薬師寺『麻布著色吉祥天像』【和田彩花の「乙女の絵画案内」】
2013年11月22日 公開 2024年12月16日 更新
麻布著色吉祥天像 (作者不詳)
奈良県の薬師寺所蔵。奈良時代、「吉祥悔過」という、吉祥天像の前で犯した罪を懺悔し、五穀豊穣を祈願する法会が盛んに行われた。薬師寺では光仁天皇の御願により771年、または772年から行われたといわれ、本作品はその際の本尊と考えられている。
吉祥天像は頭部に円光を負い、左手掌に赤い宝珠をのせ、右手は玉に添えるように伏せて胸前に置き、緩やかに歩を進める盛装の貴婦人の姿で描かれた。身体の描写は優艶、衣装は鮮やかで精緻。仏画ではあるが、その描写には唐代8世紀後半に活躍した美人画家などの影響が見られる。光明皇后の姿ともいわれ、麻布に描かれた独立画像としては、日本最古の彩色画。
通常は非公開だが、毎年1月1日~15日の吉祥悔過会では薬師寺本尊として祀られている。
偶然の出会い
薬師寺に所蔵されている『吉祥天像』との出会いは、まさに偶然でした。
2013年1月、念願だった薬師寺の薬師三尊像を拝観に行ったのですが、ちょうどそのとき『吉祥天像』がご開帳されていたのです。
いつもは好きな絵があって、それをお目当てに美術館に観に行くことが多いのですが、そのときにほかの絵も実物を観ますよね。そういったきっかけで好きになった絵も多いです。
そうした素敵な出会いを重ねるうちに、不思議と私のなかで大きくなってきたのが「日本」という存在。仏像や仏画がその代表です。
絵画にすっかり夢中になってからも、日本の美術はなんだか苦手でした。何がいいのかぜんぜんわからない! と思って。
ところが、大学で美術史を専門的に学ぼうと決めたとき、受験で日本美術も勉強する必要が出てきました。
苦手なのにどうしよう……と思っていたんですが、嫌々ながらも仏像の種類などを勉強しているうちに、だんだん気になる存在になっていったんです。
仏像が好きではなかったころは、名前の漢字が難しくて読めないし、みんな同じ顔に見えるし、それぞれの仏像の区別がまったくつきませんでした。それが勉強するにつれ、ただ難しいとだけ思っていた言葉の意味がわかってきて、仏像の名前が読めるようになります。相手の名前がわかると親しみも湧いてきますよね。そうすると、それまで全部同じに見えていた、それぞれの仏像の顔の違いもわかってきました。
仏像について勉強することが、いままでとは逆に楽しくなってきちゃったんです。まるでパズルが解けたときのような気分。
仏像が苦手、よくわからないと思っている方も、まずは仏像について基本的なことを勉強してみるのがおすすめです。
いくつかのキーワードがわかってくると、私みたいに仏像の世界や魅力が急に目の前に広がってくると思います。
日本ってすごい!
ここでひとつ、主張しておきたいことがあります。私たちは日本の魅力にもっと気づくべきです!
とくに奈良は、日本人が誇るべき場所です。実際に足を運んだからこそよくわかったのですが、私は奈良で、自分が日本人であることを嬉しく感じました。
薬師寺、東大寺、興福寺、法隆寺、中宮寺……奈良には私が観たくて観たくて仕方がなかった仏像がたくさんあります。何度行っても見飽きることはないでしょう。
そんな仏像への恋する旅で出会ったのが、この『吉祥天像』です。
これまで西洋絵画にどっぷりつかってきた私ですので、日本と西洋のあまりの違いに大きな衝撃を受けました。
いったい何がこんなに違うんでしょう。この時代の西洋絵画と比べてみるとよくわかります。
私がいちばん感動したのは、吉祥天像の繊細さです。
同時代の西洋絵画、たとえば8世紀のイコンなどの宗教画を見ると、背景が黄金に塗りつぶされていることが多いですが、吉祥天像の背景は麻布の質感が活かされていて、とても自然です。もちろん時代とともに彩色が薄れてはいるのですが、全体の佇まいとしては自然なのに、観る人に神秘性や聖なるものを感じさせるという点に魅力があります。
また、右手から透明な何かが垂れているように見えますが、初めて観たとき、私はそれを不思議な力を描いているのかなって思いました。神様のオーラを、繊細に表現している。
実際に描かれているのは、ベールのようなものらしいのですが、この時代の日本人が、こんなに透きとおるような表現ができたなんて、驚きです。
着物の表現もすごいですね。いったい何枚重ねて着ているのでしょうか。いまでは考えられません。上はピンクの花模様で、下は緑のひし形の模様と、すごく華やか。ほかにもいろんな色や模様が重ねられていて、まるでファッションモデルみたい。日本ならではの美しさがあります。
この絵に出会うまでに、西洋絵画で描かれているドレスをたくさん観てきたから、よけいに日本を感じるのかもしれませんね。
日本ってすごい! 思わずそう感じました。
身近すぎてわからなかった、お父さんやお母さんのすごさに、ある日、突然気づいたような感じです。
仏像や仏画、日本画を好きになるつれ、日本人に誇りを感じるようになりました。その繊細な描写が、私の心をつかんで離さないのです。
この出会い以降、私のなかで、どんどん日本が大きくなっていきます。
そもそも絵画を好きにならなかったら仏像に興味をもてなかったし、こんな気持ちを抱くこともなかったかもしれません。
また、奈良をじっくり歩いてみたい! 絵をとおして日本をもっと好きになれて、とても幸せです。