有隣堂しか知らない世界「中の人」の正体は?プロデューサーが語るキャスティングの経緯
2025年07月24日 公開
老舗書店・有隣堂の公式YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』、通称『ゆうせか』。企業YouTubeとしては異例の登録者数38万人を誇ります。しかし、かつては『書店員つんどくの本棚』として開設するも伸び悩み、一度は打ち切りに...。そこから一転して、爆発的な人気を博す要因となったのが、異色のキャラクター・R.B.ブッコローの存在です。ブッコローはいかにして生まれたのでしょうか。
『有隣堂しか知らない世界』プロデューサーのハヤシユタカさんの書籍『愛される書店をつくるために僕が2000日間考え続けてきたこと キャラクターは会社を変えられるか?』より紹介します。
※本稿はハヤシユタカ著『愛される書店をつくるために僕が2000日間考え続けてきたこと キャラクターは会社を変えられるか?』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
キャラクタービジュアル作戦会議
――2020年6月上旬 ゆうせか誕生の1カ月前
キャラクターのビジュアルをどうするか。これもまた大きな問題だった。企画開発部の鈴木由美子さん(後の初代黒子、現在のYouTubeチームのリーダー)をはじめとした有隣堂の社員はこの時期、相当大変だったと思う。
普通なら、デザイン会社いくつかに声をかけ、コンペでもやって、その中から決めましょう......という感じだろうが、そんな暇はなかった。とにかく時間がなかった。
この時、『書店員つんどくの本棚』が打ち切りになってから1カ月が過ぎようとしていた。つまり、有隣堂の公式YouTubeチャンネルは1カ月間更新が止まっていたのだ。
打ち切りの少し前。まだ動画が更新されていた頃、松信社長は出版関係者が集まる催しでこう宣言をしていた。
「有隣堂はこれからYouTube に力を入れていきます! 皆さん、登録お願いします!」と。
そんな状況で更新が止まったままという訳にはいかない。由美子さんは焦っていた。
「松信はとにかく早く、新しいYouTubeを公開しろと言っています! 遅くとも6月中には!」
なんてことを言うんだ。あと1カ月もないじゃないか。僕たちはキャラクターの制作でゆっくり迷っている暇はなく、即断即決で次々と決めていった。
「ハヤシさん、キャラクターは何かモチーフ決めた方がいいですよね?」
「そうですね」
「『STORY STORY(有隣堂が展開する店舗のひとつ)』の看板ではミミズク使ってますよ」
「じゃあミミズクでいいんじゃないすか?」
「そうですね、知的な感じだし!」
それから数日後には、
「ハヤシさん、キャラクターのデッサンができました!」
「おおー、すごいクオリティー高いですね。手に持ってる本の色だけ緑にしましょ」
「たしかにそうですね! 暗めのグリーンにします! 5日でパペットにしてくれる業者が見つかったのでもう発注します!」
スタートアップもびっくりのスピード感だった。
キャラクターのビジュアルの方向性は、デザインが得意だという有隣堂の社員にお願いした。僕は細かな指示をする余裕もなく、「モチーフはミミズク」「白井ヴィンセントみたいなキモかわいい感じ」くらいしか伝えられなかった。
しかしその社員はわずか3日で、今のブッコローの原型となるデザインを描いてくれた。当時小学生だったお子さんと、そのお友達と相談しながら考えてくれたらしい。
結果として、オレンジ色で、目が飛び出したミミズクが生まれた。
デッサンを初めて見た時、これは多くの人に愛着が湧くキャラクターになり得ると思える、素晴らしいデザインだった。
また、パペットを作ってくれた業者さんも、凄まじい短納期の中で制作してくれた。由美子さんから口をパクパクしている動画が送られてきた時は、唯一無二のキモかわいさに心躍ったことを覚えている。
しかし、こんな良い形になったのは、さまざまな幸運と、関わった人々の思いが重なり生まれた偶然の産物だ。「キャラクターを作るなら即断即決で決めるのがいいよ!」というわけでは決してないと思う。もし制作期間がもっとあったとすれば......、どんなキャラクターになったのだろうか。
キャラクターの「中の人」
豪華ゲストと共演するR.B.ブッコロー
さて。有隣堂の社員がキャラクターのパペット作りに奔走していた頃、僕はキャラクターの「中の人」を探していた。
とある平日の昼。
僕は、東京の大井町駅近くの立ち食いそば屋で天ぷらそばを平らげた後、店のすぐ前である男に電話をした。以前、同じ職場で働いていた同僚で、常に周囲を笑わせていた楽しいヤツだ。僕は「トークの天才」と思っていた。そして、僕が彼の持ち味を引き出せば、もっと面白くなるとも考えていた。
彼が職を辞してから一度も連絡を取っておらず、話すのは8年ぶりだった。
「おおー、久しぶりー」
出てくれなかったらどうしようかと思ったが、すんなりとつながった。
ただ、後から話を聞いたら「金の無心か、マルチビジネスの勧誘かと思った」とのこと。そりゃそうだ。彼は今、普通の会社員らしい。真っ昼間から長電話するわけにいかないので、すぐ本題に入った。
「有隣堂っていうお店知ってます?」
「知ってるよ。全国チェーンの書店でしょ?」
「いや、実は関東しか出店していないんすよ......(当時)」
「ああーそうなんだ。それで?」
「そこが企業YouTube作るって話になって。プロデューサーを僕がやるんですが、キャラクターの中の人、やってもらえません?」
「いいよー」
「いいんすか?」
「いいよ。頼まれごとは断らないから」
すんなりとOKをもらった。でもこれも後で話を聞いたら、実は少し迷ったらしい。
「トークが抜群に上手い」という人間を中の人に抜擢できたのは、「素直さ」を大切にしようとしていた有隣堂のYouTubeにとって、この上ない追い風になった。
一般的に企業YouTubeのトーク番組となると、収録の前に進行台本をガチガチに固めて書いて「この通りに進めてね」という形になりがちだ。
その方がミスはないし、「間違いのないもの」ができるからで、そうした動画のMCであれば、結構誰でもできる。僕にもできる。
しかし、何度も書いている通り、このYouTubeチャンネルの根幹は「素直さ」だ。決められたことだけを喋っているようではそれを表現できない。逆にほぼ台本が存在しないような状況で、即興で思いついたことを次々と喋るスキルが求められる。
彼はその能力に抜群に長けていた。若い頃は2日に1度のペースで合コンに行って鍛えたというだけあって、もう凄まじい。彼と「接待を伴う店」に行くと、終始笑いっぱなしだ。
そこに加えて、ジャンプカット編集をかけ合わせれば、マシンガンのようなトークを繰り広げることができる。
さて、キャラクターのパペットの制作の目処が立ち、中の人も決まった。あと決めなければならないのはキャラクターの名前だった。
由美子さんがLINEで案を送ってきた。
「伊勢佐木フクゾーとかどうですか?」
僕は「考えます」とだけ返して、そっとスマホを閉じた。