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ローソン・新浪剛史の「告白」―“権限委譲経営”の原点とは

財部誠一(経済ジャーナリスト)

2013年02月21日 公開 2024年12月16日 更新

《財部誠一:著『ローソンの告白』より

株主総会閉会後に受けた衝撃的な報せ

2002年5月、ローソンの株主総会が大阪市内で開かれた。同年3月から顧問としてローソンに出向していた新浪が新社長に選任された株主総会である。43歳の若さで三菱商事の社員から一部上場企業の社長に転身した新浪は、一躍マスコミの寵児となった。私自身も、社長就任直後の新浪にインタビューをした。

「いまはコンビニの危機ではなくローソンの危機なんです」

新浪の言葉は明瞭だった。

「その危機に際して、三菱商事に籍を置いたまま、いざとなったら出向元に戻ればいいという社長に誰が本気でついてきますか。だから私は三菱商事を辞めて退路を断った」

積極果敢で潔い新浪は、新生ローソンをまさに象徴する存在となった。社長就任から11年、新浪は見事な結果を残した。それはローソンの業績と株価が能弁に物語っている。

2004年2月期から2013年2月期までローソンは10期連続増益の見込みだ。この10年間を見ると、他の上位2社は営業利益が下がることもあったが、10年連続で平均7%の増益はローソンだけである。新浪が社長就任当時、3000円台だった株価は、2008年には5750円まで上昇。その後、リーマン・ショックで大きく値崩れしたものの、2010年からは右肩上がりとなり、2013年1月には6500円を突破して史上最高値をつけている。

もちろん、王者セブン・イレブンの背中は依然遠いけれど、1人の経営者として新浪剛史は稀に見る力量を身につけてきた。オーナーでもないのに、11年間、経営トップとしての責任を負い続けるだけでも至難の業だ。

小売業界のカリスマとなったセブン・イレブンの鈴木敏文は、たった15人の手勢から始めて、1万4000店舗、従業員数5800人の今日のセブン・イレブンを築き上げた。まさにゼロからすべてを創り上げた男である。

だが不幸にして、新浪はゼロからのスタートではなく、深い闇のなかで背負いきれぬ重荷に押し潰されるところから始まっている。

言うまでもなく、ローソンの経営者としての新浪の第一歩は、2002年5月の株主総会で印された。ダイエー出身の社長が会長に退き、新浪が新任社長に選出された日である。

株主総会といっても、株主から厳しい叱責を受けるのは議長役である前任社長であり、新任の新浪にとっては晴れがましいセレモニーになるはずだった。社長として全権を掌握し、前に向かって頑張ろうと全軍に大号令をかける日だった。

だが新狼は、この株主総会が閉会したあとに衝撃的な報せを受ける。

ローソンの加盟店オーナーが、株主総会の会場で、抗議のため自ら命を絶ったのだ。会場となったビルの階段で首を吊った。ローソン旧経営陣に対する抗議だった。家族に宛てたもの以外にも遺書が残されていた。株主総会で、社長から会長に退いたダイエー出身の藤原謙次宛と新社長の新浪剛史宛だ。

この悲痛な出来事はローソンの社内でもほとんど知られることなく、いまに至っている。

けっして公にされることのなかったこの悲劇こそが、新浪剛史の生き方を規定したのだ、と私は感じた。

 

権限委譲経営の原点にあるもの

新浪の特徴的な経営手法は権限委譲だ。本社の中央集権ではなく、新規店舗の出店や閉店といったコンビニにとっての最重要戦略も、ローソンでは全国8つの支社のトップである支社長に全権委任されている。本社による中央集権ではなく、徹底した地域分権。

新浪はまるで口癖のように「まかせる」を連発する。これはと思った人物には徹底的に「まかせる」。ただし権限は責任を伴う。まかせて失敗すれば降格する。ただし、降格を致命傷にはしない。再起を促し、期待に応えれば、復活できる。厳格な「責任と権限」の大原則を貫いてきた。だが、その徹底ぶりがいったいどこからきているのか。それが私にはわからなかった。

もう1つわからなかったことがあった。氏も育ちも違う野合集団のローソンを正常化するプロセスで、新浪は社外から多くの人材を引き入れたが、そのやり方はすべで一本釣りであった。

しかも新浪自身が直接会い、迷う相手を口説き落としてローソンの枢要ポストに就けてきた。必要な人材を探すところから口説き落とすまで、すべて自分独りでやり続ける。時間に忙殺されるなか、なぜ新浪は自ら口説き落とすことに執着するのか。わかるようでわからない。私は確たる理解ができずにいた。

そんな疑問を一気に氷解させる瞬間が訪れた。2012年末、本書執筆のための最後の取材をしているときだった。私はあえて、噂に聞いた社長就任の株主総会で起こった悲劇をインタビューの俎上に載せた。

新浪の原点がそこにあると思えたからだ。

新浪の表情が一変した。

「それだけは話したくない」

その拒絶こそ、噂がほんとうだったことを裏付けていた。

「新浪さんが語らなければ、ローソンの歴史からその真実が永遠に消えてしまいます」

私も引き下がるわけにいかなかった。

しばらくの沈黙のあと、新浪が重たい口を開いた。虚を突かれたのに、あえて語りはじめた新浪には覚悟が感じられた。いつか語らなければならない、という思いがあったのかもしれない。そして私を信頼してくれたのだろう。

長い時間、心の奥底で抑え込んできた感情が堰を切った。

「もう10年になります。これまで話すことができなかった」

加盟店に愛想尽かしをされたチェーンビジネスが持続できるわけがない。新社長に選任された新浪が果たすべき最初の役割は、遺族の元を訪ねることだった。新浪は、亡くなられたオーナーの妻子を前にひたすら土下座をしたという。

「亡くなられた加盟店オーナーの抗議内容を知って、こんなひどい会社はつぶれて当然だ、いや、つぶすべきだとも思った。一方で、多くの加盟店オーナーの人生がローソンにかかっていることへの責任も感じました」

そんな思いで新浪はひたすら頭を下げた。

「ローソンは加盟店に対してほんとうにひどいことをやっていた。亡くなられたオーナーの方は、ひどい扱いを受けていた。調査しましたが、一方的にお詫びするしかない内容でした。当時のローソンは、表向きは本部と加盟店の『共存共栄』を標榜していたけれど、結局はダイエー救済のためのローソンでしかなかった」

本部の指示に従わない、本部に文句を言うような、本部にとって都合の悪いオーナーを黙らせるためのイジメとも言える対応がとられていた。

「ダイエー救済が至上命令の役員たちがローソンにはいた。お客さまなど眼中にない。加盟店も見ていないし、社員も見てやしない。その矛盾が爆発したということです」

亡くなったオーナーの遺族が、許しを請う新浪に、涙ながらにこんな言葉を伝えたという。

「二度と加盟店を不幸にしないでほしい。頑張ってください」

これまでの商社勤めでは経験したことのない鮮烈な出来事だった。新浪は決意した。逃けではダメだ。すべて自分で変える。

 

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三菱商事ですら特別扱いしない

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