さかなクンに「全部の国歌を覚えます!」と誓い…政治家志望だった青年が200カ国以上歌える「人間国歌ジュークボックス」になるまで
世界200カ国以上の国歌を歌える「人間国歌ジュークボックス」こと、KENTさん。子どもの頃にアニメ『キン肉マン』をきっかけに国歌に興味を持ち、80か国ほどを覚えた頃、さかなクンとの出会いによって、国歌を歌う活動が大きく動き出したそうです。KENTさんに、国歌との出会いや世界各地での忘れられないエピソード、国歌を通じて感じたことを聞きました。
(取材・文/PHPオンライン編集部)
さかなクンに「200カ国以上の国歌を覚える」と誓う
―国歌を覚えるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
一応、生まれつき覚えていたということになっています。設定上は。
―設定があるんですか!
冗談はさておき、国歌を覚えたきっかけは、子どもの頃に見ていた『キン肉マン』のアニメです。ウォーズマンが登場するとソ連の国歌が流れて、ロビンマスクが登場するとイギリスの国歌が流れる。それがかっこいいなと思ったのが始まりでした。そこから少しずつ国歌を覚えるようになって、いつの間にか80か国くらい歌えるようになったんです。
―そこからさらに200以上の国歌えるようになるまでは、どのような道のりだったのでしょうか。
実は、きっかけはさかなクンとの出会いでした。
ある飲み会に、さかなクンが遊びに来たんです。夜中の12時だったんですけど、釣ってきた魚をひたすらさばきながら、ずっとテンション高く魚の解説をしてくれるんですよ。それを朝の6時まで、ずっと同じテンションで続けていて。
本当にびっくりしました。その場にいた一人ひとりに魚の絵を描いてくれたりもして。さかなクンって、本当にさかなクンなんですよね(笑)。好きなものを突き詰めた姿にすごく感動して、「今、80か国の国歌を覚えているんですけど、これから全部覚えます!」と、さかなクンに誓ったんです(笑)。
それからは毎年、年賀状で「今、100か国まで来ました」と進捗を報告するようになりました。「いつか僕も学校で授業ができるようになります」と伝えていたんですが、今では実際に学校で授業をするようにもなりました。
政治家を目指した高校生が芸能の道へ
―そもそも、最初に80か国の国歌を覚えられたこと自体がすごいですよね。
子どものころから「世界」というものへの興味が強かったんです。幼稚園の頃は国旗が好きでしたし、高校生の頃の夢は政治家になることでした。
落合信彦さんという方が、世界の政治家たちについてのルポルタージュを書かれていて、その本が大好きだったんです。世界を動かしていく仕事って、すごく面白いだろうなと、政治に興味を持ちました。
─そこからどのように、国歌ジュークボックスの活動につながったのでしょうか。
政治の世界に行きたいという強い思いで大学を受験したのですが、落ちてしまって。すごくショックを受けました。それで、高校卒業後はしばらく引きこもっていたんです。ただ、その間も政治に関する本を読んだり、新聞を端から端まで全部読んだりしていました。
その後、スーパー歌舞伎への出演をきっかけに社会復帰して、芸能の仕事をするようになりました。オペラやバレエなどの舞台に立ったり、映画会社に10年間勤めたり、農業に携わったりと、さまざまな経験を経て、白Aというパフォーマンス集団に入りました。そこで、世界各地でショーをするようになったんです。
当時はダンスがあまり得意ではなかったので、自分にできることは何だろうと考えました。そこで、ショーの前に国歌を歌ってお客さんを盛り上げることにしたんです。それが、国歌を歌う活動の始まりでした。
―「政治家になりたい」というスタート地点から、ずいぶん波乱万丈な道のりでしたね。
実は最近になって知ったんですけど、祖父も政治家だったそうです。父が幼い頃に亡くなったので、僕は一度も会ったことがないんですが、「これって血だったのかな?」と思いましたね。
国歌に救われたチェコでの思い出
―世界中で国歌を歌う中で、心に残っているエピソードはありますか?
いくらでもあります! まず、国歌を歌うことで、誰とでも仲良くなれるというのは本当にありますね。飛行機で隣に座っていたウクライナ人の女性にウクライナ国歌を歌ったら、すごく喜んでくれて。今でもその方とは交流が続いているんです。
あとは、チェコで道に迷ってしまったときのことも印象に残っています。当時チェコでは英語がほとんど通じず、しかも手元の地図が間違っていて、どうやってもホテルにたどり着けなかったんです。
「どうしよう…」と思いながら、スーツケースをガラガラ引きずって街を歩き回っていました。もうどうしようもないので、とりあえず観光しながら(笑)。
そうやって街をさまよっていると、ふとタクシーが止まっているのが目に入ったんです。運転手のおじさんに話しかけてみたものの、まったく言葉が通じない。そこで、チェコの国歌を歌ったんですよ。間違った地図を見せながら(笑)。
そうしたら、おじさんが「ホテルに行きたいのか!」と気づいてくれて。なぜわかってくれたのかというと、その国歌の歌詞が「私の家はどこ」という意味だったんです。
―それはすごい! KENTさんは、歌詞の意味をわかって歌っていたんですか?
それが、当時は歌詞の意味をあまりわかっていなかったんですよ。偶然なんとかなったという感じです(笑)。図らずも、国歌に救われました。
どんな国の誰であっても、みんな仲良くなれる
―これまでさまざまなパフォーマンスをされてきたKENTさんですが、今度は「六本木アートナイト 2026」に出演されるそうですね。どのようなパフォーマンスを披露されるのでしょうか?
夜通し六本木の会場内を歩いて、出会った方に向けて国歌を歌う予定です。大きな世界地図を持って、「どちらの国から来たんですか?」「行きたい国はありますか?」と質問し、答えた国の国歌を僕が突然歌い出すという(笑) 。
─自分の国の国歌を日本人が歌い出したら、海外の方はかなり驚くでしょうね(笑)。
そうですね。世界の皆さんとの出会いが今から楽しみです。
僕はこれまで世界中でショーをやってましたが、いろんな国でいろんな人と仲良くなれるんです。
どんな国の誰であっても、みんな仲良くなれるというのが、地球の本来の姿なんじゃないかなと僕は思っているんです。六本木という世界中の人が集まる場所でのイベントに参加できることを、とても嬉しく思っています。
─ちなみに、日本人でも、話しかけたら歌ってくださいますか?
もちろんです! 「六本木アートナイト」は大人向けのイベントというイメージかもしれませんが、今年は17時から始まるので、ご家族でも楽しんでいただけると思います。当日、皆さんと出会えるのを楽しみにしています。