人気Podcast番組『学校では教えてくれない"見えない力"の授業~「大人の非認知能力」~』でパーソナリティをつとめる、株式会社OnLine代表の白石慶次さん。同番組に、教育改革やソーシャル・イノベーションに長年取り組み、東京大学や慶應義塾大学で教鞭をとり「すずかん先生」の愛称で知られる鈴木寛教授がゲスト出演しました。テーマは「AI時代、大人は何を学ぶべきか?『大人の教育改革』」です。
収録後、お二人に追加でお話を伺いました。「どうせAIに抜かされるなら、学ぶ意味はあるのか」。そう感じる大人は、何を学べばよいのか。AIにはない力の磨き方や、悩みを「学び」で解きほぐす考え方について聞きました。
※全3回の2回目です
AI時代に何を学べばいいのか
――Podcastの中でもありましたが、AIがすごい勢いで台頭するなかで、学び直しが盛んに言われています。ただ、「結局AIに抜かされてしまうのに、学ぶ意味はあるのか」と感じる大人も少なくないのではないでしょうか。そうした人は、何から、どんなものを選んで学んでいけばよいのか、お考えを伺えますか。
【鈴木】AIが何をできるかを考えれば、それ以外はまだ人間の仕事だ、ということなんです。今は第3次AIブームですが、AIが扱える情報としては、視覚情報、聴覚情報、そして言語情報くらいなんですよ。人間には五感があって、最近は6つ目の感覚として内受容感覚があると言われています。頭がズキズキと痛むとか、五臓六腑に響いたとか、これが内受容感覚で、触覚ともちょっと違うんです。嗅覚や触覚、味覚、内受容感覚といったものは、AIでは置き換わりません。例えば料理は、AIでは置き換わらないですよね。
それから身体性が改めて大事になります。スポーツとか演奏とか音楽とか、パフォーマンスアーツは、これからも身体性を伴いますので、非常に重要です。
さらに、AIには欲がないんです。良心もない。欲とか良心は、AIにはないんですよね。それと、直感もないんです。AIは、過去に人間が言語化・記号化して、インターネット空間に置いてある情報については、全部カバーできます。
――すでにデータがあるものですね。
【鈴木】はい。しかし、過去に人間がやったことでも、データがないものがあります。1600年にパリの王宮で出された料理の味は、インターネットに載っていないですよね。徳川家康が食べた鯛の味もわからない。どう頑張ってもAIにはできないんです。いわんや、1700年代にナポレオンが何を感じていたかなどは、AIにもわからない。言葉は残っているかもしれないけれど、心理状況は残っていないので、全然対応できないんですよね。あの時こういうことを思いついた、という直感もそうです。
西田幾多郎という哲学者が良いことを言っていました。人間にとって非常に重要なのは、言葉にならない"純粋経験"と、"歴史的身体"、つまり身体性、そして"行為的直感"、つまり何かをなす中で生まれてくる直感だと。これはまだAIには難しいので、この3つを人間として磨く。純粋経験をもっとする、身体性を意識する。探究をしながら、いろんなことを思いつく。AIが思いつきそうにないことを、いろいろ直感する。それが人間の想像力であり、非連続な知恵です。AIは連続的な知恵は生み出すけれど、非連続な飛躍知は生み出さない。
AIは驚くべき秀才なんだけど、天才じゃないんです。過去にあったことをめちゃくちゃ知っているだけの話なんですよ。だから、思わぬことはしないんです。天才は、やっぱり思わぬことをする。
【白石】普通では想像もできないことをやり続けるのが天才ですよね。
【鈴木】だから、みんな天才を目指せばいいんです。工業社会の頃は、みんな秀才を目指した。要するに、優秀な工場作業員です。しかし今は、いくら秀才を目指してもAIに勝てない。
アンラーンに有効なのは「現代美術」鑑賞
【鈴木】アンラーンとして、人間がやった方がいいのは、現代美術を見ること。現代美術は、なぜこれに価値があるのかわからないものが多いんです。20世紀最大の現代美術と言われるのが、デュシャンという人の『泉』という作品なんですが、これはトイレの便器を横にして、「泉」と名前をつけただけなんです。作ってすらいない、ただの便器です。そこに「泉」という題をつけただけ。でもこれが20世紀最大の現代美術と言われている。
結局、「えー、なんで?」ということがトリガーになるでしょう。この便器のどこに芸術的価値があるの?と、人間の思考を駆動している。だからコンテンポラリーアートは、特に日本の凝り固まったGDP主義者が見ると、確かに価値が理解できないですよね。でも、本当にGDPや貨幣価値で頭がガチガチになっているので、これを崩すためには、現代アートに触れることです。そういう意味では、現代演劇にも触れた方がいい。僕のルーツは、大学時代、駒場小劇場でオリジナルの演劇をやっていたことにあります。要するに、近代の価値観自体をメタ認知していたんですよね。その頃から、近代的価値観は一つの価値に過ぎないと感じていました。演劇的には、それをパロディにしたり、あるいは近代価値を客観的に見る、つまりメタ認知するというのは、芸術のイロハのイですから。
――先ほどの、現代アートでアンラーンするというお話ですが、触れても意味がわからず、考えすぎてしまう人も多いと思います。それでも大丈夫でしょうか。
【鈴木】考えすぎていいんです。なぜここに美を感じられないんだろう、と。それもいいんです。概念崩壊することが重要。
【白石】ぶっ壊さないといけないですね、価値観を。こびりついているものを壊さないと、新しいものが入ってこない。
【鈴木】それが時々、資本主義においても大成功するわけでしょう。現代芸術の代表的な存在、草間彌生さんの作品はすごく売れていますよね。
学び直しは「人間関係」の改善につながる
――日本人は学びを揶揄してしまう傾向にあると、Podcastの中でお話しされていましたね。白石さん自身はたくさん学び直しをされたそうですが、学びを続けてみて、何に対して良かったと思えましたか。
【白石】学生の時は、学ぶこと自体の楽しみ方がわからなかったんです。しかし、社会に出てから学ぶと、すぐ仕事に直結する。自分で好きで、主体的、自発的に学んでいるので、使うために学ぶ、アウトプットありきで学ぶじゃないですか。それがすごく楽しかったんでしょうね。
学べば学ぶほど、仕事の成果につながったり、人間関係が改善したりしました。人間関係の築き方なんて、学校では教えてもらえないじゃないですか。社会に出て手探りで学ぶことになる。
簡単に言うと、人が怖い状態のまま社会人になるのか、人に対する恐怖なしに社会人になるのかで、僕は全然違うと思っていて。僕は、残念ながら家庭環境なども影響して前者の状態で社会人になりました。だから、学ぶことで人間関係が良くなったというのが、僕にとっては一番良かったです。本当に人に恵まれて、社会関係資本のおかげでここまで来られたな、という実感があります。ビジネスのための学びというよりも、結局、人間関係に活きてきた実感があります。
――学びが人間関係につながっていくというのは、少し意外な印象です。社会人は、どうしても資格や、ビジネスに生きる学びを重視しがちだと思うんです。
【白石】僕も30歳まではシステムエンジニアをやっていましたので、システム系の資格をたくさん取りました。それも仕事に直結してすごく面白かったですし、仕事の学びをする習慣のおかげで、他の分野の学びもできたかもしれないですね。そういう意味で、資格のための勉強も意味があったなと思います。
悩みは「学び」で解決できる
――「はざま」の世代は、職場でどう対応すればよいでしょうか。減点主義で育ち、上には昔の価値観の世代、下には探究型の新世代がいます。PHPオンラインの読者(20代後半〜30代)に多い層です。
【鈴木】自分で探究を始めちゃうことですね。周りに探究の種はいくらでもあるので。従来の、いい学校を出ていい会社に入るという人生設計が完全に崩れているということだけは、さすがにわかっていると思うので、だったらどうしたらいいんだろう、と。
子育てでもいい。子育てなんかまだ解明されていないことの方が多いので。しかも、かつて正解だと思われた解が、今じゃ不正解と言われたりするから、もう無限に学べますよね。
それから、例えば若い人との職場での付き合い方だって、探究していけばいいんです。学問って案外使えるんですよ。日本人が学びを揶揄するという話も、心理学でおおむね説明がつきます。人は、手に入らないリンゴは酸っぱいと思うものなんです。「なんでそんな酸っぱいリンゴを食べるの」と言う人は、おいしいリンゴを取れなかっただけ。かわいそうなんですよ。「じゃあ一緒にもう一回食べてみようよ」と誘えば、「おいしかったね」となることもある。揶揄されている、敵対していると見えてしまうけれど、心理学をある程度学ぶと、どうしてその人がそういう行動をとるのか深い理解が進みます。深い理解が進むと、それに対する手当が変わってくる。
――心理学を学ぶと、人間関係の悩みにも役立つということですね。
【鈴木】はい、人間関係に悩んだら心理学を勉強しましょう。なんで自分はこうなっているの?と。人間関係はいっぱいありますからね。社内の人間関係もあるし、取引先との人間関係もある。そういうのを観察して、理論を基に観察し始めると、面白くなりますよ。
【白石】私も、心理学は学んで損はないなと思います。人間について詳しくなると、もちろん自分についても詳しくなるし、成長のフェーズ、段階によって、どういう課題があるかがわかる。すると「今の自分のこういう悩みって普通のことなんだな」と、重たい悩みが軽く感じられたり、成長の途中なんだな、と出口が見えたりする。出口が見えるというのは、希望じゃないですか。ずっとこの沼にいるわけじゃない。人生なので、いろんな沼にはまる時期はあるけど、ちゃんと出口が用意されている、成長の正常なプロセスなんだなとわかってくると、安心することもできる。そういう意味で、心理学はおすすめです。
【鈴木】心理学は僕の1番のおすすめだけど、2番のおすすめは行動経済学。心理学を加味した経済学。心理学をいきなり学ぶのはハードルが高いと感じる人は、行動経済学から入ってみてもいいかもしれない。
【白石】最近、世の中的に少し流行っていますね、行動経済学。人がどう考えて、どう選ぶのかを客観的に知れて、すごく面白いです。
――私たちのメディアでは悩みを取り扱うことが多いのですが、心理学の専門家に解決策を教えてもらう形はあっても、自分で心理学を学んで解決するという視点は、あまり取り上げてきませんでした。すごく新鮮です。
【鈴木】心理学を学べば、自分の悩みが客観化、メタ化できる。わかれば半分は解決するから。メタ化って大事なんですよ。
――AIに聞けば心理学的な分析もしてくれる時代ですが、それでも自分で心理学や行動経済学を学ぶ意味はあるのでしょうか。
【白石】人間がAIを使って、例えば「今の僕の悩みって心理学的にどう?」と聞いていくと、解析・解説してくれて、めちゃくちゃ使えると思いますよ。間違ったことも言うと思いますけどね。そこは気をつけながらですけど。
【鈴木】AIに置き換えられるとは思わずに、相棒だと思えばいいんです。友達の中にいるじゃないですか、めちゃくちゃ博識な人が。
【白石】別に、心理学の専門家になるために心理学の勉強をするわけではなくて、それこそウェルビーイングを高めていくために、時代の変化に対応していく、そういう柔軟なメンタリティやマインドセットを備えるために、心理学を学ぶ。学ぶというのも、そんなに構えるものじゃなくて、AIと会話するだけでも、心理学の学びになると思うんですよね。そういう柔軟な感じでいいと思います。