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疲れた大人がぬいぐるみを触ると...? オキシトシンが分泌される癒しの効果

伊庭和高(心理コミュニケーションアドバイザー)

2025年12月01日 公開

ぬいぐるみに触れたり眺めたりしただけで、なんだか気持ちが落ち着く――そんな経験がある人も多いでしょう。ぬいぐるみが人の心をいやしてくれるのは、心理的な要因だけではなく、脳やホルモンのはたらきも関係しているといいます。かわいらしさだけではない、ぬいぐるみが持つ不思議な効力とは。「ぬいぐるみ心理学(R)」の開発者・伊庭和高氏が解説します。

※本稿は、伊庭和高著『大人だって、ぬいぐるみに癒やされたい! 』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

待合室に置かれたぬいぐるみは単なるインテリアではなく

ぬいぐるみが人に安心感を与える存在であることは、物語や個人の体験だけでなく、実際の医療現場でも活かされています。

その代表的な例が、歯医者さんの待合室です。
思い返してみてください。小児歯科や子ども向けのクリニックの待合室には、ぬいぐるみが置かれていることがとても多くありませんか?
実はこれ、単なるインテリアや遊び道具としての役割以外にも、心理学的な根拠に基づいた心のケアとしての役割があるからなのです。

子どもにとって、歯医者は不安や恐怖を感じやすい場所です。
キーンという不快な機械音、口をあけたまま身動きできない状況、痛みの記憶。
ときには「歯医者に行くよ」と言われただけで泣いてしまう子もいます。

そんな不安をやわらげるために、ぬいぐるみは非常に有効な存在です。

たとえそれが自分の持ち物ではなくても、ぬいぐるみという"ふわふわでやさしい存在"が目の前にあるだけで、子どもは無意識に安心感を得ることができます。

これは、不安をやわらげるために毛布やブランケットなどを持ち歩く「移行対象」という概念にもとづいた心理的なはたらきです。
ぬいぐるみは、子どもにとって「身近に感じられる心のよりどころ」として機能し、不安や緊張をやわらげてくれるのです。

実際に、待合室でぬいぐるみに触れたり、ぼんやりと眺めたりするだけで、少しだけ気持ちが落ち着いたという経験を持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それはまさに、心理学的にも裏づけられた正しい安心の効果だったのです。

こうした配慮は、歯科だけでなく、小児科や児童精神科、子ども向けのリハビリ施設などでも広く取り入れられています。
ぬいぐるみを、ただのおもちゃや飾りではなく、「不安を受け止める存在」として見てみると、お医者さんやスタッフのやさしい心づかいにも、きっと気づくことができるはずです。

 

オキシトシンが無条件の安心感をもたらす

ぬいぐるみが人の心を落ち着け、あたたかい気持ちにしてくれる理由は、心理的な要因だけではありません。
実は、脳やホルモンのはたらきにも関係しています。

その鍵を握っているのが、「オキシトシン」と呼ばれるホルモンです。
近年、ぬいぐるみに触れると脳内でオキシトシンというホルモンが分泌されることがわかってきました。

このオキシトシンは「幸せホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれていて、私たちに安心感やいやしを与えてくれる成分です。
家族や心を許せる人と触れ合ったり、信頼や共感を感じたり、やさしいスキンシップを受けたときに分泌されます。
そして、ぬいぐるみを抱きしめたり、なでたりするようななじみある安心行動によっても同じように、私たちの脳はオキシトシンを分泌するそうです。

また、オキシトシンにはストレス軽減や血圧安定、情緒の安定などの作用もあるので、
「ぬいぐるみをギュッと抱いたら、なんだか安心して泣けた」
「不安でいっぱいだったけど、ぬいぐるみを抱いたら少し眠れた」
そんな経験にも、生理学的な裏づけがあると言えるでしょう。

ひとりの時間や、誰にも頼れないと感じるときにこそ、ぬいぐるみは"あたたかい繋がり"の象徴として、脳と心をそっと守ってくれるのです。

 

人間が100%の自分をさらけ出せる唯一の存在

さて、ここまでぬいぐるみが「無条件の安心感」を与えてくれる存在であることを、心理学的な観点からご紹介してきました。

でも実は、ぬいぐるみの力はそれだけではありません。
ぬいぐるみには、人の素の部分――つまり、誰にも見せられない「本当の自分を引き出してくれる」という、もう1つの大きな力も持っているのです。

ふだん、私たちは誰かの前で少なからず偽りの自分を演じています。

職場では気をつかい、家族の前では役割をこなし、恋人の前でも理想であろうと努力します。そんな日常のなかで、本音を飲み込んだり、感情を抑えたりするのはごく自然なことです。

でもそれが重なっていくと、いつの間にか"自分の気持ち"が自分でもわからなくなっていってしまいます。
そんなとき、ふとぬいぐるみに向き合ったとたん、心の奥底にしまい込んでいた感情や思いが、するすると浮かび上がってくることがあります。
なぜなら、私たちはぬいぐるみに100%の安心感を抱いているからです。ぬいぐるみになら、何を言っても、どんな感情を出しても、どんな自分をさらけ出したとしても、否定されないことを確信しているのです。

心理学では、こうした関係性のあり方を「無条件の肯定的関心」と呼びます。
相手から評価される心配も、否定される不安もなく、安心して自分をさらけ出せる。そんな相手に対して、人は"自己開示"しやすくなるとされています。

ぬいぐるみの前では、かっこつける必要も、ちゃんとしなきゃと気を張る必要もありません。
だから、誰にも見せられなかった弱さや悩み、小さな願いごとなどの心の声を、私たちは自然とぬいぐるみに語りかけることができるのです。

私たちにとってぬいぐるみは「100%の自分をさらけ出せる、唯一の相手」なのかもしれません。

 

ぬいぐるみは呪いの道具?

ここで少しだけ、ぬいぐるみの起源について紹介していきたいと思います。

さかのぼると、ぬいぐるみに似た存在は古代エジプトの時代からあったとされています。もちろん、いまのようにふわふわとした布製のものではなく、木や土で作られた、人のかたちを模した像でした。

そしてこれらは、遊び道具というよりも、宗教儀式や呪術的な目的で使われていたようです。たとえば、誰かに呪いをかけたり、狩りに出る仲間の安全を願ったり。

日本でも、平安時代に赤ちゃんの枕元に人形を置くことで、災いから赤ちゃんを守るという習慣がありました。
こうした目的で人形が使われていたという記録は、世界中の文化に存在しています。

つまり古くから、人形はただの物体ではなく、「そこに心や力が宿っている」と見なされていたということです。
こうして歴史をたどってみると、そもそも最初からぬいぐるみは「ただの飾り」以上の存在として作られたものであったことがわかります。

私たちがぬいぐるみに安心感や魂を感じるのは、歴史的に見ても必然なのかもしれませんね。

著者紹介

伊庭和高(いば・かずたか)

心理コミュニケーションアドバイザー

1989年生まれ。早稲田大学大学院在学中に人間関係の悩みを根本から解決する有効な手法として、ぬいぐるみ心理学(R)を独自に開発。2017年に株式会社マイルートプラスを設立し、7,000名以上のお客様をサポート。悩みに寄り添い、背中を押している。ブログ「ぬいぐるみ心理学」は月間13万人が訪れ、YouTubeやメールマガジンと併せ多くの方がぬいぐるみ心理学を学び実践している。メディア出演や企業での講演会を精力的に行うなど、活動の幅を広げている。

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