1. PHPオンライン
  2. くらし
  3. 同じ環境でも「愚痴を言う人と言わない人」がいる理由は? 不思議な心理メカニズム

くらし

同じ環境でも「愚痴を言う人と言わない人」がいる理由は? 不思議な心理メカニズム

榎本博明(心理学者)

2025年11月05日 公開

いつも愚痴ばかり言っている人は、本当にひどい目にあっているのでしょうか。心理学者・榎本博明さんは、愚痴っぽくなる背景には「不思議な心理メカニズム」があると指摘します。本稿では、書籍『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』からその理由を解説します。

※本稿は、榎本博明著『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。

 

同僚をつかまえては「愚痴の聞き役」にする人

あの人につかまると、しばらく愚痴の聞き役にされてしまうから、できるだけ視線を合わせないようにしている。そんな扱いを受ける人が、どんな職場にもいるものである。なぜあんなに愚痴ばかりこぼすのだろうか。

 

「職場の同僚にやたら愚痴の多い人がいて、困ってるんです」

――とくに大変なことがあって愚痴をこぼす、ということではなく、常習的に愚痴が多いということでしょうか。

「そうなんです。まあ、仕事で大変なことが多いのは確かですけど、それはだれだって同じじゃないですか」

――職場というのはストレスの巣窟って言ってもよいほどストレスに満ちてるって言いますからね。
「それは私も日頃から感じてます。でも、彼女はちょっと特殊だと思うんです」

 

同じ環境でも愚痴を言う人と言わない人がいるのはなぜ

――特殊......ですか。具体的には、どんなふうに特殊なんでしょうか?

「自分のことは言いにくいので、他の同僚を例にあげますと、上司との相性が悪くて、しょっちゅう理不尽に叱られてる同僚がいたり、取引先の担当者から何かと無理難題を吹っ掛けられて困ってる同僚がいたりするんですけど、彼らはそれをサラッと嘆くだけで、愚痴っぽくはならないんです」

――苦労が多い、ストレスフルな状況に置かれている、だからといって愚痴っぽくなるというわけではないと。

「ええ、そんなふうに感じるんです。どうみても彼女が他の人よりストレスフルな状況に置かれてるとは思えないんです」

――なるほど。だから、その方が愚痴っぽいのには、何かその人特有の要因があるのではないかというわけですね。

「そうです。そう思うんです」

――その謎を解くヒントを探りたいんですけど、その方の愚痴を聴いていて、何か感じることはありませんか。

「愚痴を聴いていて感じること......そうですね。彼女は、上司から気に入られて、他の人たちよりもかなり恵まれた立場にあると思うんです。それなのに仕事や職場に対する不満が多くて、しょっちゅう愚痴ってる。まるで上司や職場のあら探しをしてるみたいに。恵まれてる点もたくさんあるはずなのに......」

――他の人より恵まれた立場にあるんですね。それにもかかわらず、まるであら探しをしてるみたいに不満を口にする。

「そうなんです。彼女の話を鵜呑みにする人がいたら、よっぽどひどい上司でひどい職場だと思っちゃう。それほど不満たらたらなんです」

――でも、実際はそんなにひどくない、むしろ恵まれてると。

「そうです。かなり優遇されてると思います。もちろん大変なこともあるとは思いますけど、でも恵まれたエピソードもたくさんあって、そっちの方が多いはずなのに、そのことを忘れてしまったかのように、愚痴ばかり口にするんです」

――良いエピソードの方がたくさんあったはずなのに、そっちは忘れてしまったかのように、嫌な目に遭ったエピソードばかりを持ち出して愚痴る。そんな感じがするということですか。

「まさに、そんな感じです。もっとひどい目にばかり遭ってる同僚たちがいるのに、なぜ彼女はあんなふうに不満だらけで愚痴っぽいのか。彼女の頭の中はどうなってるのか。それが理解できなくて......愚痴につきあうのも疲れるし、もううんざり、っていうのもあるんですけど、そんな悪い職場じゃないのに、しかも彼女は非常に恵まれた立場にあるのに、どうしてあんなふうなのか、それが理解できなくて......」

そこで、愚痴っぽい人の心の構え、そして心の構えによって同じ出来事を経験しても記憶している内容が違ってくることなど、記憶の不思議な心理メカニズムについて説明することにした。

 

愚痴の多い人はほんとうにひどい目に遭っているのか

まずはじめに取り上げておきたい疑問は、いつもネガティブなことばかり口にする愚痴っぽい人は、ほんとうに嫌な目にばかり遭っているのだろうか、ということである。先の事例のように、どうもそうじゃないような気がするケースも少なくない。

結論から言うと、そのような愚痴っぽい人は、けっして嫌な目にばかり遭っているわけではなく、ポジティブな出来事もたくさん経験している。それにもかかわらず、経験するさまざまな出来事の中から、わざわざネガティブな出来事ばかりを選んで記憶しているのである。

そして、わざわざネガティブな出来事ばかりを選んで思い出しては嘆いているのだ。ただし、本人にはそのような自覚はない。自分は嫌な目にばかり遭っていると本気で思い込んでいる。なぜなら、振り返れば嫌な記憶ばかりが思い出されるからだ。

そこに作用しているのが、「気分一致効果」という不思議な心理法則だ。

気分一致効果とは、そのときの気分に一致する感情価をもつ事柄が記憶に定着しやすいという心理法則のことである。

愚痴っぽい人は、常にネガティブな気分で過ごしている。そのため、日々ポジティブな出来事もネガティブな出来事もともに経験していても、自分の気分に馴染むネガティブな出来事ばかりを記憶してしまうのだ。

 

「気分一致効果」で解明される心理メカニズム

この気分一致効果は、さまざまな心理学の実験により証明されている。たとえば、心理学者バウアーたちは、つぎのような実験を行っている。

ある教室では、楽しいことを思い出させることで、幸せな気分に誘導する。別の部屋では、悲しいことを思い出させることで、悲しい気分に誘導する。そうしておいて、それぞれの教室の人たちに、同じ物語を読ませる。その物語には、楽しいエピソードや悲しいエピソードがいろいろと描かれている。

この実験のポイントは、教室によって記憶している内容に違いがあるかを検討するところにある。

翌日になって、前日に読んだ物語について、覚えていることを箇条書きでできるだけたくさん思い出してもらった。その結果、楽しい気分で読んだ人と悲しい気分で読んだ人で、思い出すエピソードの量に差はみられなかったものの、思い出す内容には顕著な違いがみられた。

端的に言うと、幸せな気分で読んだ人は楽しいエピソードを多く思い出し、悲しい気分で読んだ人は悲しいエピソードを多く思い出したのだ。

ここからわかるのは、自分の気分に馴染むエピソードは記憶に刻まれやすく、自分の気分にあまり馴染まないエピソードは記憶に刻まれにくい、ということである。

このような実験結果から言えるのは、「記憶というのはとても主観的なものであり、私たちは目の前の現実を自分の気分に合わせて都合よく歪めて記憶している」ということだ。

ここに愚痴の多い人の心理メカニズムを解明するヒントがある。

気分が異なれば、同じ物語を読んでも記憶していることが違うのである。同じ話を聞いても覚えていることが違ったり、同じ場に居合わせたはずなのにそこで起こった出来事についての記憶にズレがあったりするのは、日常生活でよくあることだが、そこにもこの気分一致効果が働いているのである。

 

不愉快な気分だと不愉快なエピソードを思い出しやすい

気分一致効果は、上にあげた実験のように記銘時(記憶に刻む時点)に作用するのみならず、想起時(記憶を引き出す時点)にも作用する。つまり、そのときの気分に馴染む出来事が記銘されやすい、つまり記憶に刻まれやすいだけでなく、その時の気分に馴染む出来事が想起されやすい、つまり記憶から引き出されやすいのである。

愚痴っぽい人は、他の人よりも嫌な目に遭っているわけでもないのに、絶えず愚痴をこぼす。捕まると延々と愚痴につきあわねばならない。

それには、気分一致効果が関係しているのだ。記憶するときの気分に馴染むエピソードが刻まれやすく、さらに思い出すときの気分に馴染むエピソードが引き出されやすい。ゆえに、楽しい気分で過ごしていれば、楽しいエピソードを記憶に刻みやすく、また楽しいエピソードを思い出しやすい。ところが、不愉快な気分で過ごしていると、不愉快なエピソードを記憶に刻みやすく、また不愉快なエピソードを思い出しやすい。

これで愚痴っぽい人の心理メカニズムがわかったはずだ。愚痴っぽい人がネガティブなエピソードばかりを口にするのは、日頃からネガティブな気分で過ごしていることによる。ネガティブな気分でいることが多いため、その気分に馴染む不愉快なエピソードが記憶に刻まれやすく、不愉快なエピソードを思い出しやすい。だから愚痴っぽくなるのである。

けっしてほんとうに嫌な目にばかり遭っているわけではないのだ。

 

関連記事

アクセスランキングRanking