- PHPオンライン
- Moguru(本の話)
- 連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【3】 高嶋哲夫
SP・明日香が次に護るのはNY!? 「襲撃」シリーズ第三弾。
翌朝、明日香(あすか)は始発の電車に乗った。
警護課の会議室には横田(よこた)と千葉(ちば)がいた。おそらく二人とも泊まり込んだのだ。
明日香は受け取った新しい日程表を見た。ギッシリと書かれた分刻みの日程表だ。
「行くのはワシントンD.C.。それも三日間の滞在です。かなり危険です。ニューヨークの国連本部だけにすることは難しいのですか」
明日香はわざと聞いた。
「ホワイトハウスに招待されている。アルフレッド大統領からだ」
横田が見せた招待リストには、明日香も知っているハリウッドの映画スター、世界的歌手、スポーツ選手の名前も載っている。
「凄いですね」
目はペーパーを見つめたままだ。日本からは数人の企業トップの名前がある。
「きみもだ」
「ウソでしょ」
横田が指でさした。確かに明日香の名前だ。警護ではなく、招待リストだ。
顔を上げて横田を見た。
「本当だ。エリーゼがきみを指名したそうだ。一緒でなければ、行きたくないと」
「エリーゼも来るんですか。でも、彼女はFBIの保護プログラムで、里親のところで――」
「もういい。きみもエリーゼが行くと分かっていたから、行く気になったんだろ」
明日香は答えなかった。スーザンが言っていた、サプライズとはやはりこのことだろう。
「喜ばないのか。アメリカ大統領からの夕食の招待だぞ」
「私の仕事は新崎(しんざき)先生の警護です」
そしてエリーゼの、という言葉を呑み込んだ。
「気になることがあれば言ってくれ」
「政府専用機を使うべきでしょうね。ムリならば、すべてを極秘にすべきです。東京であれだけやった組織です。行動スケジュールが漏れると、何が起こるか分かりません」
「あとの方の選択だ。そのことについては伝えたはずだ」
「念のためです。秘密は出来る限り小人数で留めておいた方がいい」
「その方針だ。極秘を優先するので、警護規模は最小限に留める。これは新崎前総理の意向でもある」
現職ではないとしても前総理大臣だ。それなりの準備は必要だろう。その上、新崎は重度の障害者だ。移動にも普段の数倍の時間と人員が必要になる。横田たちはそういう考慮はしているだろうが、あまりに楽観すぎるのではないか。明日香は言葉に出そうとしたが、新崎のことを考えてやめにした。あまりに落ち着き払っていた。それなりの覚悟をしているのだ。
「前総理としても、現在は民間人だ。大っぴらな警護体制は組めない」
「分かっていますが――」
公式な訪問か聞こうとしてやめた。経費は内閣官房費から出ているのだろう。何と言っても、現在は確かに一民間人なのだ。
「すべて決定事項だ。新崎元総理の希望でもある」
「ワシントンD.C.に着いてからのことは」
「お前は警察庁派遣の前総理付きの警護官だ。現地の日本大使館が最大限の便宜(べんぎ)を図ってくれる」
「具体的には――」
「外交官待遇だ。ファーストクラスで、入国で並ばなくてもいい」
「それは当然です。問題は入国ゲートから空港を出るまでです」
「すべてアメリカ側が用意してくれる。今回の国連での演説は、アメリカ大統領の招待と考えていい」
「どういう意味ですか」
明日香は昨夜のスーザンの言葉を考えながら聞いた。
「言葉通りだ」
「ダレス空港への出迎えはアメリカ側が来てくれるのですか」
「西村在米大使が来る。車は日本大使館のを使う」
「防弾仕様車ですか」
「フォードのワンボックス車だ。防弾仕様ではない。銃撃には無力だ。頭に叩き込んでおいてほしい。分かっているだろうが」
新崎が車椅子を使用しているので、車種が限られる。防弾仕様で車椅子が運べる車はそうはない。
「もし、新崎先生を狙っている者がいれば、ハイどうぞと言ってるようなものじゃないですか」
「アメリカのシークレットサービスの車が付いていてくれる」
ジョンのことが頭に浮かんだが、彼はニューヨーク市警の警察官だ。ワシントンD.C.とは関係ない。
「新崎先生が国連でスピーチすることは公表されているんですか」
「アメリカ行きはそこから始まっている。今回の目玉だ」
「襲撃してくれって言っているようなものです」
「彼らには彼らの計算がある。ホワイトハウスのシークレットサービスを総動員すると言っている」
「去年はそのシークレットサービスに問題がありました」
「分かっている。新崎前総理のすべての予定は、直前に知らせることで納得してもらっている」
横田は口では言っているが、難しいことは承知している。シークレットサービスのやり方は、徹底的な事前準備だ。利点も欠点もある。
「飛行機は乗り込んだ時点で知らせる。ワシントンD.C.のダレス空港には彼らが待っている。ワシントンD.C.に三日間、スピーチの二日前にニューヨークに移動する。これは新崎前総理の希望だ」
「ホテルと移動手段は」
「日本大使館とアメリカ側のシークレットサービスが手配してくれる」
「銃は」
「特例措置を要求している。警護官は所持できるように。飛行機の中でも」
簡単そうに言うが、ハードルはかなり高いはずだ。
襲撃してくるとすれば、おそらくニューヨークだ。それも国連の演説中が一番効果的だろう。世界が見ている時に新崎前総理を暗殺する。相手はNISか赤色戦線か。二つの合同部隊か。明日香は考えを巡らせた。
ロサンゼルス、午前一時。夜の港は、不気味なほど静かだった。
巨大なコンテナ船が岸壁に横付けされ、無数のコンテナがクレーンでゆっくりと降ろされていく。金属同士が擦れる鈍い音が、深夜の港に響いた。
アメリカ合衆国税関・国境警備局の検査官、マイケル・ハリスは、二人の部下とともにその光景を無言で見つめていた。二十年の経験があるが、今夜の違和感は説明できないものだった。
「このコンテナだ」
彼は番号を指差した。記録上は、ごく普通の工業部品だ。出荷地も経由地も、何の問題もない。ただし個別に見ると、と言うことだ。一連の流れをたどると、自分の経験上、不合理が多すぎる。
クレーンがコンテナを地面に下ろす。移動させようとする作業員に、彼は手を上げて制止した。
「開けてみろ」
作業員に一瞬のためらいが見られたが、頷くとポケットからキーを出した。
ロックが外され、重い扉がゆっくりと軋みながら開いていく。
中には、整然と木箱が積まれている。外見はただの輸送用パッケージだが、固定方法が丁寧すぎる。大したことはないと言えばそうだが、長年の経験から感じる違和感だった。
ハリスはその木箱の一つを躊躇なく開けた。分解された機器部品が収められている。翼のような形状のもの、筒状の部品、多数の精密な電子機器。組み立てると何になる。
「ドローンだ。それもおそらく軍事用。本部に連絡する。コード・ブラックだ。おまえたちは全コンテナの移動を凍結しろ」
ハリスは部下に指示を出すと無線機を取り出した。
その瞬間、ハリスの膝が崩れ落ちた。声を出す間もなく、前のめりに倒れ込んだ。両側に部下の二人も倒れている。
背後にはナイフを持ったミハエルと男が三人、立っている。
アケミは軽いため息をついた。
たかがドローンを三十機運び込むだけで、これほど苦労するとは。アメリカでもっと性能のいいドローンを手に入れることが出来るはずだ。しかしロシアからカナダ、シアトル経由で持ち込んだ。
ドローンと言っても縦横一メートル、積載重量十二キロ、滞空時間五時間ほどの軍事用だ。爆薬とピンクデビルは別ルートで送っているが、見つかれば問題は大きいだろう。ピンクデビルは暗号名だ。
「ドローンとピンクデビルはロシア製でしょ。アメリカ国内で調達出来ないの」
「出来ますが、こっちの方が安いし、何より安全です。また実戦使用が豊富ですから、少々過酷な状況でも機能します」
元KGBの傭兵のアドバイスだ。アメリカ大陸の横断は、飛行機では難しいのでトラックで行なう。
「カラシニコフと同じというわけね」
「まあ、そうです。故障なし、取扱い簡単。手に入りやすく、足がつかない」
大事なのは、ロシア製のドローンだということ。アメリカ製でもっと高性能なドローンも多くある。
「そろそろ時間です。積み込みの時間厳守、遅れれば取引ノー、と言ってました」
ミハエルが腕時計を見て言う。
アケミは双眼鏡を握りしめた。
港の道路の端からライトが近づいてくる。トラックが三台、コンテナの前に止まった。三台は別ルートを走る。一台がトラブルに巻き込まれても作戦遂行には支障が生じないように。
アケミとミハエルは部下に合図を送り、コンテナから降ろした荷物を積み込む。
「ロサンゼルスからニューヨーク。総距離約五千キロ。徹夜で走れば二日か三日で着きます」
「バカはやめて。ゆっくり行きましょ。途中、ラスベガスに寄ってね。私はギャンブル好きなの」
アケミが笑った。