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生き方

「嫌なことは避けられない」 不快な感情を受け入れると気持ちが楽になる理由

鈴木祐(サイエンスジャーナリスト)

2026年09月24日 公開

辛い状況に陥ったときに「こんなの全然辛くない」と自分の感情に蓋をして、何とかその状況を乗り切ろうとしたことがあるかもしれません。ところが、「そうした感情に抵抗するのではなく、現実を積極的に受け入れる(降伏する)方が苦しみから逃れられる」と、サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんは語ります。

なぜ、ネガティブな感情を受け入れるべきなのか――その理由と降伏するスキルを伸ばす方法をご紹介します。

※本稿は、鈴木祐著『最高の状態 無』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

苦しみ=痛み×抵抗

2014年、ブリティッシュコロンビア大学などのチームが、興味深い実験を行いました。これは健康な女性を対象にしたテストで、チームは全員に高負荷のサイクルトレーニングを指示。その際に、半分の参加者にだけ「不快な感情をできるだけ受け入れるようにしてください」とアドバイスしました。

トレーニング中の辛さに、「この痛みがなくなれば良いのに」と願ったり、「思ったよりも苦しくない」と自分を偽ったりするのではなく、「運動の不快感は避けられないものだ」と認め、ネガティブな感情を迎え入れさせたのです。

その結果、不快を受け入れた参加者は「苦しみ」の認知が大きく変わり、運動の辛さに抵抗したグループと比べて主観的な辛さが55%も低下したといいます。疲れて動けなくなるまでの時間は15%増加しました。この結果をもとに、チームは「不快を受け入れること」の効果を強調しています。

抵抗が苦しみを生む事例は、日常にいくらでも存在します。たとえば、山に登れば誰でも足や背中の痛みを経験しますが、「苦しみ」まで抱く人はほとんどいません。登山者はみな、「この困難を選んだのは自分だ」という認識があり、山歩きの痛みに抵抗しないからです。

一方で、誰かに登山を強制されたら事態は変わり、「なぜ自分がこんな辛い目に......」といった現状否定の思考が頭をめぐり始めるでしょう。多くの人が陥りやすい「抵抗」の典型例には、次のようなものがあります。

・怒り狂う

自己イメージの崩壊や失敗の恥を認められず、否定の感情が外部への怒りに変わるパターンです。他者からの批判に過度に攻撃的になり、周囲に怒鳴り散らしたり、嘲笑したりする人の存在には誰でも心当たりがあるでしょう。

・引きこもる

自身の恥ずかしい姿を知る相手との関係を避け、自分の部屋に引きこもるタイプの抵抗です。しかし、いくら外部との関わりを絶っても、今度は脳に浮かぶ他者のイメージに悩まされるため、いつまでも問題は解決されません。

・見栄を張る

心の中のネガティブ感情を見せたくないあまり、他人に過去の成功を自慢したり、金や権力を誇示したりといった反応を見せるのもありがちな抵抗の例です。

・頑張り過ぎる

「自分は無価値だ」や「私は何もできない」という感覚を押さえつけるために、限界を超えたハードワークを続けるパターンです。このタイプの人は、成果を上げても内面が焦りと疲労に支配されており、周囲からは成功者に見えても本人は充実感を得られません。

・刺激に頼る

脳内のネガティブ思考から逃げようとして、酒やタバコなどの嗜好品に依存したり、ジャンクフードで気持ちを紛らわせたり、激しい運動で気分を高めたりと、何らかの刺激でごまかそうとするのも抵抗の一種です。その結果、アルコール依存、過食、拒食、燃え尽き症候群などにはまりやすくなります。

どのパターンでも、不幸を紛らわせる効果は長続きしません。それどころか、事態の悪化を招きます。いずれの抵抗も、現実から目を背け続けている点は変わらず、本質的な問題が解決されないからです。この苦しみのメカニズムを、仏教研究者のシンゼン・ヤングは次の式で表しました。

「苦しみ=痛み×抵抗」

私たちが人生で出くわす"1の矢"(痛み)は誰にも避けられません。そこに「現実への抵抗」という行為が加わることで、"2の矢"(苦しみ)が生まれます。現実に対して積極的に「降伏」する。これが、私たちが取れる対策です。

 

メタファーで抵抗のメカニズムを理解する

降伏のスキルを伸ばすのに最も手軽なのは、メタファーを使う方法です。「たとえ話」を使って、抵抗が痛みを増大させる仕組みをイメージでつかみます。

・弾丸のメタファー

「辛い感情や思考」を、弾丸のようなものと考えてください。仕事に失敗したとき、愛する人を失ったとき、未来の不安に襲われたときなど、感情の弾丸は私たちの心臓めがけて瞬時に発射されます。このとき、あなたがレンガの壁を作って弾丸を防ごうとしたらどうなるでしょうか?

1発目の弾丸でレンガは壊れ、最初の一撃は避けられても、2発目、3発目の弾丸には無防備になります。それでは鉄の壁で弾丸を跳ね返せば良いのかというと、これもまたうまくいきません。弾丸の直撃こそまぬがれるものの、次の弾丸を避けるためには壁の陰に隠れ続けねばならず、ただ防戦するだけの人生に陥ってしまうからです。これでは生きる喜びそのものが失われてしまいます。

しかしここで、壁ではなく海に向けて弾を発射したらどうでしょうか?水を貫いた弾丸はゆっくりエネルギーを失い、やがて海底に沈んで何の影響も及ぼさなくなります。弾丸の痛みは無効化され、それ以上の苦しみも発生しません。

・庭掃除のメタファー

いくらきれいに庭を掃除しても、時間が経てば再び落ち葉や泥で汚れます。「ずっときれいなままだったら良いのに」などと考えても庭は汚れたままです。

あなたの精神も同じようなもの。いくら一時的にすっきりしても、何もしなければやがて思考や感情のゴミが溜まり続けていきます。いくら汚れを批判しても状況は変わりません。ただ掃除を続けるしかありません。

・地図作りのメタファー

あなたは地図の制作者です。地図をつくる人は、その地域の地形や街路を念入りに調べますが、決して批判をはさみません。「この川がもっと右に曲がっていたら良いのに」などと叫びながら地図を作る人はいないでしょう。

ところが私たちの精神については、多くの人が、「間違った地図作り」と同じことをしています。与えられた情報をただ観察すれば良いのに、自分の理想の地形を思い描いて文句を言うのです。役に立つ地図を作るように、ただ情報を正しく観察するのが大事です。

以上のメタファーは、人によって、しっくりくるものが違います。自分が好きなものを選んで、定期的に思い浮かべてみてください。それだけでも、「降伏」の考え方が少しずつ脳に染み込んでいくでしょう。

 

科学者の視点で抵抗を分析する

頭で降伏の考え方を押さえたところで、肉体でも詳しい感覚を学んでおきましょう。取り上げるのは心理学者のクリスティン・ネフが開発した「アイスキューブ・チャレンジ」です。具体的には、次のステップで実践してください。

①氷を持つ

冷凍庫から氷を1つか2つ取り出して手のひらに持ちます。そのまま手を握り、氷を3分間持ち続けましょう。

②思考の抵抗に気づく

だいたい1分もすると「少しずつ痛くなってきた」「こんなことをして何になる?」といった思考が浮かび上がってきます。まずは、その思考の存在に意識を向けてみてください。どんどん氷を手放したくなってくるでしょうか?手が痛んだら氷を放すしかないと思うかもしれませんが、私たちには別の選択肢もあります。

「氷を放したい」という思考は、いまの瞬間だけ浮かんだ脳内のフレーズにすぎません。そのため、「そのまま放っておいて何の行動もしない」というチョイスもあり得ます。まずは、あなたの内面に浮かぶ「思考の抵抗」を、ただ観察してみましょう。

③身体の抵抗に気づく

続いて、氷の痛みがもたらす身体的な感覚に意識を向けていきます。手のひらはどれぐらい冷たいのか?具体的に手のひらのどの部分が冷たいのか?そもそも「冷たい」とはどのような感覚なのか?ジンジンする感じなのか?ヒリヒリするのか?単に「痛い」や「冷たい」などの感想で済ませず、自分の身体に何が起こっているかを観察してみましょう。

④感情の抵抗に気づく

さらに氷を持ち続けながら、今度は感情の変化に目を向けていきます。恐怖、焦り、不安などのネガティブな感情が出てきていないかをチェックしてみましょう。いままでのステップと同じように、ネガティブな感情を、単なる心の動きとして観察してください。

⑤氷を解放する

以上のステップを行って2分が過ぎたら、氷を手放してください。最後に、このエクササイズでどんなことに気づいたかをチェックしましょう。

・氷を握っているあいだに、脳内に浮かぶ抵抗の感覚に気づけただろうか?

・その抵抗に、どんな対処をしたくなっただろうか?

・抵抗したい感情をそのままにして氷を握り続けることは可能だっただろうか?

以上の質問について考えてみてください。

「アイスキューブ・チャレンジ」のポイントは、氷がもたらす痛みに対して、自分の脳がどのような反応を起こすのかを観察することです。反応のパターンは人によって異なり、激しい不安がわく人、なぜか怒りの感情を抱く人、「こんなことに意味があるのか?」と困惑する人など、「抵抗」のバリエーションはさまざまです。

ここで最も大事なのは、あなたの内面にわく「抵抗」の反応を、科学者のような態度で観察することです。優秀な科学者は、「この電気抵抗は良いことか?それとも悪いことか?」などと主観的な判断をしません。電気の流れをただ冷静に見つめ続け、どのような条件で抵抗率が上がるのかを見極めます。

あなたも自分が科学者になったつもりで、ただ自己がどのような「抵抗」を起こすかを眺めてみてください。いったんこの感覚が身につけば、失敗、別れ、病気、不安、自己批判といった人生のあらゆる痛みに応用できるようになります。

著者紹介

鈴木祐(すずき・ゆう)

サイエンスジャーナリスト

1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門家へのインタビューを重ねながら、へルスケア、生産性向上をテーマに書籍や雑誌で執筆。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、化学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。著書に『ヤバい集中力』他多数。

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