対する。
もし仮に、うまく企画が通ったとしても、今やちょっとしたことで炎上しかねない時代。社内のいたるところから「ご指摘」が入り、無難な、そして自社を褒め称えるだけの動画に成り下がってしまう。
この本の執筆中に、とある大企業からYouTube制作の依頼があった。僕は抱えている仕事で手一杯だったため、知り合いの動画クリエイターを紹介したのだが、大変な苦労だったようだ。
トーク中心の動画なのに、話す内容の全てを収録前に固めなければならず、しかもそれは自社と自社製品を賛美したものばかりだった。クリエイターは「それでは見てもらえない」と訴えたが、企業側は頑として聞かず、逆に「あれも言いたい、これも言いたい、でも動画の尺は長くするな」といった無理難題を次から次へ出してきた。
動画の尺は10分の想定だったが、収録の進行台本はA4用紙15枚にも及んだ。クリエイターは思考停止状態に陥り、動画として成立させることで精一杯だった。
内容について詳しくは書けないが、このYouTubeを見て喜ぶのは、その大企業の担当者と上司だけなんじゃないかと思う。
こうした動画は、テレビではよく流れている。僕が20年前に携わっていたような通販番組だったり、番組間の合間に流れる一社提供ものの短い番組だったりだ。
だが、これが成立しているのは、テレビという公共の電波を使って半ば強制的に数百万人に向けて映像を流すことができるからだ。視聴者が、自ら見たい動画を選ぶYouTubeでは見向きもされない。誰が自分の貴重な時間を使って、自社を賛美するコンテンツを見ようと思うのか。
もちろん、この点を理解している社員もいるだろうが、現実は変えられない。
社内には「守る」ことを最大のミッションとして働く社員が必ず存在する。なんなら、先述の通り、経営幹部がその考えだ。彼らは挑戦的な取り組みに対して徹底的に抵抗する。ゆえに、面白いコンテンツは世の中に出る前に、社内で殺されるのだ。
「責任は取るけど口は出さない」
『有隣堂しか知らない世界』3周年で公開された動画には、松信健太郎社長が登場した。
じゃあなぜ、有隣堂は5年間にわたって、ブッコローというキャラクターを存続させることができたのか。
松信健太郎という社長がいたからだ。
......ここに来ての属人的な理由は、仮にもビジネス書としてどうかと思うが、どう考えてもこれしかないのだ。
その理由は、松信社長は今の出版業界に強い危機感を抱いていたこと。その脱却のためには現状維持ではなく、新しいことへのチャレンジが必要だと思っていて、金と人の投入をトップダウンで決めたこと。そして、もうひとつが、「責任は取るけど口は出さない」を貫いていることだ。
松信社長が言っているのは、これだけだ。
「4つの原則を守れば、ブッコローさんとハヤシさんに全てお任せする。何かあれば自分が謝ればいい」
4つの原則とは立ち上げ当初に決めた、①人権侵害をしない②反社会的なことをしない③誰かを傷つけることをしない④著しく品性を欠くことをしない、というルール。これさえ守れば何も言わないし、もし何か問題が起きたら自分が責任を取るということだった。
実際この5年間で、社長をはじめとした幹部社員が、YouTubeに介入したことは一度もない。出来上がった動画に対する意見や修正はもちろん、「この企画やってほしい」とか「この人を出演させて」という要望のゴリ押しもない。
上からのトンデモ命令は、企業YouTubeでは絶対にある。絶っっ対にあるのだが、有隣堂に関しては皆無なのだ。
一般的に、ブッコローや僕のような企業に雇われている外部の人間は、ものすごく立場が弱い。命令を聞くのが当たり前で、自分のこだわりなんて出すことはできない。でも有隣堂という会社は、僕たちを尊重してくれている。ブッコローにいたっては会社の公式キャラクターという看板を背負った上で、「何かあったら責任取るよ」というケツ持ちをバックに、好きなことを言い放題だ。
楽しいし、幸せだし、いい仕事をしたいし、結果を出したいと、ブッコローも、僕も常に思っている。
つまり魅力的なキャラクターを作れるかどうかの答えは、企業に覚悟があるかどうかだと思う。有隣堂であれば「素直さ」を世界中に見せる覚悟があるかどうか。そして現場に判断を委ねる覚悟があるかどうか。
先人の偉大なキャラクターたち、例えばドアラだって、くまモンだって、その裏にはきっと誰かの覚悟がある。だからこそ存在し続けていると思う。
じゃあ結局は会社の上層部次第なのか、と言うとそういうわけでもない。下っ端は下っ端として、上から覚悟を決めたいと思わせる下っ端になれるかどうかが大事だ。
例えて言えば、『踊る大捜査線』の室井管理官と青島刑事の関係性だ。青島刑事の正義感あふれる熱い魂があるからこそ、室井さんは、現場を大切にするキャリア官僚になろうという覚悟が生まれた。
ブッコローは有隣堂が覚悟を持ちたいと思えるキャラクターになり続けることができるか。僕は有隣堂が覚悟を持ちたいと思える動画クリエイターでい続けることができるか。現場だって覚悟を持たなければいけない。