パリで「古事記」を歌った女子大学院生
2019年07月11日 公開 2019年07月12日 更新
世界に誇るべき精神を失わない
曲の題名は『ひとつの物語り』。「八咫烏」のフレーズから始まるこの歌は、古事記の始まりの部分である天地初発や、天の石屋戸のシーンを表現し、日本の神様がもつ清めの力を「祓えない穢れなどありはしない」と歌う。神道的概念では、人間の罪や穢れは生きているうちに清めることができるのだそうだ。ヒンドゥー教の輪廻転生や、キリスト教の原罪などの観念とは大きく違う。
そして「現代につづく願い 僕たちにたくされた ひとつの物語り 守るべきはその心」という歌詞の部分が、そのまま題名になっている。そもそも古事記は日本列島にばらばらに散らばっていた神話を1つの物語にまとめたもの。
世界はおよそ宗教戦争の歴史といっても過言ではないが、日本では、古代からお互いの信仰を尊重し合っていたことを古事記は示している。豊かな自然のなかで育まれた和の精神がそれを可能にしたのだろう。
そして、神話と歴史はつながっている。私たちは古事記の世界から現代へと続く1つの物語のなかに出てくる登場人物として、今日を生きているのだ。
おそらくその精神に、東日本大震災以降、世界は注目しているに違いない。ジャパン・エキスポに出て、古事記がたくさんのフランス人に受け入れられたことは、その精神が世界的にも普遍であり、必要なもの、ということだ。
だからこそ、世界に誇るべき神話を日本人は失ってはならない。かつてアーノルド・トインビーという歴史学者は「12~13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅びてきた」といった。2月のイベントで日本国旗を見たある女の子は「宗教くさい」といい、ある若者は「そもそも日本に神話なんかあったの?」と語った。日本の教育現場から神話が排除されてから67年目。神話を知らない世代が大半となってしまった今日では、それが当たり前なのかもしれない。
日本における自殺者は絶えることなく、児童虐待など、社会が病んでいるとしか思えない事件が後を絶たない。このような「社会の病」は日本民族のアイデンティティが崩壊しかけている歪みから生まれている気がしてならない。
個人のアイデンティティは民族のアイデンティティの上にあり、前者がショートケーキのクリームなら、後者はその土台となるスポンジケーキだと思う。古事記はその土台を記す、古代から現代へ贈られた、時代を超えた絆の書。神話を語ることで日本は生まれ変わる。私はそう信じている。