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- 連載小説「NY襲撃」 第一章・過去を引きずる者たち【5】 高嶋哲夫
SP・明日香が次に護るのはNY!?「襲撃」シリーズ第三弾。
5
新崎(しんざき)と明日香(あすか)の部屋は続きだった。
明日香は部屋の安全を確かめてから新崎を中に入れた。新崎は付き添いのヘルパーの助けを借りてベッドに横になった。
「あなたの部屋は隣りよ。私の相手でつかれたでしょ。あと五時間でホワイトハウスでチャリティパーティーがある。あなたも一緒よ。あとで服を届けるからね」
「そんなこと聞いてません。大統領との懇談が主でしょ。私は警備に専心します」
「懇談はパーティの間にね。大統領は忙しい人よ。私だけのために時間が取れることはないでしょ。さあ、自分の部屋でくつろいで。ただし、何かあったら悲鳴を上げるからすぐ来てね」
明日香は新崎が自室に入ったのを見届けてから、麻衣子に警護を頼み、部屋を出て、ロビーに降りていった。
エレベーターが見えるソファーに二人の男が座っている。シークレットサービスのハヤマと連れの男だ。
明日香が近づくと、ハヤマが立ち上がった。
「外国からの要人には、誰でもシークレットサービスの警護が付くの?それとも、何か不穏な情報があったの」
明日香はハヤマに聞いた。これは重要なことだ。
「新崎前総理を名指しするものはありません。しかし、会議に対する爆破予告はあります」
「会議に出るのは新崎先生なの。だから会議に来るブラック・メールは――」
「暗殺予告は日に数十件来ます」
「すべてを調べるの」
「ムリですよ。ワシントンD.C.は広い。アメリカ東部は二十八州ある、アメリカ全土を含めると五十州です」
「アラスカとハワイは除いても構わない。残りはしっかり調べているんでしょうね」
「プライオリティを決めます。コレは経験と勘に基づいてです。最近はそれに、AIが入りますがね。それでも、日に十件は危なそうなのがあります」
「そのくらいは手を抜かないでね」
明日香は皮肉を込めて言った。
明日香は部屋に戻ると、新崎の部屋に異常がないことを確かめ、自分の部屋に戻りテレビをつけた。
〈――繰り返します。アメリカ西部時間で午後二時八分、ラスベガスのガスステーションで爆発が起きました。死者二名、負傷者七名が確認されています。現在、警察が詳しい状況を調査しています――〉
明日香は身を乗り出してテレビ画面を見つめた。
ガソリンスタンドが炎を上げ、警察車両と救急車が取り囲んでいる。
〈爆発の経緯や原因は今後の警察の捜査が待たれていますが、テロの可能性も完全には――〉
背後に人の気配を感じて振り返ると、新崎がドアのところにいた。車椅子を止め、黙ってテレビを見つめている。ガソリンスタンドの給油スタンドが吹き飛び、黒煙が上がり続けている。地下のガソリンタンクにまで爆発の影響があれば、大惨事になっていただろう。
「一年前の東京を思い出すわね」
新崎が低い声を出した。
「いたるところで爆発が起きた。駅で、ホテルで、公共施設で。何の関係もない人たちが死に、多くの人が傷ついた」
明日香の脳裏にも、あの日の光景がよみがえった。
吹き飛ばされた車。泣き叫ぶ子ども。血の付いた舗道。担架を運ぶ救急隊員。警護対象を守るため、倒れている人の横を通り過ぎなければならなかった瞬間。
思わずリモコンを握る指に力が入った。電源ボタンに親指を置いたが、押すことができない。見ておかなければならない。目を背けることは、あの場所で命を失った人間を、もう一度見捨てることのように思えた。
「何の関係もない人が、ある日突然、テロに巻き込まれる」
明日香の口から、かすれた声が漏れた。
「しっかり見てなさい。ある日、命を失う。大怪我をする。助かった人も、その日を境に人生が変わってしまうんです。これがテロ。でも突然、というものはないのよ」
新崎はテレビから目を離さず続けた。
「事件には、その前に必ず原因がある。憎しみを育てた社会があり、それを放置した政治があり、利用した者たちがいる。私たちは、自分には関係のない遠い国の話だと思ってしまう。でも、その無関心の積み重ねが、ある日、目の前で爆発する」
「それが国民の責任だというんですか」
「政治家だけの責任ではない、ということよ」
「私には、まだ遠い世界です」
明日香は画面の中で運ばれていく負傷者を見つめた。
「私は目の前にいる人の命を守りたい。それが私の仕事です」
「あなたは正直ね」
新崎の声が、わずかに和らいだ。
「与えられた任務を、疑わず懸命に果たす。でも、もう少しだけ考えて。目の前の一人を守ることと、何千人もの命を脅かす原因をなくすことは、決して別の仕事ではないわ」
明日香は、無意識のうちに頷いていた。
〈当局は、これを組織的なテロ攻撃として捜査しています。現在のところ、犯行声明は確認されていません。しかし、複数回の攻撃が行われたことから、背後に国際的なテロ組織が存在する可能性も排除できません〉
キャスターの声が、再び大きくなった。
「消してもいいですか」
明日香はテレビに目を向けたまま尋ねた。
「ここからラスベガスまでは、三千三百キロ以上離れています。それでも……妙に近く感じます」
「そうね」
「今夜はホワイトハウスです。大統領主催の夕食会があります。予定が変更されるかもしれません」
新崎は小さく息を吐いた。
「分かったわ。私は部屋でおとなしくしている」
「それから、窓際には――」
「近寄るな、でしょう。狙撃の標的になる。部屋の外へ出るのも、今回は許可しない。そういうことね」
「お願いします」
「あなたは本当に融通が利かないわね。そういうところ、嫌いじゃないけど」
そう言いながらも、新崎は逆らわなかった。車椅子の向きを変え、隣室へ戻っていく。明日香はドアが閉まるまで見届けた。
もう一度、画面を見た。炎上するベラージオ。その手前では、消防隊員が再び倒れた人々のもとへ走り始めている。
明日香はリモコンの電源ボタンを押した。
画面が暗くなったが、黒煙と炎は瞼(まぶた)の裏にいつまでも残っている。
明日香の心に得体の知れない不安が広がっていく。それは、一年前の東京へと繋がっていく。
明日香は窓際に立ち、カーテンの隙間から通りを見た。
この部屋は二十階建ての十七階にある。窓から見えるビルは複数ある。
去年も東京で病院を狙った狙撃があった。もし狙撃するとしたら、かなりやり易いところだ。
スマホが鳴り出した。
〈もうついてるんでしょ。どこに泊まってるか、なんて聞かない。何かがあって、疑われちゃかなわないから〉
スーザンの笑いを含んだ声が聞こえる。
「でも、もう知ってるんでしょ。会いに来たりしないでね。あなたには最高に会いたいんだけど」
〈分かってる。どうせすぐに会えるし〉
夜の大統領主催のパーティーのことを言ってるのか。だとすると、スーザンも――。
「エリーゼは元気なの。この話も知ってるんでしょ。私と新崎先生が来てるってこと」
〈今日会えるはず。大統領はエリーゼの名前を出したくてウズウズしてるんだから。今日マスコミ発表すると、二ポイントは上がる〉
来年の中間選挙の支持率のことを言っているのだ。必ず上がる。それが狙いだ。
〈あの東京での会議が再現されるんだから。テロにも負けない、強い大統領の再来〉
明日香にとっては悪夢だった。やっとその悪夢から抜け出そうとする意欲が芽生えてきたところだ。
「ところで、ラスベガスの爆発について知ってることを教えて」
話題を変えようとして聞いた。途中でテレビを消したが、やはり気にかかっていたのだ。
受話器の向こうの空気が一瞬変ったような気がした。返ってきたスーザンの声の調子がわずかに変わっている。
〈あなたも気になっていたの。日本側に何か情報があるの〉
「気になっているだけ。去年、あんなことがあったから」
〈一時間前に起こったばかり。うちでもかなり精力的に調べてる。誰か要人が被害にあってないか。でもまだ連絡はない〉
「分かったら教えて。出来るだけ早くよ」
〈何かあるの。あったら教えて。その方が話が早い〉
伝わってくるのは記者としての言葉だ。
「本当にただ気になるだけ。爆発という言葉と映像には反応するの」
〈爆発物を搭載したドローンが突っ込んだという話もある〉
「どこかの組織から犯行声明は出たの」
〈出ていないわ。ラスベガスでの爆弾テロ。要人といっても、政治家ばかりじゃないでしょ。芸能界、経済界、スポーツなど色々ある〉
「それにマフィアもでしょ。ラスベガスだと」
〈そう、最近はAI関係者。彼らの生死で莫大なお金が動く。ラスベガスよ。お金の匂いがプンプン。犯罪もね。分かるでしょ〉
「分かってる。でも、出来る限り、負の要素は取り払いたいの」
「夏目警護官、あなたもそろそろ用意しなさい」
隣りの部屋から新崎の声が聞こえる。
「分かりました。すぐに行きます」
明日香は大声を出した。
〈情報が入り次第連絡する。じゃ、会場で〉
明日香の言葉を待たず電話は切れた。会場で、と言うことはスーザンも今夜のパーティーには来るのだ。
ネオンがきらびやかに明滅するラスベガス・ストリップが続いている。
その喧騒(けんそう)を遥か見下ろすホテルのスイートルームは、外の華やかさとは対照的に、冷ややかな空気に包まれていた。
遮光カーテンが僅かに開けられた窓際。女が、軍用規格の双眼鏡をガラスに押し当てている。その背後には男が立っている。
部屋の奥では三人の男たちが数台のパソコンを囲んで、暗号化された画面を凝視して囁き合っていた。
壁の大型テレビには、夜空を真っ赤に染める火災が映し出されている。炎上しているのは、数キロ先にあるガススタンドだ。画面の一画には、おびただしい数の赤と青の赤色灯が輝き、消防車とパトカーが現場を完全に封鎖していく様子がリアルタイムで捉えられていた。
「あれっぽっちなの。もっと派手な大爆発を期待してたのに」
女は双眼鏡を覗いたまま呟く。
「ほんの小手調べ、システムの動作確認だと申し上げたはずです。爆発物を十分の一に抑えてありますから」
隣に立つミハエルが、感情の消えた声で応じる。
「本番前のウォーミングアップなのね」
「ですが、すでに死傷者が十人近く出ています。地元警察だけでなく、確実にFBIの連中が動き出します」
ミハエルは眉間に深い皺を刻み、うんざりした表情を隠そうともしなかった。
「それがどうしたの。気の回しすぎよ。これだけ厳重に発信源を偽装して、痕跡を消させているんだから」
女の確信に満ちた言葉に、ミハエルはそれ以上答えず、手元のテレビリモコンを操作した。同時に現地キャスターの緊迫した声が響き渡る。
「地元のローカル局でしょ。これ、全国放送に流れるかしら」
『――緊急特報です。約三十分前、ラスベガス市内のガソリンスタンドで大規模な火災が発生しました。何者かによって爆発物が設置されたか、あるいは投げ込まれた可能性があるとの情報が入っています。今、事件当時の新たな映像が入ったようです。スタジオに切り替えます』
スマートフォンの縦型動画に切り替わった。通行人が撮影したものだろう。画面が激しく揺れている。次の瞬間、画面中央の給油機が、凄まじい白煙と鋭い閃光を放った。給油中の二人が爆風で吹き飛ばされ、一瞬で爆煙の向こうに消える。ワンテンポ遅れて、地響きのような音が部屋のスピーカーを震わせた。漏れ出たガソリンに引火したのか、白煙はまたたく間に激しい炎へと変り、スタンド全体を飲み込んでいく。
映像は再び、煤(すす)と煙にまみれた現地の生中継へと戻った。炎を背にした女性レポーターが、絶叫に近い声を上げている。
『現場の目撃者によると、爆発の直前、ドローンのような小型の飛行物体が低空で飛来し、給油機に突っ込んでいくのを見たという証言があります。繰り返します、ドローンです。単なる事故か、あるいは組織的なテロ行為か。現在までに三人の方の死亡が確認され、重軽傷者二人が近隣の救急救命センターへ搬送されています』
画面を見つめていた女は双眼鏡を机に置くと、ミハエルを振り返った。
「この程度の爆発じゃまだ不安ね。もっと実戦的なレッスンが必要よ。そう、本番に近いやつがね」
視線を部屋の隅に向けた。そこには長さ一メートルほどの三角形の翼を持つドローンが三機並んでいる。