名探偵ホームズでも、情報過多な事件では、データに惑わされ、誤った仮説を立てたことがありました。膨大なデータを整理し、必要な情報だけを選び取るにはどうすればよいのでしょうか。
イギリスのノンフィクション作家ダニエル・スミス氏が執筆した『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』より、データやアイデアを整理するためのヒントや、効果的なメモの取り方をご紹介します。
※本稿は『あらゆる問題を解決できる シャーロック・ホームズの思考法』(かんき出版)より一部を抜粋編集したものです。
情報過多はイギリス警察もシャーロック・ホームズも惑わせる
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「探偵業で最も重要なのは、数多くの事実で、どうでもいいものと必要不可欠なものを見極めることなんです」
(『ライゲートの大地主』より)
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ホームズがたびたび指摘しているように、情報の出どころは無数にある。
だが、ひととおり情報を集めたら、今度は選別作業が必要だ。つまり、本当に役に立つ情報と、捜査を行き詰まらせる情報を見分けるのだ。
目的に応じて知識を整理することにかけては、名探偵は誰にも引けを取らないだろう。私たちの暮らす現代社会では、ともすればデータの海に溺れてしまう。そうならないためにも、これはとりわけ身につけたいスキルだ。
実際、情報過多が犯罪捜査を妨げる例は枚挙にいとまがない。
真っ先に思い浮かぶのが、「ヨークシャーの切り裂き魔」事件だろう。1970~1980年代にかけて、イギリス北部で13人の女性が殺害され、7人以上が危害を加えられた。捜査線上に浮かんだのは、ピーター・サトクリフという男。ところが、コンピューター技術の黎明期に行われた捜査は、きわめて重要な手がかりが大量の書類の山に埋もれてしまうという散々な状況だった。
そうした書類の重みに耐えるために、捜査本部の床を補強したとも言われている。おまけに、捜査はことごとく無駄骨に終わり(切り裂き魔から送られてきたという偽の録音テープを調べるなど)、その間にサトクリフは何度も網の目をくぐり抜け、ようやく逮捕・起訴されたのは1981年のことだった。
だが、あのホームズでさえも、誤った手がかりを切り捨てられなかったこともある。『黄色い顔』では、みずから立てた仮説について、「少なくとも、すべての事実が含まれている。だが、もし新たな事実が判明して、それで説明がつかなければ、そのときに考え直せばいい」と述べている。ところが、ワトソンは「全部憶測だ」と取り合わず、実際、ホームズの主張は真相からかけ離れていた。
ホームズは決定的な情報を手に入れられなかったために、収集したデータを正しく選別することができなかったのだ。
膨大なデータを選別するための6つのヒント
では、より効果的にデータを選別するためのヒントを紹介しよう。
〇データを管理する
データにコントロールされるのではなく、自分がデータをコントロールしなければならない。持っている情報をまとめ、できるかぎり論理的に体系化する。膨大な情報のかけらをやみくもに引っかきまわしても、正しく選別することはできない。
〇大局的に見る
手元にある情報がパズルのピースにあてはまるかどうかを考える際には、つねに解決すべき問題という大きなパズルを念頭に置いてほしい。
〇ゆとりを持って情報を判断する
何時間もぶっ続けでデータを凝視するのは、あまりおすすめしない。むしろ、シャワーやジョギングの最中に考えるほうが、頭の中を整理できる人もいる。
〇直観に頼りすぎるな
信頼できる情報かどうかを判断する際に、本能的な直感が働く場合もある。
だが、くれぐれも思いつきで情報を切り捨てないようにしてほしい。必要なデータはすべてそろっているか、たえず自問してみよう。
〇「親近」効果に注意
人間は最後に手に入れた情報を優先する傾向にある。最新であることと妥当であることは根本的に異なる。
〇もみ殻も捨てない
「小麦」をうまく取り出して問題を解決するまでは、もう一度「もみ殻」を検討して、何か見逃していないか確かめる必要があるかもしれない。
情報を整理するためのメモの取り方
メモを取る習慣があれば、情報の選別はもっと簡単になる。
上手にメモを取る秘訣は、偉そうな大学講師の言葉には耳をかたむけないこと。つまり、一字一句書き留めてはいけない。そんなことをしても、データは右の耳から左の耳へ通り抜けていくだけだ。
大事なのは、メモを取っている内容に意識を向け、自分で意味がわかるようにコード化して脳に保存し、自身の知識として参照することだ。
メモを取りながら、無関係な情報はすべて取り除く。たとえば教科書をまとめる場合、ポイントとなる箇所にマーカーで印をつけるだろう。
同じように、人の話を聞きながらメモを取るときには、単なる口癖を書き留めたり、簡単な要点を補うための例を列挙したりする必要はない。メモする内容を決めることで、そのテーマに意識を向け、すでに情報の選別を行っているのだ。
最初に取ったメモが読みづらければ、なるべく早く書き直そう。放置しておくと、どんどんメモがたまっていき、きれいに書き直す気が失せる。
できるだけ読み返しやすいような工夫をしよう。手っ取り早いのが、見出しや小見出しを用いること。そうすれば、書く内容や考え方を体系化することができる。
ほかにも工夫の余地はある。グラフや図にすれば、もっとわかりやすくならないか? 重要な点は青、具体例を緑、考察を赤で書きこむなど、色分けするのもおすすめ。
アイデアをまとめやすい「クモの脚」
アイデアや情報のつながりを視覚的に表す方法として、よく利用されるのがスパイダーグラム(マインドマップ)だ。これを用いれば、誰でも手軽にたくさんのアイデアをコンパクトにまとめ、見やすく整理できる。また、全体図を眺めることで新たなアイデアが浮かぶこともある。簡単な作成方法を紹介しよう。
無地の用紙の真ん中にキーワードまたはキーフレーズを書く。
そこから線を枝(またはクモの脚)のように伸ばし、関連するアイデアや言葉をつなげていく。
ただし、収拾がつかなくなっては意味がない。アイデアが階層化されていれば、番号を振るか、あるいはラジアルツリーと呼ばれる放射線状のマップを利用してもよい。
想像力を駆使しよう。アルファベットの大文字と小文字を取り混ぜたり、さまざまな色、記号、図を使ってもかまわない。ルールを決めるのは、あなた自身だ。
『まだらの紐』でホームズがスパイダーグラムを書いていたら、次のようになったかもしれない。
【ダニエル・スミス(だにえる・すみす)】
ノンフィクションの作家、編集者、リサーチャーとして活躍。おもな著書に『Sherlock Holmes: An Elementary Guide』『Forgotten Firsts: A Compendium of Lost Pioneers』『Trend-Setters and Innovations』、クイズ本『Think You Know It All?』など。図書館にこもっている以外は、妻のロージーとさまざまな魚たちとともにイースト・ロンドン在住。
【清水由貴子(しみず・ゆきこ)】
英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書に『How to BePerfect 完璧な人間になる方法?』(小社刊)、『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)などがある。