「シェール革命」の夢と現実
2013年04月01日 公開 2024年12月16日 更新
《『「シェール革命」の夢と現実』より》
「シェール革命」はアメリカならではの革命
石油よりもはるかに豊富な埋蔵量があり、しかもCO2の排出量が少ない。それが技術革新で安価で生産できるとなれば、そこに夢や希望を抱く人びとが出てきてもおかしくない。アメリカで起きた「シェール革命」が世界中に伝播すれば、人々は枯渇を気にせず、安いエネルギーをふんだんに使えるようになる。
だが現実に、アメリカで起きている「シェール革命」が、直ちに世界でも革命を引き起こすことにはならないだろう。10年、あるいは20年先はともかく、ここ数年でみれば、これは、アメリカに限定された動きと見るべきだ。
アメリカにおける天然ガス産業は、すでに成熟化している。パイプラインが縦横無尽に敷かれ、そのインフラを活用する形で、シェールガスが利用されている。これに対し、世界でインフラが整っている国は、そう多くない。
ヨーロッパの場合、ロシアからの天然ガスに依存しているため、パイプラインがあちこちに通っている。一方で中国は、天然ガス産業が発達しておらず、インフラも整備されていない。中国にもシェールガスは大量に埋蔵されているが、試掘はしても、せいぜいそこ止まりで、インフラを整備して利用する段階までは進まない可能性が高い。このような国は、ほかにも多い。そこは天然ガスが、石炭や石油に比べ、比較的新しいエネルギーということもある。
また、日本のように産地から離れた国では、液化(LNG化)して輸入することになる。この場合、輸出国であるアメリカは、そのための施設をつくらなければならない。
アメリカには現在、LNGの受け入れ基地が11カ所あり、2010年までに新たに7基地を増設している。「シェール革命」が始まるまでは、アメリカも天然ガスが不足気味で、輸入によって賄っていたからだ。
それが「シェール革命」でLNGを輸入する必要がなくなり、現在はほとんど稼働していない。ではこれをシェールガスの輸出基地に転換すればいいかというと、そう簡単ではない。輸入基地にあるのは、液化された天然ガスを気化する装置で、一方、輸出基地に必要なのは、ガスを冷凍して液化するプラントだ。
気化するのは簡単で、マイナス162度まで下げたものを海水をかけて温度を上げればいい。大変なのは冷やす技術で、気体である天然ガスをマイナス162度まで下げて、液体の状態にしなければならない。そのための専用のプラントが必要で、その建設費用だけで数千億円かかる。
シェールガスの開発・生産を行なっているのは、大半が中堅企業である。中堅企業には、液化プラントのコストを負うだけの力はない。では介在する商社がコストを負担するかというと、商社もリスクをとるのは避けたい。輸出まで視野に入れているか現在のところ不明であり、「シェール革命」に対して懐疑的にならざるをえない理由の1つである。
アメリカの安いシェールガスを日本に輸入できない理由
アメリカのシェールガスの価格は、日本が使っている天然ガスの価格の8分の1とよく言われる。だからといって日本がアメリカから、安いシェールガスを輸入すればいいかというと、これもそう単純にはいかない。戦略物資について自由貿易協定(FTA)の非締結国への輸出を制限しているほか、シェールガスを液化するためのプラント建設に大変なコストがかかる。日本の商社はシュールガスの権益取得に積極的で、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅などは、すでに数千億円規模の投資を行なっている。アメリカ国内に納めるだけでなく、日本などへの輸入も目論んでのことかもしれないが、このコストを折り込まれた分、シェールガスの価格が上がることは間違いない。さらに液化したガスを船で運ぶ必要があり、船は在来のものを使い回せるとしても、それなりにコストはかかる。
現在のコストには、環境問題が折り込まれていないという問題もある。前述したように、シェールガスの採掘では、シェール層に割れ目をつくるため、非常に高い圧力の水を当てる。このとき大量の水が必要で、その水をどこから運んでくるかという問題がある。加えて、水が汚染された場合のコスト面の問題もある。
とくに懸念されているのは、圧入される大量の水には、砂や約300種類の化学物質が入っていることだ。井戸の管理不備などから、周辺の地下水が汚染される恐れはないのか。すでに問題事例が相次いで報告されている。このため、フラクチャリングが行われている米30州のうち14州では、使用する化学物質の情報開示を義務付けている。
欧州でも、環境への懸念からシェールガス・オイルの開発には消極的である。フランスやブルガリアでは、フラクチャリングそのものを禁止している。イギリスでは、2011年に起こった地震の原因が、シェールガス開発のためのフラクチャリングにあるとしている。
アメリカ国内におけるシェールガスの価格は固定価格ではなく、ヘンリー・ハブというスポット市場で、日々変動する。現在は安値でも、それがいつまでも続く保証はない。
しかもアメリカにとってシェールガスは戦略物資の1つで、どれぐらい日本への輸出を認めるかわからない。そこはアメリカも一枚岩でなく、輸出を望む声がある一方、輸出することで国内需給が逼迫し、国内価格が上がることを心配する声もある。
あるいはOPEC(石油輸出国機構)がシェールガスに対抗して、原油価格を1バレル=30ドルぐらいで売りだせば、多くはそちらへなびくだろう。そう考えたとき、アメリカは自分たちは安いシェールガスを謳歌しても、他国に安い価格で売ることはしないはずだ。仮に輸出するにしても、それなりの高値にする。
すでに契約しているLNG供給国との問題もある。天然ガスによる火力発電にシフトした日本では、LNG供給国と20年、25年といった長期の売買契約を結んでいる。契約分を購入しつつ、需要の高まりに応じて、当座必要な分だけスポット市場でいくらでも買えるならいい。だが現実には、アメリカがシェールガスをどのように売るかは不明だ。アメリカが長期契約を求めるなら、これまでの長期契約はどうするという話になる。
日本の需要自体、長期的には減少する可能性が高い。産業はどんどん空洞化しているうえ、人口も減少する一方で、中国のように伸びていく需要ではない。もっか原発の大半が運転停止中で、2012年から原発分の3割を火力発電で置き換えているので需要が伸びたが、全体としての需要は伸びる方向にはない。
では長期契約を破棄すればいいかというと、まず無理である。すでに述べたようにLNGのためのプラント建設には莫大な費用が必要で、長期契約は輸出国がコストを回収するための安全保障の意味がある。
長期契約を結ぶにあたって日本では、購入価格を原油価格と連動させる形をとっている。そのため近年は原油価格の高騰につられて、LNGの値段も高くなっている。それを非難する人もいるが、契約だから仕方ない。長期契約も原油価格との連動も、日本が天然ガスを安定供給するために不可欠なのだ。