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高殿円さん「書かずには死ねなかった」。氷河期世代の“鎮魂の物語”

高殿円(小説家)

2026年07月21日 公開

就職氷河期世代の辿ってきた人生を詳細に描き、1990年代以降の「日本」をあぶりだす、エネルギッシュな長編小説『せどりの女王』。著者の高殿円さんはこれまで特別国税徴収官や百貨店の外商部員といったさまざまな職業を題材にした小説で人気を博しており、本作ではブランド品買取販売会社を舞台に、従来の作品とはまた違う趣向を凝らしている。

主人公の社長・夕映野遠火(ゆえの・とおか)は47歳の独身女性。20代で起業し、今や年商50億、総資産はざっと200億円。

そんな彼女がインスタライブで爆弾発言をしたことから事態が大きく動く。主人公と同世代である著者は今なぜ、こうした女性の物語を描こうと思ったのだろうか。

取材・文=北村浩子/写真撮影=迫田真実

※本稿は、『文蔵』2026年7、8月号より、内容を抜粋・編集したものです。

 

“新品”として扱われなかった世代

──今回「せどり」という、高級ブランドの中古品売買という仕事を取り上げたのはなぜでしょうか。

【高殿】わたしたち就職氷河期世代って、就活の時、「"ブランド品"になれなかった世代」なんですよね。わたしたちの時代においては、新卒でないと価値がなかった。一人一人、それぞれの人生があるのだけれど、就職とは企業に「買われる」ということで、わたしたちは「商品」であり、「商品価値」を他人からつけられていたわけです。

しかも当時は"新品"だったのに、不況のため、店に並べてももらえず、いきなり倉庫行きですよ。自分の何がいけなかったんだろう? わたしたちはなんでこんな目に遭ってるんだ? って思いながら、がむしゃらに30年近く生きてきたわけです。

作家のわたしとしては、自分が培ってきたスキルを使ってできるのは言語化しかない。世の中の見えなかった問題が可視化されるのは、それに言葉が与えられた時ですよね。言葉にすることに関しては自分には一日の長があると思っているので、その技術を使って、わたしたちがされてきた仕打ちを、ブランド品の流通の世界を題材にすることによって言語化したいという気持ちがありました。

――実際に書き始めていかがでしたか。

【高殿】じつはこの作品は「文蔵」での連載でしたが、最初は別の企画を始める予定だったんです。でも、どうしてもこのテーマで書きたくて、担当編集者に電話して、ちゃぶ台をひっくり返したんですよ(笑)

──なんと、そんなことがあったとは。

【高殿】死ぬ前にこれだけは世に出しておきたい、書かずには死ねないと思って。わたし、ちゃんと締め切りも守るし、粛々と仕事をするほうなんですけど、今回だけはちょっとイレギュラーなことをしてしまいました。でも、熱意が伝わって良かったです。氷河期世代にとっての「弔い合戦」「鎮魂」的なものを、絶対書きたかったんです。

──主人公の遠火がインスタライブで「ずっと殺したい奴がいる」と言い出し、家族や自分の過去を明かし始めて報酬を提示し、情報を求むと告知します。遠火は同世代とおっしゃっていましたが、物語にはご自身の経験も反映されているのでしょうか。

【高殿】そうですね。わたしの今までの小説は、知らない職業のことを調べ上げて書いたり、ファンタジーだったら完全な想像を描いたものだったりしたんですが、今回の作品は生々しいところも含めて自分の経験が入っています。

主人公の遠火はわたしと同じ神戸出身に設定しました。彼女は高校3年の冬、阪神・淡路大震災に遭って、買ったばかりの新築のマンションが大きな被害を受けます。バブル崩壊のあとの就職大氷河期、そして震災、しかも女子。彼女はそれを「トリプル底辺」と表現しますが、わたしも震災を経験しているので、なぜこんなに重なってしまったんだろうと思う時がいまだにあるんですよ。

 

物語とSNSの関係性

――インスタライブの発言がネット上で大きな話題になると同時に遠火は姿を消します。会社の上場を控えるなか、復讐の話なのかと思わせる展開と並行して、彼女や部下の左千夫(さちお)、そして彼らの事業に出資する時雨沢(しぐさわ)つばめの来し方が明かされていきますね。

【高殿】彼女たちは「お前の代わりはいくらでもいる」と一回は言われた人たちで、しがみついて生きてきた世代。理不尽な思いをした人がSNSにその憤りを投稿するのは、もちろん相手に復讐したいという気持ちもあるでしょうけど「自分が何をされたかをみんなに知ってほしい」からだと思うんです。知ってほしいというのは祈りのようなもので、私自身も遠火同様、就職氷河期世代がどんな風に扱われてきたか、ってことを伝えたい気持ちが強くあります。

神戸時代の遠火がある料理を出す店で働いていたというシーンを入れましたが、その料理には、じつは神戸・長田の土地の歴史が紐づいています。その場面をおいしそうだなと思ってもらえたらもちろんそれでいいし、そこに潜む背景に気付いてくれる人もいるかもしれない。小説の中ではっきりと言及してはいませんが、そんな工夫もしています。

また、遠火や左千夫といった、必死にもがきながらのし上がってきた彼らは、寄ると触ると肉を食べていますが、一番「生(せい)」につながる食べ物ってなんだろうと考えた時、やはりそれは焼肉だろうと思いました。ただの食事じゃなくて死に抗う行為といえる。クライマックスに肉を食らうシーンを持ってきたのには、そのような意味もあります。

 

ゴミの中から金を取り出す意味

──仕入れたブランド品を遠火たちがきれいにして新品のように生まれ変わらせる場面は、詳細に描かれていてとても興味深かったです。こうするのか! と。

【高殿】実際にやってみたんですよ。ヤフオクやメルカリで中古品を購入して、洗ったり補修したりしました。私、自分の家のDIYをしたりするくらいなので、結構そういう作業が好きなんです。作業をすることによって、ここまできれいになるんだな、という発見もありました。そのままだとゴミにされてしまうものを再生させる、蘇らせてまた使えるようにする......考えてみれば、自分自身がそうされたかったという思いも入っているんだと思います。

──不要になった仏壇から金を取り出す左千夫の技術もすごかったです。インパクトがありました。

【高殿】ゴミの中から金を取り出すということに、じつは前々からものすごく関心があったんです。30年前にはそれほど価値が高くなかった金の価格が今は10倍くらい上がっています。そんな金を、これからはゴミの中から取ることになるだろうとずっと前から思っていました。

捨てられるものの中に価値が眠っている......「資産性の再評価」ということに対して関心があります。なぜなら社会から門前払いされた氷河期世代の私たちは、勝手に閉山とみなされてしまった鉱山みたいなもの。でもそこには確実に金が眠っているんですよ。遠火の部下である左千夫はそれを知っているわけです。

──左千夫と遠火の関係性はどのように描こうと思っていらっしゃいましたか。

【高殿】今回、ブランド物を扱う店を女社長がやっていく場合、「でかい男」が必要だと考えました。アングラな世界というか、グレーな人たちと関わらざるを得ない商売を女がするうえで、男の人が一人いてくれたらすごく楽になりますよね。

これまでも恋愛のない男女のバディものを結構書いてきましたが、左千夫の見た目については、韓国人俳優のマ・ドンソクのように強面で身体の大きい、ボディーガード的な存在にしました。「いるだけで安心感のある、人間の言葉を解するでかいシェパード」みたいな感じですね。

──遠火の会社「ブランゴール」は上場できるのか、という展開は物語全体のひとつの筋としてありつつ、ビジネス小説ともまた違った味わいがあります。

【高殿】派閥争いとか裏側での権力闘争とか、そういう要素を持った小説は世の中にたくさんあるので、もっと下、下流に目線を向けたかったんです。会社を年商50億まで成長させる社長や副社長って、ある程度心を捨ててなきゃそこまで行けないだろうというイメージですが、左千夫みたいなキャラクターがいることでコミカルな小説としても読んでもらえるんじゃないかと思っています。

 

今こそ「人間のせどり」が必要

──遠火はインスタライブの中で必ず「従業員募集中です」「採用を強化しています」と言います。応募資格はない、年齢も学歴も病歴も関係ない、と。すごく励まされる思いがします。

【高殿】氷河期を必死にサバイバルして来た遠火はそれを身に染みて分かっているから「誰でもオッケー」と言うんです。中古品をせどりして売っていますが、彼女が本当にやりたいのは「人間のせどり」なんですよね。私が上場するということはお前らも一緒に上場するってことなんだ、だから毎回「張り切ってぶち上がろー」って、彼女はライブで呼びかけるわけです。

今ぼろぼろでくたくたの人だって、磨けばピカピカになるかもしれない。磨くのはプロの我々がやるからとにかく応募しろ、高く買ってもらえるようにしてやるからこっちへ来い、っていうのが人材派遣業のあるべき姿ですよ。

人が少なくなったこのご時世でもまだ30代が欲しいとか言って人材を求める会社がありますけど、正直どうなの?って思いますね。それなりに人生経験を積んできた人たちの手綱を引けるかどうかって、会社の実力そのものじゃないですか。若い人ばかり欲しがるのは、そういう人材しかマネジメントできないと言っているのと同じだと思います。

――この作品を通して読者の方に伝えたいことは?

【高殿】不当に扱われて心や体を壊して、それでもなんとかしがみついて生きている人たちに、どうか救われてほしい。私は小説を書くことしかできないけれど「自分たちはこうされたかったんだ」という物語を世に出すことで、悲しみやもやもやが少しでも昇華されればと思っています。

──死ぬ前にこの小説を書きあげたかったとおっしゃっていましたが、今後については何かビジョンがおありでしょうか。

【高殿】じつは2年ほど前に出版社を立ち上げて、本を作っています。今までは書き手として所属していた世界に、作り手として参入してみたらめちゃくちゃ大変で、シビアな現実を肌で感じています。

紙の本の部数も減っているし、出版業界の未来に明るい要素はあまりないと言われていますが、この業界って、言語化能力のある人たちの集まりですよね。その価値をもっと上げるべきじゃないかと考えています。それこそ再評価じゃないですけど、いかに時価総額を上げるか。小説を小説として楽しんでもらうだけじゃなく、地方のPRのために使ってもらったら大きな波及効果があるんじゃないかとか。もっともっと煮詰めて考えて、業界全体の価値を上げていきたいですね。

 

著者紹介

高殿円(たかどの・まどか)

小説家

兵庫県生まれ。2000年に角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。13年『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。23年『グランドシャトー』で第11回大阪ほんま本大賞、24年『忘らるる物語』で第23回Sence of Gender賞を受賞。その他の作品にホームズとワトソンを女性コンビに仕立てた『シャーリー・ホームズ』シリーズ、化粧品会社社長をモデルにした評伝小説『コスメの王様』などがある。ファンタジーから仕事小説まで作風は幅広い。

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