仕事終わりにみんなで飲みにいく習慣がほとんどないというフランス。パリで20年近く生活するコンサルタントの小栗きくこさんは、「フランスでは無理のない人間関係を築けるから、自分を大切にできる」といいます。
「これ!」といった確固たる正解がなく、難しい問題でもある人付き合い。本稿では、小栗さんが実際にパリで暮らして感じた、人間関係が心地よい理由について紹介していただきます。
※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
その日、その気分で距離感を選ぶ。広く浅くではない、ちょうどよさ
自然と寄り添う、ちょうどいい距離。
私がパリに来て最初に驚いたのは、「人との距離の取り方がとても軽やか」ということでした。学校でも職場でも、「誰かとずっと一緒にいないといけない」という空気はありません。
仲良し同士でも、挨拶を交わしたあとは、それぞれ好きな場所へ戻っていきます。子供の学校での過ごし方を見ていても、長女は「昨日は○○ちゃんと遊んだけど、今日は別の子だったよ!」と、その日その日の気分で自然に関わる相手が替わります。
私が日本で過ごした幼少期には(特に女子は)、小さなグループで過ごすことが多かった記憶があるのですが、こちらでは、その自由さがとても新鮮でした。もちろん、フランスにも「親友といつも一緒」というタイプの子はいます。次女はそういうタイプでしたし、どちらが正しいわけでもありません。ただ、パリでは人との距離の取り方にはいくつもの形があって、それぞれが尊重されているように思うのです。
大人の世界でも同じで、日本でよく見られるような「固定のママ友グループ」はこちらではあまり見かけません。「今日はこの人たち」「次はまた別の人たち」と、そのときの自分の気持ちに合わせて心地いい距離を選べる自由さがあります。
職場でも、仕事のあとにみんなで飲みに行く習慣はほとんどありません。フランスでは仕事が人生の中心ではなく、「自分の時間を大切にするための手段」という考え方が根づいていて、そのゆるさが人付き合いにもそのまま表れているのです。「無理に誰かに合わせず、仕事とプライベートの境界をきちんと守る」という考え方が上下関係を薄くし、フラットな関係を生んでいます。
人と距離を置くことが、自分を尊重するひとつの方法として受け入れられているからこそ、必要以上に気を張ったり、「うまく合わせなくちゃ」と頑張りすぎたりすることが少ないのだと思います。
距離を置きたいときは距離を置いて、またつながればいい
仲良くしたいときは思い切り仲良く。
人との距離は、近づくこともあれば少し離れることもあるように、一度決めたら変えられないものではありません。環境や立場、日々のリズムが変われば、自然と距離の取り方も変わっていくものです。私の身近には、そう気づかせてくれた人がいます。
その人とは、フランスに来たばかりの頃に知り合った、母のような年齢のフランス人マダム。マダムは、学生だった私にフランス語を一から教えてくれました。私が結婚して娘を出産して、住む場所も少し離れたことで、以前のように頻繁に会うことはなくなりましたが、どちらかがふと思い出して電話をすると、まるで昨日の続きのように会話が始まります。
昔の話を繰り返すわけでも、無理に近況を埋め合うわけでもなく、関係が薄れたようには感じません。むしろ、必要なときに思い出し、そのまま声をかけ合う関係が続いていることを心から嬉しく思います。急に連絡をしても、驚かれたり理由を聞かれたり、間が空いたことを気にされたりすることはありませんし、こちらも気負わずに連絡することができます。距離が近いことだけが、いい関係の証ではないのです。
パリで人と接する中で、頻繁に会わなくても関係は続くものだと感じるようになりました。距離を置くことは、関係を断つこととは限りません。付き合いを続けることも続けないことも、その人に近づくことも離れることも、その時々の選択として行き来していい。今の距離がちょうどいいと感じられるなら、それで十分なのかもしれません。
そして、いつかその距離感を変えたくなっても、自然なことなのだと思います。人との関係は、固定されるものではなく選び続けていくもの。パリに住んで、その選び方は、そのときの自分の感覚に委ねていいのだと感じるようになりました。
就職や結婚、出産など、人生にはさまざまな変化がありますよね。どんなに親しい関係でも、少し距離ができる時期があるのは自然なことなのかもしれません。そのときの自分にとって、無理のない距離を選びながら関係を続けていくことも、またひとつの在あり方なのだと思います。
お誘いを断るのに、理由はいらない。答えは、oui(はい)かnon(いいえ)だけ
パン屋に立ち寄るひとり時間。お誘いを断る日があってもいい。
あるとき、パリに来て間もない頃に知り合った日本人の友人から、「今度、一緒にランチどう?」と誘われました。けれどその日、私は日帰りでひとり旅に出かける予定を入れていたので、いつものように「忙しいから」「余裕がなくて」などと理由を伝えようとして、ふと「本当に、そこに説明が必要だろうか」と、立ち止まりました。
そして私は友人に、ただ「その日はひとりで過ごすつもりなの」とだけ伝えたのです。伝えたあと、友人に何か詮索されるのではないかと少し身構えていましたが、何も聞かれません。自分の中に残ったのは、罪悪感ではなく、思っていたよりも静かな軽さでした。
パリに来て感じたのは、「今は忙しくて」「余裕がなくて」といった説明をしなくても、空気が重くならないということでした。誰かの誘いを断るときに、理由を細かく説明する人がほとんどいません。ひとりでいたいなら、そのままひとりでいるだけで、距離を置きたいときも、理由を探さなくていい。「ひとりでいたい」という気持ちは、ちゃんとした理由として扱われているように感じています。
先ほどもお伝えしたように、パリでは、「距離を置く」ことが、「相手を避けている」と受け取られることがほとんどありません。何かを説明しなくても、関係が急にぎくしゃくしたり、空気が重くなったりすることがないのです。
それは、放っておかれているということではなく、「何も言われないけれど、無関心でもない」という感じで、ただ、それぞれが相手の選択を自然に尊重し合っているような距離感です。このような感覚に慣れてくると、「理由を説明しない」ということが、冷たい態度でもわがままでもないのだと、少しずつ理解できるようになりました。